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水乙女と片づけ妖精ライローネ  作者: 三條 凛花
第2章 水鳥妖精ライローネ
13/27

13.『わける片づけ』(西アリス著)

 100個捨てるのはあっという間だった。どれだけ多くのごみを溜め込んでいたのか。自分のことなのに驚いた。

 

 はじめは不安だけがあったのだけれど、実際に手を動かしはじめると楽しくなってきて、100個を超えても捨て続けた。捨てた数が500個を超えたあたりで、二人に止められた。

 

「リラ、一旦、休憩を入れましょう?」


「根を詰めすぎるのはすすめないぞ。疲れたら動けなくなるからな」


「なにか気分転換になることがあるといいのだけれど……」


 ユウコが言う。


「それなら、いっしょに街を歩いてみない?」


「街?」



 

 私たちは廃墟街へ赴いた。二羽には長い階段は大変だろうと思い、部屋のすみにあった袋に入ってもらうことに。ユウコは楽しそうに笑いながら飛び込んだけれど、スイクンはとても嫌そうな顔で、片足ずつ恐る恐る入ると、そのままもぐってしまった。

   

 

 最初に向かったのは仕立て屋のような店。二羽には表で少しだけ待ってもらうことにして、走って店に飛び込んだ。


 たくさんのものを捨ててみてわかったけれど、今のままでは作業がしづらいからだ。衣類がずらりと並んだ店の中から、動きやすい服を調達した。

 

 

 


「ここは……」

 

 表で待っていたスイクンが呆然としている。

 

「何年か前に消えた、H市?」

 

 そうつぶやくウコの声は震えている。

 

「間違いない。現場作業で行ったよな。あのとき見た変わった像がある」

 

「変わった像?」

 

 私が尋ねると、スイクンは建物の前に置かれた石像に羽を向けた。その像は、私の住む“汚屋敷”の屋根にある、二羽の鳥の像にとてもよく似ていた。そして、ユウコやスイクンの姿にも。

 

 私が首をかしげていると、スイクンは頭を羽でぼりぼりと叩くようにして、言葉を選びながら言った。

 

「君には馴染みがないのかもしれないな。えっと、この赤い門のようなものは鳥居という。神様の住む場所への入り口みたいなものだと思ってもらえればいい。これを守るように二体の像が配置されていることがよくあるのだけれど……」

 

「普通はね、犬の像なの。狛犬っていうんだけど」

 

 ユウコが捕捉し、スイクンが頷いた。

 

「鳥の像があることも稀にある。でもそれはたいてい鶏……この世界にはいるのか?」

 

「見たことはないけれど、概念としては知っているわ」

 

 私は答えた。

 

「あっちにある書物で見つけたの」

 

「そうか。……すまない、続きだな。この像はおそらく白鷺…… おもに水辺に住む鳥を模しているように見えるんだが、そうした鳥の像は、少なくとも俺は見かけたことがない。でもだからこそ、印象に残っていたんだ」


 スイクンがごくりと息を飲む。


「間違いないだろう。ここは、H市だ」

 

 曰く、二人の暮らす世界で、二年ほど前に“消えた街”があったのだそうだ。なんの前触れもなく、街のあった場所が深い穴に変わっていた、と。

 

「もしかして、亡くなった方がいたりするのかしら……吉田さんは……?」

 

 ユウコがくちばしのあたりを羽で覆う。


「吉田さんっていうのは、有子の五番目のお客様だった高齢の女性だよ。有子、吉田さんなら、パーティーに来てくれてたじゃないか」


 スイクンが補足を入れてくれる。


「そ、そういえばそうね……」


 ユウコがほっとしたようにくにゃりとなる。

 

「でも、勘だけど亡くなった人がいるというのは違う気がする。ほとんどの人は無事で土地が消えたって話だっただろう? それに、いなくなった人たちも、それぞれ"召喚”されたんじゃないかな」

 

「そうかな……」




 

 その日は、二人(二羽)に街を案内することにした。

 

「こうして歩いてみると、広めのグラウンドくらいの規模があるんだな」

 

 スイクンが言う。グラウンドがなにかはわからなかったけれど、ユウコも頷いていた。

 

 私たちは廃墟街を歩く。ほとんどは結界に弾かれるのだけれど、闇の日に降ってくる塵芥を見つければゴミ袋につまみ入れた。二人に街を案内しながらこれまでは読めなかった店々の名や役割を聞いた。

 

「すごい。コンビニにファストファッションの店、ドラッグストアまで揃ってる」

 

 ユウコが感嘆の声を上げた。

 

「食べたり使ったりすると自動的に補充されるって言ってたけど、どういう仕組みなんだろう」

 

 スイクンが考え込む。

 

「あっちの世界と繋がっている? いや、だとしたら対価がないのはおかしいし……」

 

「それは今はいいじゃない。私、書店に行きたい!」

 

 ユウコが目を輝かせる。

 

「ショテン……書物がたくさんある場所ですね。こっち」

 

 私は二人を案内した。

 

「ここもよく利用するの?」

 

 ユウコが尋ね、私は頷いた。

 

「母が生きているとき、彼女がこの言語を理解しようと研究しはじめたのがきっかけで。私も一冊ずつ、挿絵の多い書物から挑戦しているの」

 

「これ……」

 

 スイクンが、一冊を羽で示す。私はその本を持ち上げた。

 

「この本、今読んでいるんです。挿絵がとても多いし、この本をなにげなく開いて、あの塔が異常なんだと気づいたから」

 

「表紙に書いてあることの意味は?」

 

 私はふるふると首を振る。

 

「まだ子ども向けの本しか読めていないわ」


「──タイトルは、『わける片づけ』。書いた人は西アリス。たぶん、君にいま一番必要な本だと思う」

 

 ユウコはなぜだか下を向いたまま。スイクンはへにゃりと笑った、ように見えた。


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