6─ 記憶の渦と白き龍
一気に書いた弊害が…! 修正を入れつつ上げておりますので、一気に更新とはならず、、申し訳ございません。泣
死の谷の奥深く、空が裂けたような白の領域――
そこはもはや現世ではなかった。
「ようこそ、契約者よ」
空間に満ちる声。
天を仰げば、そこには――巨大な、しかしどこか優雅な白き龍が舞っていた。
透き通るような鱗、まるで風と光をまとった存在。
それが、神――中立の存在である龍神・ファルシオン。
「君には“聖女”としての器がある。だが、まだ試されていない。
この地で過去と向き合い、自らを知るがいい」
声は静かで澄んでいたが、どこかからか軽やかな皮肉さも含んでいる。
威圧的ではない。むしろ親しげですらある。だが――確かに、“試されている”とわかる空気。
「……受けて立つわ。私は、逃げない」
シエラがそう答えた瞬間、空間が反転した。
* * *
目を開けると、そこはかつての王都の神殿だった。
懐かしさと、嫌悪が同時に押し寄せる。
だが、違和感がある。
そこに立っていたのは――“誰か”の姿をした、光の化身だった。
「聖女エレナ・リュシア……私が“前代”だ。あなたに問うわ、シエラ。
“聖女”とは、何かしら?」
シエラは剣を構える。だが、その問いにすぐには答えられなかった。
その隙をついて、幻影は攻撃を仕掛けてくる。
「誇り? 力? 祈り? 民のため? それとも――神のため?」
斬撃が重なり、空間がきしむ。
それは記憶と記録の中から抜け出した、歴代の聖女たち。
彼女たちは、シエラに問いながら、心を試してくる。
「あなたは誰かの“代理”で立っているのかしら?
それとも、あなたの“意志”で立つの?」
その問いは、かつての疑念を抉った。
自分は本当に聖女なのか? 神の力を借りて、ただ戦っているだけなのではないか?
ぐらついたその瞬間――
幻影の聖女が放った光が、シエラの剣を弾いた。
『シエラッ!!』
――声がした。
ユルルの声。続いて、宙に浮かぶ光球のような姿をしたシルが現れる。
『今のシエラは“誰かのため”じゃなく、“自分の意志”で立ってる。
それがどれほどすごいことか、僕たちは知ってるよ!』
『うんっ! シエラは一人じゃないっ!』
その言葉と同時に、ユルルが放った風の刃が幻影の一体を打ち払い、
シルの光がシエラの剣に力を与えた。
刃が光を放ち、幻影を次々と切り裂いていく。
(私は……誰かに認められたくて剣を取った。でも今は違う)
(私は、私自身の誇りを取り戻すために――ここにいる)
最後の一太刀が閃き、最後の幻影が砕け散った。
* * *
再び、白き龍の前へと戻る。
「……よくやったね。うん、なかなか素直で強情な契約者だ」
ファルシオンの声は、どこか楽しげだった。
その翼がゆっくりと広がると、空に龍の紋章が浮かび、それがシエラの胸元に吸い込まれていく。
「これより君には、“真なる聖女”の力が宿る。だが忘れるな。
君は“誰かの代わり”じゃない。君自身の“選択”でここに立っているんだ。
そしてこの力は世界を滅ぼす事も再生する事も可能だ。
あとは君の心次第だね──。
君が真の聖女である事を願うよ。」
「……わかってる。ありがとう、ファルシオン」
その名を口にしたとき、龍の目が少し柔らかく細められたように見えた。
「うん、いい子だね。じゃ、よろしく。
あ、あとさ――また面白い奴が現れたら紹介してくれる? 退屈は苦手なんだ」
シエラは思わず笑ってしまった。
神だというのに、どこか親しみやすくて、まるで気まぐれな龍のようだった。
* * *
こうしてシエラは、“自らの意志で立つ聖女”として、新たな力を手に入れた。
そしてユルル、シルという仲間たちと共に、谷を出て次なる戦場へ向かう。
彼女の中にはもう、迷いはなかった。