つり橋
「今度私、高志先輩に告白するつもりなんだ。今までに無く本気なんだよ……だから絶対成功させたいんだけど、何かいい方法知らない?」
食堂で私は親友の美咲へと相談していた。大学1年生になって、サークルを回っていたときにたまたま見かけた高志先輩。携帯番号も交換して、頑張って家の場所も覚えて、大学にいる時間帯もチェックしたりして、いろいろと努力は重ねたはずなのに、夏休みも近くなってきたって言うのにまだあまり話すらできていない。
「ふむふむ、なるほど。春香、ここは色仕掛……ごめん、ええと他にいい方法は」
「……今、なにかとてもムカッと来る話をしたような気がするんだけど。セロリ攻めにしてやろうか」
私の胸辺りをチラッと見て、首を振った美咲の態度を見た瞬間、残っていたセロリを美咲に突きつけた。
ふん、どうせ私のスタイルには全く魅力はない。胴長短足、寸胴で背も小さい。はぁ……もうちょっと背が、胸が、大きかったらなあ。
「すまん、それだけはかんべんしてくれ。それに春香のような体型でもかなりの需要は……ごほっごほっ。セロリを口に突っ込まないでくれ」
人のコンプレックスに触れたものはみなこうなるのよ。
「それでは他の方法を……パブロフの犬効果を狙ってみようか」
「パブロフの犬? 何それ?」
「知らないのか? 有名な実験なのだが。まず、毎日のように犬に餌をあげる前に、必ずベルを鳴らすのだ。それを延々と続けているうちに、犬は餌が出てこないのに、ベルが鳴るだけで唾液が分泌されてしまう。という効果だ」
「へぇ……そうなんだ。で、それが高志先輩への告白とどういう関係があるの?」
「む? わからないのか? なかなか鈍いな。まず春香がだな、毎日毎日高志先輩に会うたびにキスをするのだ」
「き、き、キス!? な、何でそうなるのよ!」
まだ、ようやく高志先輩の趣味をチェックしてその話題を死に物狂いで覚えて、世間話できるようになったくらいなのに、何でそんなに一足飛びになるの!?
「それを繰り返すうちに、高志先輩は春香をみるたびにパブロフの犬のように春香にキスをしたくなるようになってくる。キス魔高志先輩の出来上がりだ。そうなればもう春香の勝ちだろう?」
「高志先輩を犬と一緒にしないでよ!」
「そうだな、それは犬に失礼……ごほっごほっ……すまん、悪かった! 謝るからセロリとニラの同時攻めはやめてくれ!」
ふん、私の高志先輩をけなした罰だ。口臭のくさい女として大学中のうわさになるがいい。
「ごほっごほっ……それでは次の案なのだが、ここはやはり、つり橋効果を狙うのがいいのではないか?」
「つり橋効果? 何それ?」
「これも知らないのか? 人間、つり橋の上のように、ドキドキする場所で告白をされると、相手が魅力的なためにドキドキしているのだと錯覚をして、OKをしてしまうという実験結果があるのだ。だから高志先輩と、ものすごくドキドキするような場所で2人きりになって告白をすれば、きっとOKがもらえるぞ。まあ、春香の場合は本気でドキドキするような場所でなければむずか……むがっむがっ!? むぅううむうぅうむ!?」
美咲、口は災いの元だって言葉を覚えておくといいよ。そしてニラ女、ニンニク女という汚名をいただくがいい。
けれど、念には念を入れて、高志先輩と恋人同士になるには思いっきりドキドキするような光景にしないといけないよね……。
「高志先輩! 早く早く! すごくいい景色ですよ!」
「はいはい……ちょっと待ってくれ。春香さん、はしゃぎすぎだ」
今日は高志先輩と山に来た。毎日毎日、朝、大学に行くときにお願いして、昼、学食でお願いして、サークル中にお願いして、夜、電話してお願いして、ようやく一緒に山にくることが出来た。残念ながらこの山にはつり橋はないけれど、ドキドキするような場所はある。事前にチェック済みだ。
「高志せんぱーい! ここからの眺め、すごくいいですよ!」
