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水乙女と片づけ妖精ライローネ  作者: 三條 凛花
第2章 水鳥妖精ライローネ
10/27

10.鳥はどこから来たのか(2)

 会場は出版社の1階ホールだった。

 

 アリス先生の新刊発売記念パーティー。この日はワークショップ形式で、講義を受けるだけではなく、先生がひとつずつのグループを回って声をかけてくれるのだという。



 隣に座っていたのは、シニアと言える年代の方。厳しそうな顔立ちで、尖った鷲鼻。けれども、目が合うとにこりと笑い、途端に幼い感じになった。


「吉田美誉子です。西先生のファンでね……」


 その隣には、黒いボブヘアの女性。

 グレーがかった瞳をしているし、抜けるように白い肌を見ると外国の方だろうか。年齢は二十代半ばから後半くらいに見える。猫っぽい吊り目がちの瞳に、すっと通った鼻すじの美しい人だった。


「……」


「この子は、あたしの娘みたいなもんなんだけど……。あまり喋れなくてね」


 吉田さんが苦笑する。美しい女性はぺこりとお辞儀をした。




 その日のテーマは「片づけがすすまない理由」だった。グループ内で自分の体験談や思うことを自由に話し合う。


 吉田さんは「時間がない」と言った。彼女のお仕事は助産師さんだそうで、日々の仕事で手一杯だという。


 外国人風の女性が吉田さんになにか耳打ちをする。


「片づけのやり方を知らない」


 彼女の代わりに吉田さんが発表した。


 サインをもらうべく書籍も持参したけれど、書籍にはない新しい情報もたくさんあって、とても有意義な時間を過ごした。

 

 そうして、ついに終わりの時間が近づいてきた。


 

「こうすればいいとわかっている。でもできない。それには必ず理由があります。なにか”わからない”ことがあるんです」

 

 アリス先生が言う。

 テレビの印象よりずいぶん小柄だが、少し吊り目がちの猫っぽい目に、すっと通った鼻筋や薄い唇で、とても美形な女性だった。

 

「わからないことですか」

 

 司会を務める男性が言った。

 こちらは先生よりもさらに若そうで、大学生だと言われても違和感がない。パーマを当てているのだろう、ふわふわとした髪の毛は明るい茶色に染めている。

 

 全体的な雰囲気は子犬。

 やや垂れ目がちの瞳に、整っているもののややまるみのある鼻、少しぽってりとしたくちびるは口角が上がっている。

 

「そうです。たとえば、片づけの工程の中で『わける』作業に差しかかるとき。

 お客様の何人かが必ず言う事があります。それは『面倒だからなにも考えずに淡々と手を動かしたい』ということ」

 

 アリス先生はスポットライトに照らされて、少し眩しいのか目を細めていた。意外なことに声には少し震えが見られたし、耳の端は赤くなっている。

 

 私はそれに気がついて、なぜだか一気に親近感を覚えた。

 

「もちろん、そうしたやり方が合っている人もいるでしょう。でも、このケースでは、単にわけるのを面倒くさがっている人がとても多かった。……それはなぜなのか。そこには必ず『わからない』ことが隠れています」

 

「たとえばどのようなものですか?」

 

「そうですね、たとえば、分別方法がわかっていないというのが代表的なパターンでした。分別方法というのは、自治体によってもまったく異なりますよね? だから、誰かがわかりやすく解説したものを見ることはできず、自分が能動的に調べる必要があります。

 ホームページを見て、該当する項目を探し、ひとつずつ確認していく。あるいは電話をして確認する……」


 吉田さんが頷いている。


「でも、これってかなり面倒な作業ですよね。それを無意識にわかっているんです。だから、捨てるのを面倒に感じてしまいます」

 

「なるほど。分別方法ですか。なにかわかりやすい例があったりしますか?」

 

 男性の質問に、アリス先生がうなずく。

 

「たとえばトロフィーですね。皆さんはどうやって捨てるかご存知ですか? ……では、そちらの黒いワンピースのあなた」

 

 突然指名されて、私はぴゃっと飛び上がった。

 

「わ、わ、わからないです」

 

 バクバクとなる心臓を押さえながらなんとかそれだけ絞り出すと、アリス先生は慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべて「ほとんどの方がそうです!」と言った。

 

「皆さんもそうではありませんか? 正確な捨て方を答えられない方は手を挙げてください」

 

 会場の全員が手をあげた。

 

「自治体によって違うのがもちろん前提にありますが、たとえばトロフィーの素材によっても分別方法は変わります。プラスチック製なのか金属製なのか。それとも異素材が混合になっているのか。素材が混ざっている場合は、分解しなければいけないケースもあります。

 そして、さらに厄介なのが思い出補正です」

 

「思い出補正」

 

「ええ。トロフィーはまさにその最たる例です。自分、あるいは家族の誇らしい記録。だからこそ、捨てることを惜しいと思ってしまう。あるいは罪悪感を覚えるかもしれません」

 

 吉田さんと反対隣に座っている女性がうんうんと頷いている。

 

「でも、こんなふうに『捨てられない理由』を少しずつ切り分けるように考えていかなければ、ただ漠然とした『捨てられない』に繋がります」

 

「うーん、それならどうしたらいいんですかね?」

 

 司会の男性がこてりと首をかしげる。どこかあざといその仕草だが、なぜだか妙に似合っていた。

 

 アリス先生はなぜだか一瞬無言になったけれど、こほんと咳払いをして、向き直った。

 

「私がおすすめしたいのは、はじめに分別について考えるのをやめることです。そして、とにかく『わける』作業に注力すること。具体的にいうと、捨てるもの・残すもの・考え中のもの。この3つのいずれかに、無心でものを振り分けていきます」


 私はふせんにメモをして、本の裏表紙に貼っていく。


「今日はワークをご用意しています。皆さんには、家から『なんでもいいから目についたもの15個』を持ってきていただきましたね。ご用意いただけますか?」

 

 私は頷いて、スーツケースの中身を広げる。皆それぞれ色々なものを持ってきていた。

 

「では、今から3分時間を測るので、目の前の3つの箱に仕分けをしてください」

 

 参加者たちは3分という短い制限時間にきりりと身を引き締め、目の前のものを食い入るように見つめた。

 

「それでは、スタート……え?」」

 

 戸惑いを含む声に顔を上げると、アリス先生の身体が金色に光っている。先生はぽかんとした顔で自分のてのひらを見つめており、司会の男性が「ゆうこ!」と叫んで彼女に飛びついた。

 

 そうして次の瞬間。はじめからそこに誰もいなかったかのように、二人は消えていた。

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