1.雫の日に降るもの
ひらり、ひらり。ふわ、ふわり。
雫の日が四度巡るたびに、空から花が降ってくる。
ほとんどはここに落ちてくるまでに散ってしまい、花びらになってしまう。でも、ほんのいくつか花の形を残したままのものから察するに、これはきっと、セイレーンフラワーだ。
鮮やかで紫がかった青色の花。花びらは五枚あって、中央には光石をたくさん縫い付けたような花芯が輝いている。
花言葉は「ずっとあなただけを想う」。
「あら? 今日は晴れているのね」
空の色を見て、私はつぶやいた。近ごろ独り言が多くなってしまった。
ずっと遠くに、艶消しした宝石のように鈍い光を放つ太陽が見える。かあさまは太陽を直接見るのは危険だと言っていたけれど、たとえ何時間見ていたって目を痛めることはない。
太陽が出ている日は、書物で見た”木漏れ日”のように、たくさんの影が落ちてくる。それは、魚たちの影だ。空を泳ぐ魚の群れが、私のいる場所に影を落とす。
魚たちは絶えずぷくぷくと泡を吐き出している。
ふとひときわ大きな影ができた。
湖水母だ。ぷりぷりとしたゼリーのような体を揺らしながら動いている。ドレスのようにふくらんだ傘に、レースを垂らしたような触手を持つ美しい生き物。
けれどもとても獰猛で肉食。しかも触手には無数の毒針を隠し持っている。
獲物を見つけると、触手で絡め取るようにして毒針を刺し、じわじわと弱らせながら巣穴まで運ぶのだという。
水底に佇む私を見つけて、あれは今日も懲りもせず降りてきた。
そうしていつものように結界に阻まれる。
結界に触れると、少なからず衝撃があるはずだ。湖水母には思考力も記憶力もないため、そのときは痛みに怯えて去っていくのだけれど、またしばらくしたらこうして襲ってくるのだった。
ここは、深い深い泉の底。
落ちたらもう戻れないと言われている、魔の泉。私以外、誰一人として存在しない場所。
きっと、この中に、こうして人が住める空間が存在しているなんて、彼女は思わなかったのだろう。
私の名前はリランディア。
公爵令嬢だった母と、王子だった人を父に持つ娘。
一見すると華やかな血筋だけれど、私はお城に行ったことも、見たこともない。生まれたときからこの泉の底に住んでいる──。