17.妖精の片づけレシピ⑤ 場所と行動でわける
それは闇の日のことだった。
いつものように塵芥が降ってくることはなかったのだが、結界の外にきらきらと光るものを見つけた。
手だけを結界の外へと伸ばして拾うと手紙だった。封筒に夜光蝶の鱗粉が塗られているらしく、結界外の真っ暗な水底でも光って見えたのだ。
もしかして、ノエルが約束より早く戻ってきたのだろうか。
それならば顔を見せてくれたらいいのに。もしかすると、忙しくて手紙だけを残してくれたのかもしれない。
まだ片づけは完璧に終わったわけではないから焦る気持ちと、この三ヶ月近く感じていたぽっかりと胸に穴が空いたような虚無感が埋まっていくような感情とがないまぜになって、苦しかった。
階段を一気に駆け上がり、ペーパーナイフで封をあける。
運悪く結界の外に落ちたからだろう。手紙はほとんどの文字が水に濡れてしまっており、かろうじて読めた部分をつなげると、次の闇の日に外に出てきてほしいというようなものだった。
会える日が早まったのだ! でも、どうして外に? 不思議に思う気持ちがありながらも、なぜか早鐘のように鳴り続ける胸の音。外に出るのはやっぱり不安だった。
次の闇の日までには、この家を完璧に片づけたい。
手紙が届いたことと合わせて、ユウコとスイクンの二人に告げる。
「あとはもう仕上げだけよ。よくがんばったわね」
「ああ。今まで会った誰よりも真剣に向き合っていたよな」
二人は手放しで褒めてくれて、私はなんだかくすぐったい気持ちになった。
「さあ、じゃあ最後にするのは、リラが使いやすい家を作ること。捨てなかったモノたちを、実際に配置していきます」
「わかった!」
私は手近にあったレジカゴを掴むと、棚に中身を押し込んだ。
「ちょ、待った待った!」
スイクンが慌てて飛んでくる。
「そんなに雑に入れたらまたすぐ元通りだよ」
「え?」
「きちんと考えてから入れていかないと。熟考不足。それもまた散らかる原因なんだぞ」
「そうね。ただ、逆もあって、考えすぎて動けずにいるのも困りものなのよ」
「でも……」
「早く終わらせたいのよね?」
私がうなずくと、なぜだかスイクンがにやにやして、ユウコに小突かれていた。
「あのね、私におすすめの方法があるの。それは、おためし期間をつくること」
「おためし期間?」
「そう。実際に置いてみたときは気づかなかったけれど、生活をしていくと、これはやっぱり別の場所に置いたほうがいいかも? と思うものが出てきちゃうのよ」
「なるほど……」
「だから、はじめから100%の収納を作ろうとするんじゃなくって、まずは場所を決めておいてみて、数日試したらきちんと確定する。そういうやり方をおすすめするわ」
「とはいえ、どこに何を置くか考えてからおためし期間に入るのも重要だよな」
スイクンが続ける。
「どこに何を置くのか……」
考えてみたけれどさっぱり分からなかった。
「とりあえず、料理に使うものは調理台に置くとか……?」
消極的な気持ちで言ったのだけれど、ユウコはにこにこして大正解!と言った。
「仕舞うときに大切なのは、どこで使うものなのか、つまり場所と行動を軸にわけることなの」
「またレジカゴな」
スイクンが言い、羽でカゴを指し示した。
「今は、残すものだけになった状態でしょう? これをさらにわけていきます。二段階にわけて作業するんだけど、はじめにするのは場所別にわけることよ」
「場所別……」
「この屋敷だと、そうね……調理台周りで使うもの、ご不浄で使うもの、居住スペースで使うもの……。こんなふうに、場所ごとに1つずつカゴを用意してみて」
私は言われた通り、モノを場所別にわけはじめた。しかし、すぐに詰まってしまう。
「複数の場所で使うものや、どこで使うのかいまいちわからないものは、保留用のカゴに入れましょう」
「わけるのがだんだん早くなってきたわね」
ユウコが感心したように言う。
「ちょっと慣れてきたみたい」
「それじゃあ今度は、この調理台まわりで使うものをさらに分けます」
「ポイントは行動、な」
スイクンが補足する。
「たとえば、調理台ですることってなんだと思う?」
「うーん。料理?」
「そうね。他にもない?」
「他にも……」
私は考え込む。
しばらく待ってくれていたけれど、スイクンが「答えを先に言おうか」と笑った。
「洗い物とか、掃除とかだよ。ちなみに、料理もさらに細分化できる。火を使うときに使うもの、盛り付け用の皿、調理用の道具……。こんなふうにわけていく」
スイクンに言われた通りに進めていった。
「あとは、その場所にいるとき、それが取り出しやすいかまで考えられたら理想的だな」
こうして片づけを進めていき、闇の日の前日、ついに汚屋敷は綺麗に生まれ変わったのだった。