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水乙女と片づけ妖精ライローネ  作者: 三條 凛花
第1章 水乙女の末裔
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3.闇の日に降るもの

 闇の日には、必ず塵芥(ゴミ)が降ってくる。

 枯れた花、毒虫、割れた硝子の欠片など。これらは結界を抜けて侵入してくることがない。けれども、強い悪意を目にして、気分は落ち込んでしまう。



「今でもあの茶番を忘れない人がいるのでしょうね」


 母が亡くなった日も、こうして空から塵芥が降っていた。

 そのころには母はほとんど寝たきりになっていて、廃墟の店の薬は役に立たず、母は静かな灰のような雰囲気をまとっていた。


 私は、ねぐらの一番日当たりのいい部屋を母に譲った。はじめはずっとここに二人で寝ていたけれど、私が少し大きくなり、一人で眠るようになると、母が下の階に降りて、私だけの部屋にしてくれたのだ。




「──ここはもう、あなたの部屋なのに。それに、私は……」


 母は視線を落とす。


「きっと、歩いて下に降りることだって難しくなる」


 それは私に聞かせないようにしたのだろうか。母は声を潜めて言った。


 母は渋ったのだが、私は少しでも母に快適に過ごしてほしかった。


 けれども、それは間違いだったのかもしれない。この部屋を選んだことこそが、母の寿命を縮めたのかも。

 闇の日がくるたびに、私はそう後悔する。



 この部屋には大きな天窓がある。

 だから、寝台に横たわったままでも、空から降ってくるものがよく見える。雫の日に落ちてくる花びらの美しい様子に母は目を細めたが、闇の日がくるたびに顔を曇らせていた。


 四回に一度花が降ってくる雫の日、八回に一度書物が落ちてくる樹の日。けれども、闇の日は、必ず塵芥が降ってくる。


 母にその光景を見せないほうがよかったのだろうか。今ではそんな気がしてならない。





 母は、私たちがここで暮らす理由を頑として話さずにいた。


 けれども、亡くなる前の夜のこと。久しぶりにいっしょに寝ようと言われて、私は喜々として母の寝台に潜り込んだ。


 母のほっそりとした身体は、ますます骨ばっていて、冷たくカサカサとしていた。私は不安になって、母にぎゅっとしがみついた。母がどんな顔をしていたのかはわからない。


 けれども、ごくりと喉を鳴らして、震える手を誤魔化すように私の背中にあてて、自分の過去について話はじめたのだった。


 これは母の話。彼女が主観的にとらえたものだから、なにが真実なのかは私には判断できかねる。


 でも、今から十年ほど前、こんなことがあったのだそうだ──。






「シーラ! あなたとの婚約を破棄する」


 母は困惑した。つい一日前まで仲睦まじく過ごしていた婚約者が、突然そのようなことを言い出したからだ。


 婚約者であるこの国の第三王子、ネプトニスは、銀色の髪に氷のように冷たい薄青の瞳を持つ美しい人であったという。


 臆病ながらも愛情深く、聡明だったがどこか抜けている。そんな人だったのだと母は言った。その声からは思慕の念が読み取れた。


 まだ幼いころに二人は婚約者となった。

 政略ではあったものの仲睦まじく、十六になるころには心からの恋人同士として愛し合っていたのだとか。


 ところが、ネプトニスは唐突にそのようなことを言い出した。自分に向けられる視線は冷え冷えとしている。どうやら演技でもなさそうだ。


 母が困惑していると、ネプトニスの後ろからひょこりと一人の令嬢が顔を出した。




「桜色…… ええと、そうね。あなたが見たことのあるものだと…… そう。花舞蛸(はなまいだこ)のような、少し珍しい色をした髪の毛の少女だったわ」


 彼女のことを評して、母はそう言った。


 花舞蛸というのは、この結界の外に巣食う、泉の主のような存在である。大きさは母が三人寝転んだくらい。巨大な生き物だ。その生き物を思い出しながら、私は、ピンク色の髪の毛か、と思った。




 そしてあれよあれよという間に事態は進み、ともに王子を支えようと励ましあった同志でもある側近たちに縛り上げられ、無理やり馬車に押し込まれ、悪路を進むこと半日。


 突然止まったかと思うと、馬車ごとこの泉へと落とされたのだという。

 そのとき一緒に落ちてきた馬車は、今も結界の隅にあるし、馬もつい数年前までは生きていた。この世界で、母と私以外の唯一の生き物だった。




 ぐらりと視界が反転した。ずぷずぷと水が侵入してくる嫌な音がした。


 なんとか抜け出そうともがいたが、ひどく頭を打ち付けており、痛みと焦りでうまく体が動かない。母は女性としては破格の強さであったが、腕を縛る縄には魔力を封じるまじないが施されているらしい。


 なにもできずに水の中へ落ちていく。

 涙をほとほととこぼしながら母が窓の向こうに見たものは、うつろな目をした側近たちと王子。

 それから、あの蛸令嬢がにまにまと笑っている姿であった。


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