8.妖精召喚
次から第2部となります。
かなり、物語の雰囲気が変わりますm(_ _)m
公爵令嬢だった母は、身の回りのことすべてを使用人に任せて生きてきた。だから、自分で生きるすべを持たない。
この泉の底には廃墟街があって、そこでたいていのものは揃えることができる。
だから母は飢えることもなかったし、生活に必要なものがなくて困ることもなかった。
けれども、その逆はむずかしい。
有り余ったものをどうすればいいのか。使い終わったもの、壊れたものをどこに置けばいいのか。
母はもちろん知らなかったし、そうしようなんて考えたこともなかっただろう。
それに、増え続けていくものをこの結界の中から消すすべが、そもそも存在しなかった。
生まれたときからあちらこちらにものが落ちている、そんな環境で育った私もまた、そういったことについて意識したことはなかった。
けれども。──さすがにこれが異常だということは、わかっている。
母に譲った日当たりのいい部屋。その扉を開く。がらがらと音を立ててものが雪崩落ちてきた。
私は小さな悲鳴をあげてそれを避ける。扉を閉め直そうとしても、閉まらない。
母と私がねぐらにしていた建物は、すべてがこんなふうになっていた。
母がここにやってきた十五年ほど前に食べたものの塵芥までもが積み上がっているのだ。
なにか魔法がかかっているのか、異臭が漂うこともなければ菌が湧くこともなかった。
こうした状態は家の中だけではない。
必ず闇の日に投げ込まれる塵芥たち。ああいったものは、母がここに落ちてしばらくした後から続いていたから、──すでに八百回近くされていることになる。
その塵芥もまた溜まってしまっていた。
ものや塵芥を置いておける場所が、もうない。
私は、廃墟街の本がたくさん並んだ場所で過ごすことが多かった。
なるべく挿絵の多いものを選ぶのだが、その中には、誰かの屋敷が載っているものもあった。
そして愕然としたのだ。ものが積み上がっていない。塵芥もない。
美しく整えられた空間。
私が生まれてこの方一度も目にしたことのないもの。
この状態が異常であると気づいたきっかけが、その書物たちだった。
その中のひとつを部屋に持ち帰ったのは一年ほど前のこと。
美しい挿絵にも感動したけれど、どうやら、このような美しい状態にするための方法が書かれているらしい。
なんとか読み解こうと思い持ち帰ったのだけれど、なかなか読み進めることはできずにいた。
ああ、この人がここに来てくれたなら。私に、教えてくれたなら──。
私がノエルから三ヶ月の猶予をもらったのは、いつまで経ってもどうすればいいかわからずにいたそんなときだったのである。
それならば外に出たほうがいいと思うけれど、それもまた怖い。だって、ここ以外の世界だなんて、私は、知らない……。
だから私は、ついに母にもらった首飾りに祈りを捧げたのだった。
誰でもいい。今のままじゃいけないのはわかっている。
でもどうしたらいいの……。
「ニアードネ・ニアードネ・アフ・ヴュンシュ」
まばゆい光に思わず目をつむる。
騒がしい声にぱちりと目を開けると、そこにいたのは、妖精らしい見た目の生きものではなく、二羽の美しい鳥であった。
屋上の赤い置き物──異言語の書物で見つけたのだが”トリー“というらしい──のそばにあった像のいきものに似ている。
羽は真っ白でふわふわしている。首も脚もすらりと細く伸びている。
黒目がちのつぶらな瞳に、頭の上には飾りのように白い羽が鎮座していた。
しかし、呼ばれて出てきた二羽は、──とても混乱していたのであった。