16.妖精の片づけレシピ④ 好きを知る意味
ユウコやスイクンとの生活も、ついに三ヵ月目になった。
これまでは廃墟街ですでに完成した料理を調達していたけれど、その代わりに食材を持ってきて、自分で調理することに挑戦していた。料理上手だと自負するスイクンが先生である。
はじめは億劫だと思っていたけれど、自分で作ってみるのには意外な楽しみがあった。ちょうどいい味つけや硬さにできることがわかったのだ。
とにかくいろんなことを調べたり研究するのが好きな私には合っているようで、同じ料理を時間や素材を変えて作ってみることにも夢中になっていた。
ちなみにユウコは料理は壊滅的なのだという。
「私がつくると、黒焦げの固いものになるの……。食べるのは大好きなのだけれど」
彼女は羽を頬のあたりに当て、ほう、と悩ましげにため息をついた。
「リラは筋がいいな。向いてると思うわ、料理」
スイクンが軽い感じで言った。
「はあ……固形物が恋しい」
ユウコが言うと、スイクンもしみじみとため息をついた。
鳥の姿になった彼らは、うまく食事ができず、日々スープばかりを摂っていた。
今日のメニューも、白パンに、海老ときのこ入りのホワイトソースをかけたオムレツ、サラダ、ミネストローネというものだったけれど、彼らが食べられたのはどろどろのペースト状にしたミネストローネだけ。
私が彼らを喚び出してしまったせいだから、申し訳なく思った。
「それにしても、広々としたなあ」
スイクンは、話題を変えるように切り出した。彼は飄々とした軽い雰囲気の人だけれど、とても気が回る。
「ものがずいぶん減らせたわね」
ユウコがおっとりと頷いた。
この頃になると、私も鳥姿の二人を、頭の上の飾り羽以外でも見分けられるようになっていた。
スイクンはまんまるい可愛らしい目をしている。ユウコはもう少ししゅっとした理知的な雰囲気だ。けれども、話してみると意外と印象は逆。
「スイクンのスキル、すごかった」
「俺の?」
「うん。だって、もし私が片づけ方をはじめから知っていたとしても、スイクンがいなかったら、塵芥を捨てることもできないでしょ? とってもすごいスキル!」
私が言うと、スイクンはかちりと固まった。
いつも飄々としているから不思議に思っていると、ユウコが吹き出した。
「ふふ、ごめんね。翠くんは、素直にほめられるのに慣れてないのよ」
「……ふん」
スイクンがそっぽを向く。
「それじゃあ、ここからは家づくりをしていきましょう」
「家づくり?」
「そう! 生活がしやすくて、過ごしていてわくわくするような空間をつくること。翠くんのスキルもすごいけれど、私のもすごいのよ? この仕事をやっていて、あったら嬉しすぎるのがこのスキルなの!」
いつも淡々としているユウコが珍しく目を輝かせる。
「だってね、自分の想像力だけで必要な収納素材が完璧に作れるんだもの!」
「素材」
私は困ってくり返した。ユウコはぶんぶんと大きく首を振る。
「普段はね、お客様の希望を聞いて、サイズを測って、それに合うものをいろんなお店を回って探してるの! とにかく骨が折れるのよ」
「たしかになあ。戻ったら苦労しそう」
スイクンもしみじみと言う。
「実働部隊は俺だからな」
「そういえば、ふたりは夫婦なの?」
私が訊くと、二人はなぜか照れたようにもじもじとする。
「そうね」
「まあな」
「せいりゃくけっこん?」
「なわけないだろう。この時代に」
「私たちの世界だと、まずないわよね」
ユウコが言う。
「じゃあ、恋をしたことがあるの?」
私の言葉に、二人はまた押し黙った。
「恋って、どんなものなのなのかな」
「そりゃあ君が」
スイクンがなにか言いかけて、ユウコがその口を羽で塞いだ。
「さて、片づいてきたから、あとはものを仕舞っていくわけだけど……。なんと! 私のスキルを使うと、理想の家具を再現できるの」
「理想の家具」
ユウコの熱量についていけずにくり返す。
「そう。あのね、好きかどうかってすっごく大事なの!」
彼女は気にすることもなく、瞳を輝かせて解説を続けた。
「人ってね、基本的には手間がかからないものほど面倒にならないの。それは当たり前な感じがするでしょう? でもね、多少の不便さがあっても、それが自分で選んだお気に入りのものだったら、面倒でもお気に入りのまま使えるのよ」
その日は、廃墟街のショテンで、ユウコが見つけてきたインテリア雑誌を読んだ。
さまざまな人の暮らす部屋がたくさん載っているものだ。
「こうしてみると、いろんな部屋があるのね」
ユウコの質問に答えていくと、どうやら私が好きなのは"淡色インテリア”というものらしかった。その系統の写真を参考にしながら、ユウコがどんどん家具を”創造”していく。
アーチ状に扉がくり抜かれた大きな棚や、引き出しのついたローテーブル。
「きゃあああ」
スイクンのアドバイスを元に設置していたら、ふとユウコが声を上げた。
「どうした?」
スイクンが慌てて飛んでいくが、ユウコはうっとりした表情で目の前の花瓶を眺めている。
丸い輪っかの上にちょこんと棒を乗せたような形状の花瓶は、艶のない質感で、そこには乾燥したふわふわの穂が差されていた。
「すごい、……インテリアまで生み出せるのよ……。部屋を美しく整えることも発動条件に含まれているのかしら」
ユウコはうっとりした表情で、使用限度の残り2回まですぐに使いきってしまった。
そうして数日が経ち、一番日当たりのいいあの部屋は、とても美しく生まれ変わったのだった。