表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

完食・には頬・張るィズム




今日は一週間に一度のお楽しみ。

仕事を手早く切り上げた僕は、靴を脱ぐや否や台所へ向かうと、冷蔵庫の扉を開けば中には、昨日から準備していた赤身肉が眠っている。


靴下や手袋の処理も後に、冷蔵庫から取り出したお肉へ塩胡椒をまぶし、鉄のフライパンにも油を引く。

ここまでは正に完璧。


そしてここからがこの料理の大一番。

まだ鮮血滴るステーキ大の赤身肉をゆっくりとフライパンの上に横たえさせる。

ジュッという天使のラッパが如き、肉の焼ける天啓の音楽と腹を擽ぐる肉の香り。一週間に一度の贅沢、ここが至福の時だ。


レアが好きなので表面にだけ火を通せば、後はタレを作って完成。

居間に移動する時間すら惜しみ、そのまま台所で最高の晩餐と洒落込んだ。




その夜のことである。

僕は草原の中に咲く一輪の雑花となっていた。



もちろん夢の中の話で、だけど。

しかしその夢には、なんとも言い知れないリアリティが存在した。花弁や茎や葉に当たる心地の良い風を、鮮明に感じることができたのだ。


ただし、それだけだった。

言葉通り花となった僕は大地から栄養を吸い、太陽の朗らかな陽気を浴び、ただ根を枝を伸ばす日々を過ごした。


他に何をするでもなく、他に何が出来るでもなく。

現実の数時間が夢の中では数ヶ月に感じられ、花か人か曖昧となった僕はいつしか、この花暮らしが一生続くものと思うようになっていた。


「―――」

まぁ現実は…いや、夢の中といえど話はそう簡単ではなく。花の生にも終わりはやってきた。


夢を見始めてから…自分の身体が花になってから体感で半年ほど経った、ある夕方のこと。

一匹の虫が視界外から唐突に舞い降り、僕の蜜と蓄えた栄養を全て吸い尽くす。花は呆気なく枯れ、夢からも覚まされるのであった。




それから丁度、一週間後のことだった。

もう、先週見た夢の内容なんて朧げになっていた頃――今度は一匹の虫になる夢を見た。


どこにでもいるだろう、何の変哲もない普通の虫。

しかしその虫というのが、何の因果か…以前の夢で僕の蜜を吸い尽くした虫だったのだ。


けれどその事に気が付いたのは目覚めてから。夢を見ている最中はただ純粋に、初めて味わうリアルな虫の性を楽しんだ。


宙に浮かぶ感覚、世界の見え方、感覚の鋭さ、その全てが新鮮だった。

けれども今度の夢は、先週よりも呆気なく…あっという間に覚めることと相成った――虫の天敵である鳥に出くわしたのだ。


これまでの平凡な一生の中で、死に直面した機会など数える程しか経験したことのない僕が、鳥に対して抵抗できる筈もなく。


僅か数日で、その生涯に幕を閉じるのであった。




それから僕は、一週間の間隔で不思議な夢を見続けた。

自分が喰らわれ覚めれば、次に見る夢は喰らった相手側へと視点を移して。


この日は虫を啄む鳥になって大空へ飛び立つ。その一週間後には鳥を捕食する程に大きな魚で海を回遊する。更に一週間後にはどこか見覚えのある…人間の青年の姿となっていた。



「あぁ、やはりこの夢はそういうことか…」

現実の自分よりも幾分か高い声に多少の違和感を覚えながら、晩御飯に出てきた〝とある魚〟の竜田揚げを完食した僕は席を立つ。


食後の散歩がてら家の外…夜でも賑やかな街を散策してみれば、やはり見覚えのある街並み、見覚えのある景色、見覚えのある光景だった。


「…ということは、ここを通れば――」

馴染み深くもそこは、人気のない裏道。

ビルとビルの狭間にある薄暗い、人一人通れるか程度の細い道。けれど今は二人の男が並んでいた。


いや、正確には一人の男と一つの遺体といった方が正しいだろう。今まさに男の片割れが、鈍い色の鉄によって事切れたのだから。


「あ、ぁあ、あ、あああああ」

自然と溢れる青年の声は、首から血を流す男から命を奪った…もう一人の男の視線を奪った。

殺し屋と呼ばれるその男の顔を、僕は実際には見たことがない…けれど、鏡を挟んだ世界でならば一番見た顔であった。




――その男は今日も今日とて。

一週間に一度の贅沢であるステーキを…血の滴る美味しい肉を丁寧に丁重に大切に食するのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