5─ 神と白き契約
試練を終えたシエラの前に、白い扉が開いた。
その向こうから流れ出る光は、温かく、どこか懐かしさを感じさせた。
「これが……神域?」
踏み入れた瞬間、空気が変わる。
風もないのに、彼女の銀髪がふわりと揺れた。
空は広がっていた。いや、空と呼ぶには神聖すぎる。どこまでも白く、澄んでいて、時間の感覚さえ曖昧になる。
その中心に――それは、いた。
巨大な白い龍。
透明な鱗は光を受けて虹のようにきらめき、長く伸びる鬣は雲をたなびかせるように揺れていた。
けれど、その眼差しは驚くほど穏やかで、どこか人間味を感じさせる。
「……来たね、シエラ・アルディナ」
声は、直接心に響いた。
けれど堅苦しさはなく、まるで古い友人のような語り口だった。
「緊張しなくていいよ。こう見えて、そんなに怖い存在じゃないから」
「……あなたが、神?」
「正確には“世界の理の一柱”って感じだけど、うん。君たちが“神”って呼ぶものだよ。姿もだいたい好みに合わせて変えられるしね。白い龍、気に入った?」
シエラは苦笑するしかなかった。
緊張が少しだけ緩むのを感じたのは、神のこの調子抜けした口調のおかげだ。
「なんで……私に、あなたの試練を?」
神は一拍おいて、静かに語り出した。
「君は、選ばれたんだよ。“力”を持つに足る意思と、“孤独”の中で希望を紡ごうとする心をね」
「孤独……」
「人はよく誤解する。“聖女”になる者は、特別な血を引いてるとか、先天的に聖なる力があるとか。でも、違う。
本当に必要なのは、“何のために力を使うか”を問える強さなんだ。君はそれを持っている」
神は、シエラの肩に視線を落とす。そこには小鳥がちょこんと乗っていた。
傍にはシルが静かに控えている。
「その子にも名前をつけてあげてくれるかな?」
肩に目をやると、光によっては虹色にも見える青の羽を振るわせながら、わたしをジッと見ている小鳥と目が合った。
『───』
「·····ユルル·····でどうかな?」
少しだけ淡く光ったと思ったら、嬉しそうに少し跳ねた。
「気に入って貰えてよかった」
「この子たち――聖獣と呼ばれる存在は、契約の“触媒”なんだよ。君の心に応え、導く存在。僕が送った」
「じゃあ……二人は、最初から私に?」
「そうだよ。最初の呼びかけに応じたのは、あの夜、君が“誇りを奪われてもなお、自分を捨てなかった”瞬間だった。
その時、君の魂が僕の領域に届いたんだ」
思い返すのは、婚約破棄の夜。誰にも信じてもらえず、ひとり立ち尽くしていたあの瞬間。
心の奥から、何かが溢れていた。
「……あんな夜を、見ていたの?」
「ぜんぶ、じゃない。でも“君の叫び”は、確かに届いていたよ。だから聖獣を送った。
ユルルは君の内面と共鳴する子、シルは君の意志と力を支える戦士だ」
シエラは、肩のユルルをそっと撫でた。
小さな体がくすぐったそうに震える。
横でシルが照れくさそうに鼻を鳴らした。
「この子たちを信じられるかい? 君の旅は、まだこれからだよ」
「……うん。信じてる。だから、あなたにも問うわ。
私は“誇りを守り、誰かを救う力”がほしい。
……そのために、あなたと契約する」
神は、わずかに笑った。
「うん、それでこそ。そういうの、大好き」
白い龍が翼を広げた。眩い光が辺りに満ち、天と地の境界が消えていく。
次の瞬間、シエラの胸にあたたかな印が刻まれた。
――契約は、完了した。
その光の中で、神は囁く。
「さあ、目を開けなさい。君が“力を得た理由”を、見せてあげる」
白光の中に、次なる道が現れようとしていた。