27.暮井真唯愛の帰還
その夜、あたしは一人で留守番をしていた。ひどく静かな夜だった。
夜になると、この街は抜け殻のようになる。昼間はあんなにもたくさんの人がいるのに、そのほとんどが街から居なくなるのだ。
あたしたちの住む街は、地方にある少し風変わりな土地だった。この街だけでも買いものが完結するくらい利便性のいい場所なのだが、もともとは何もない田舎。近年、開発が進んで都会のように姿を変えた一方で、街の住人はどんどん減っていた。
吉田さんやあたしの家は、昔からこの土地に暮らす家系だった。それこそ集落と呼ばれたくらいの時代から──。
数件隣に住む家が大地主。彼らは手広く事業を広げていた。そして彼らはこの街にどんどんビルを建てた。
昔から住んでいた人間たちは、追われるように街を出ていき、人は減るのに利便性だけが上がっていくという状態が続いた。
今思うと彼らは、この土地を便利な別荘地、あるいはお金のある人たちのセカンドハウスのように開拓しようとしていたのだろう。
最後に建ったのは、街には不釣り合いなくらい高い建物だった。彼らはその最上階を自分たちの家としつつ、県外からの住人を募集しているようだった。
都会まで一時間くらいあれば行けなくはない。そんな立地だ。だから、兄もあたしも時間をかけて都会の学校まで通っていた。
その日、兄はバイトで遅くなると言って帰ってこず、あたしは家で一人きりになった。
バイトだっていうのが嘘だということはわかっていた。兄にとって、あたしはお荷物にすぎない。
ここは母の実家で、母は女で一つであたしたちを育て、昨年亡くなった。
まだ高層マンションの住人はいない。地主一家だけである。たくさんある建物で働く人たちも夜になると家に帰ってしまう。
だから、街は恐ろしく静かだった。聞こえるのはただただ蛙が鳴く声だけ。
家の裏には田んぼがあった。吉田さんの家の田んぼだ。
とはいえ、今はもうお米を作っているわけではなく、かといってそのままにしておくと雑草が生えてしまうから、そこには水が溜められていた。
窓はぴっちりと閉じているのに、蛙の声がやかましく染み込んでくる。
「あーあ、さっさと鳥がこないかな」
蛙たちが鳴くのはほんの数日、あるいは一週間くらい。しばらくすると水鳥たちがやってきて、食べつくしてしまうのか、ぱったりと静かになるのだ。
「食物連鎖って無情よね」
あたしは誰に言うでもなくつぶやくと、スマホを開いた。もう少しで両思いになれそうな相手がいて、やりとりが楽しかった。
けれども。いつものようにメッセージを送ったあたしは、愕然とした。
「なによこれ……?」
彼から帰ってきたのは「好きな人がいるから、連絡しないでほしい」という一文だった。
「どういうこと? 絶対あたしのこと好きだったじゃない」
あたしは苛立ちを覚えて、爪を噛んだ。そのときだった。ふと蛙の声が唐突にやんだ。
泣き止んだのではない。ぷっつりと、唐突に途切れたのだ。
それから飛行機の重力がかかったときのように気持ちが悪くなって、布団の上に突っ伏して、──次に目覚めたときには、鳥の姿になっていたのだ。
「それで? あんたはどんな人に喚ばれたんだい?」
「──言いたくない」
「そうか」
吉田のおばさんは、それ以上深く追求することはなかった。
「とりあえず、うちにおいで」
あたしは泣きそうになり、でも恥ずかしくてそんな顔は見せられなくって、下を向いた。前髪をいじっているふりをしながら、ぽろりと落ちる涙を拭った。