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水乙女と片づけ妖精ライローネ  作者: 三條 凛花
第2章 水鳥妖精ライローネ
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9.鳥はどこから来たのか(1)

 これは、とある主婦の、とある一日のこと──。






 アリス先生の講演会があると知った私は、電車を五回乗り継いで都心にやってきた。

 

 そこは高いビル群に囲まれたオフィス街。ざっざっと音を立てて急ぎ歩いていくスーツ姿の男性が何人も行き交っていた。

 

 一方、女性といえば、同じくスーツ姿で凛とした雰囲気の人たちか、とろりとした生地のブラウスに膝丈の綺麗なスカートを履いて、髪の毛を綺麗に巻いたような人ばかり。

 

 自分の格好を見下ろす。二十代のころに買ったワンピースはすっかり時代遅れの丈感で、私はあまりにも場違いだった。

 

 それでも。私は彼女の本を読んで人生が変わったのだ。一度会ってお礼を言えたら。そう思った。

 

 

 西アリス先生。二十七歳。

 それまでは当たり前のものとされていた片づけについて、誰でも片づく理論として書いた本『わける片づけ』が大ヒット。

 

 クールビューティーな見た目もあいまって、主婦層を中心に人気がある。

 

 私は主婦歴十八年になるけれど、とにかく片づけが苦手で、いつでもなにかを探していたし、何をするのにも異常に時間がかかった。

 

 そんな状態では家族仲も良いわけもなく、子どもには呆れられ、夫には嫌悪されていたのだ。

 

 そんなとき、テレビでふとアリス先生の特集を見た。ものに囲まれて、なにからはじめたらいいかわからなくて、考えるだけで疲れて……。

 子どもももう大きくなったし、専業主婦で時間はたっぷりあるのに、気づくと夜になっている。

 そんな日々でのことだった。

 

 はじめは「こんなこと当たり前だ」というのが感想だった。

 

 けれども、同じようなコメントを出演者から投げかけられたアリス先生が、顔色を変えることなく、淡々と「知っているとやってみるでは大きく違います」と答えたのを見て興味を持った。

 

「前者はその場に立ち止まり、後ろを振り返るだけ。後者なら、そこから一歩進めます。

 そして、知っているのにできない場合、そもそも行動する前になにか困りごとが潜んでいることが多いのです。調べなくてはいけないこと、考えなくてはいけないこと、用意しなければいけないもの……。それに気づくことが第一歩なんですよ」

 

 翌朝、書店が開店してすぐに店に滑り込む。家庭にまつわる実用書のコーナーは確か、左の奥から二番目の棚──。

 




 それからほんの三ヶ月で、あんなにも汚かったわが家は、見違えるように生まれ変わった。

 

 まず、家じゅうに溢れていたものが減り、不思議と軽やかな気分になった。

 必要なものを必要な場所に置くことで、ものを探す時間が大きく減った。

 ものをどかさずに、すぐに掃除に取りかかれるようになった。

 

 それからもこつこつとアリス先生の新刊を読み、書いてあることを一つずつ実践した。そうして今は、どんなに散らかっても二十分もあれば元通りになる家が完成したのだった。

 

 私が働かなかったのは、家のことが今以上にできなくなると思っていたからだ。


 けれども、働きだしたら、意外と「出かけるまでに」とか「帰宅後三十分で」とか制限がかかることで、逆に爆発的な集中力が生まれることにも気がついた。



 

 空いた時間の使い方も変わった。

 

 以前は、なんとなくダウンロードしたスマホゲームをいつも開いていた。

 

 無料で遊ぶためには、しばらく待たなければいけなくて、その待ち時間を埋めるために別なゲームも落とす。

 

 そうしてだらだらとゲームをしながら、やるべきことがなにも進まず、いつも罪悪感に襲われていたのだ。

 



 部屋を片づけていたら、昔買った語学のテキストを見つけた。途中で断念していたものだ。使いかけのノートも発掘した。

 

 少しだけ書いてみた。

 すると、水を吸収するようにどんどん学びがはかどり、わくわくした。

 

 勉強なんて好きではないと思っていたけれどやってみると楽しい。



 それから自分でもSNSをはじめて、海外のアカウントを見るようになった。

 

 たまたま目に止まったのが海外の素敵な庭。ひと目で魅了された。


 それまでは雑草が生え放題のまま放置していた庭を開拓しはじめた。地元のお洒落なフラワーショップを見つけ、そこでの講座に参加してみたら、知り合いが増え、家に人を招くことも増えてさらに片づいていく。


 そうして今では近所で評判の庭となり、先日雑誌にも掲載された。



 

 ゲームが好きだからやっているのだと思っていたけれど、楽しそうにゲームをしている夫を見ていると、そういうわけではなかったのだと気がつく。

 ただただ時間を埋めるためにやっていただけだったのだ。

 

 四十四歳になった。

 でも、私はきっと、これからも変われる。そう思えるようになったのは最近のことである。

 


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