10─ 王都へ還る者
王都。
石造りの城壁が幾重にも連なるその都は、陽の光を受けて白く輝いていた。
その門の前に立ち尽くし、シエラは静かに息を吐く。
──ここが、私を追い出した場所。
重々しくそびえる城門は、まるでかつての断罪を思い起こさせるように、今も静かに威圧してくる。
けれど彼女の足は、もう震えていなかった。
横に立つヴァルトが言った。
「無理にとは言わない。戻るのが辛ければ、俺が──」
「……いいえ。私は、自分の意思で帰るの。あのとき、奪われた誇りを、取り返すために」
その言葉にヴァルトは何も言わず、ただ小さく頷いた。
近づく彼らに気づき、門番の衛兵たちが振り向く。
一瞬、戸惑いの空気が流れたが、すぐに一人の中堅衛兵が目を見開いた。
「っ……ヴァルト団長!?」
思わず大声を上げた衛兵の声に、周囲の兵士たちが一斉に敬礼する。
「団長、お戻りだったのですか……! 今の今まで消息不明と聞いて……!」
ヴァルトは静かに頷き、視線だけで礼を返す。
その凛とした立ち姿は、かつての指揮官としての威厳そのものだった。
だが、兵士たちの視線はやがて、彼の隣に立つ女性に移る。
白金の髪をなびかせ、背筋を伸ばして城門を見据える美貌の令嬢。
ただ者ではない、そう感じさせる気迫と気高さがその身に宿っていた。
「……あの女性は?」
若い衛兵が眉をひそめた。
「まさか、団長の……」
小声で囁かれたその瞬間、最年長と思しき衛兵が、はっとしたように彼女の顔を見つめた。
「まさか……エルステイン公爵家の──」
その名を口にした瞬間、空気が凍ったように感じられた。
「シ、シエラ様……ッ!?
か、かつての……いや、失礼! エルステイン家令嬢であらせられましたか……!?」
どよめきが広がる。
たしか、断罪と共に追放されたはずの女性が、なぜ今、騎士団長と共に堂々と戻ってきたのか。
兵士たちはその事実を飲み込めず、戸惑いと動揺を隠せない。
だがシエラはその反応に眉一つ動かさず、凛としたまま告げた。
「私は、許しを請いに来たわけじゃない。
取り戻すべきものがあるから戻ったの。……それだけよ」
言い終えると同時に、彼女は真っ直ぐに城門の奥へと歩を進めた。
ヴァルトがその後に静かに続く。
衛兵たちは、誰一人としてその背を止めることができなかった。
──今度こそ、自らの手で選び、進む道。
それは、偽りの聖女に奪われた誇りと未来を、もう一度取り戻すための、始まりだった