「ふぅ……お、確かにきれいだな」
「いいですよねー! なんだか叫びたくなってきます! やっほー!」
……こだまは返ってこないか。残念。
「こだまというのは、山や谷で音が反響し聞こえるものだからな。目の前が崖のようなところでは、もしかすると聞こえないのかもしれないな」
へえ、そういうものなのか。高志先輩の解説を聞きながら、こっそりと高志先輩のズボンにロープをくくりつける。
おしおし、高志先輩は気づいてないな。
「うん、これだけきれいな景色を見れただけでも、来た甲斐はあったな」
高志先輩はそれで満足なのかもしれないけど、残念ながら私はその程度じゃ満足できないんだよね。
「ていっ」
「へっ?」
がけの手前に立っていた高志先輩を後ろから突き飛ばしてみた。よろめいた高志先輩の足元から地面が消え、だだっぴろい空が広がっている。
「はあああああああ!?」
ロープのおかげで真っ逆さまに落ちることもなく、空中で宙ぶらりんになっている高志先輩。何が起きたかわからない顔をしている。
ロープ一本、このロープが切れるだけで高志先輩はさくっと落っこちて、つぶれたトマトのようにぺちゃんこになるだろう。
うん、いい状態だ。きっとものすごくドキドキしているに違いない。
「高志先輩、今、どんな気分ですか? ドキドキしてますか?」
「いや!? 気分がどうとかそういう問題じゃなくて! な、な、な、何してんだよ!? 何したいんだよ!? 当たり前だろ!? めっちゃドキドキしてるよ!」
おしおし。
「高志先輩、私、高志先輩のことがずっと好きでした。付き合ってください」
「そ、そ、そんな場合じゃないだろ!? な、なんなんだよ! 早く上に上げてくれよ!」
そんな場合? そんな場合ってどういうこと?
「……高志先輩、私が決死の思いで告白しているのにそれを『そんな場合』なんていうなんて……ひどいです」
「今! 決死の思いをしているのは俺だよ! お前じゃないんだ! 早く助けてくれ! 死にたくないんだ!」
……ふうん。
「高志先輩のために、私はすごく努力したのに。先輩の趣味にも合わせて、いつでも付きまとって……」
「俺はノーマルが好きなんだ! ヤンデレは好きじゃないんだ! けど今はどうでもいい! 助けてくれ!」
どうでもいい? 私はこんなに好きなのに……。
「付き合ってくれるって言うなら助けます。でも、付き合ってくれないなら……これ、なんだかわかりますか?」
差し出したのはカッター。それを見た瞬間、高志先輩の顔が真っ青に変わった。
ふふっ、これで後一歩。
「付き合う付き合う! なんでもする! だからそのナイフだけはしまってくれ! お願いします! つき合わせてください! 大好きです!」
…………あれ?
「お願いだよお……助けてくれよお」
なんだろ? この微妙な気分。付き合えることになってとてもうれしいはずなのに、なんだかとてもどうでもいい気分になってしまっている。
「は、早く助けてくれえ……」
なんだろ、あの情けない顔。私、あんなのに大学入ってからずっと恋をしてたんだ? 100年の恋も冷める瞬間というのはこういうのを言うのかな?
「お、お願いしますう……な、何でも言うこと聞きますからあ……」
ふぅ……。
「なんか、どうでもよくなっちゃった。高志先輩、別に私と付き合ってくれなくていいです。それじゃまた」
……ふぅ……つり橋効果って効果は絶大だけど、微妙だなあ。
「は、え!? お、おい!? あ、あげてってくれ! お、落ちるから! お、落ちるからあ! 助けてくれえ!」
もっと何かいい方法がないか、明日美咲に聞いてみよっと。
「た、たすけてくれえええええ!」
あ、その前にまた新しい恋の相手を見つけなきゃ! 心を新たに、山を降りていく私であった。
そういえば、読み直してみましたが、やんでるばっかりでデレてない気がします。
それでは。