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水乙女と片づけ妖精ライローネ  作者: 三條 凛花
第1章 水乙女の末裔
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6.光の日に降るもの

「かあさまにはね、お兄様がいたの」


「おにいさま?」




 その話を聞いたのはいつだったのか。

 膝の上で絵本を読んでもらっていたときだから、だいぶ幼いころだった、──とは思う。母がまだ元気だったころ。



「そう。だから、リラにとってはおじさまね」


「おじさま……」


「おじさまは、あなたのお父様……ネプトゥニス王子との結婚を最後まで反対していたわ」


 母は微妙な表情をした。


「王子様にはなにか、もんだいがあったの?」


 私が首をかしげると、母は目を瞬かせた。それから困ったようにくしゃりと笑った。


「あなたは……」


 それから私をぎゅっと抱きしめた。


「あなたは、年よりもずっと内面が発達しているのね。こんなところで産み落としてしまったせいかしら。環境に負けずために育つためかしら……」


 母はぽつりと言った。


「私が一人でいたくなかった、そのせいで……」


 その声はじわりと滲んでいた。


 母はふるふると首を振った。それから、笑顔を作り直して、母の兄である人のことを教えてくれた。


 とても美麗な人なのだということ。

 いろいろな才を持っているけれど、……少し変わったところもある人だということ。


 母のことを大事にしすぎるくらい大事にしてくれていたこと。


 “貴族らしい“家庭の中で、母の心を育ててくれた人であるということ。


「かあさまも、こうしてお膝の上で本を読んでもらっていたのよ」


「かあさまのかあさま?」


「──ええと……」


 母は言い淀んだ。それを聞いて、だいたいのことを察した。


 貴族らしい家庭というのは、親子のふれあいが少ないものなのだ、と。


「でも、よかったわ。兄様がたくさん愛情を注いでくれなかったら、こんなふうに親子のふれあいだなんて考えもしなかったかもしれない」


 母はひとりごとを言った。


「……まあ、あの人は少し過剰すぎるきらいはあったけれど」






 そんなわけで、ある日出会った少年の話から、私は彼が自分の従兄弟であるのだと結論づけた。


 母からは兄が結婚したがらないため両親が悩んでいたと訊いていたが、少年は私と同じくらい、それどころか少し年上だと言われても納得できる見た目をしている。


 妹の失踪とほぼ同時期に結婚をしたのだろうか。






「ねえ、君は、シーラおばさまを知っている?」


 少年はふたたび訊いた。好奇心に満ちた軽い感じにも思えるが、霞んだ視界の向こう側、その目は真剣にも見えた。


「それは、答えられないわ」


 私は迷った結果、そう答えた。


 少年はあからさまに肩を落として、「そう」と言った。


 それから私たちはしばらく、なにもせずにその場所にいた。


「ねえ、また来てもいい?」


 少年がいう。


「僕はね、とうさまの”お供え”に付き添ってきたんだ。住んでるのはこのすぐ近く。馬車で十五分くらいのところ。だからね、また君と話しにきてもいい?」


 私は頷いた。馬車で十五分くらいというのがどれくらいの感覚なのかわからなかったけれど、──でも、誰かと話せると思うと胸が浮き立った。


「私のことをだれにも、あなたのお父様にも秘密にしてくれるのなら」


 伯父さまが母をどう思っていたのかはわからない。だから、私の存在を知ってどう行動するかもまた不明だった。


 先ほどまでは消えてしまいたいなんて思っていたのに、もしかしたら疎まれて、消えてほしいと思われるかもしれないと想像すると、すっとお腹の奥が冷えていく感覚があった。


 どきどきしながら彼の返答を待った。


 彼はきょとんとしていたが、ややあって春のひだまりのように笑って「うん!」と言った。


「もちろん。二人だけの秘密だよ」





 それからというもの、花の日と光の日になると彼がやってきて、手紙と花を落としてくれるようになった。


 試しに私も手紙を書いて、結界の外に出してみたら、濡れてところどころ読めないものの無事に届いたらしい。


「暗号を解読するみたいで面白かった」


 ノエルはそう言い、私は頬を膨らませた。


「でも、必ず僕が来る日にしてほしい。そうしないと君と二人だけの約束を守れないだろう?」



 私たちはどちらも話すのが得意ではなかった。


 だから、泉の底と、泉のふちと、それぞれの場所にただいるだけということも多かった。


 逆に手紙での彼はとても饒舌だったし、私もまたたくさんのことを書いた。


 手紙を使ってゲームをしてみたり……(数日に一手しか進めることができないし、書き写すのが大変だったけれど)、その月のお題を決めて書いてみたり、互いに詩を作って交換したり。


 ノエルはとても叙情的な詩を書くのだが、絵を描かせると前衛的すぎて思わずくすりと笑ってしまった。


 逆に、私は言葉選びのセンスがいまいちらしく、ノエルは腹を抱えて笑い、私が怒ることもしばしばあった。






 はじめは拙かった彼の文字が、少しずつ上手になっていき、角ばった生真面目そうな、しかし美しい文字に変わったころ──。私たちの間には、変化が起きた。


 彼は、私にある質問を投げかけたのだった。


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