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恋する僕ら  作者: 越山りみか
1/1

僕は彼を好きなのかもしれない

身内と恋バナしてるだけです。

誤字脱字は見つけ次第言ってください。

「僕、好きな人ができたかもしれない。」

 中学一年生の大晦日、はとこの二人にそう打ち明けた。

 二人は一瞬驚いた顔をして、それから二人同時に、おめでとう、と言った。

「しょうくんに好きな人が…。なんか意外だなあ。ずっと孤高のイケメンでいると思ってた。」

 七美がほわほわした声音で言う。

「そう?僕は意外でもないけど。」

 陽日は首をかしげる。

「はるちゃんはもう運命の人と出会ってるもんねえ。」

「それは関係ないでしょ。」

 二人の会話を聞きながら、紺色のシャープペンをくるくると回転させる。机に広げたノートは、自分の余所行きの字の「佐野浩太」で埋められている。たかが宛名のためだけに相手の名前を練習するなんて、自分でもちょっと気持ち悪いと思う。しかもまだ確信が持てていないのに…。

 名前をぼうっと見ていると、浩太のことが思い浮かんできた。

 同じクラスで、隣の席。もっとも隣の席になったのは、夏休み明けに席替えをしてからなので、数か月だけだが。文房具おたくの浩太が、紺色のシャープペンをくれたことがきっかけで仲良くなった。

「ねね、しょうくん。好きな人ってどんな人?」

 七美が興味津々、といったように机の向こう側から身を乗り出してきた。

「えっと…図書部で、文房具が好きで、人懐っこい…?」

「なんか眼鏡かけてそうね人だね。」

「いや、かけてないよ。」

「どんな顔なの?」

「えー…、なんだろう、やんちゃっていうか、いたずらっ子みたいな、そんなかんじ。」

 陽日がぽろっと言った。

「その子、男の子?」

「うん。」

 肯定すると、七美がうんともぐうとも言えない声を出した。

「そうきたか…。私には男心はわからないから、あんまりユウエキなことは言えないなあ。」

「七美は女心もわからないんじゃない?」

 陽日がつっこむと七美はふん、と髪を払った。

「私は七美心と沙羅心をわかってるからいいのよ。」

 沙羅、というのは七美の妹だ。

「で、脈はありそう?」

 陽日に聞かれて、今度は僕が呻いた。

「そもそも僕自身、これが恋なのかが分からない。」

 だから、好きな人ができた「かもしれない」なのだ。

「恋って、どんな感じなの?」

 七美は迷いなく「わからない。」と言った。知ってた、と返し、陽日に目をやる。陽日は戸惑ったように瞬きし、ちょっと頬を染めながら答えてくれた。

「えっとね、好きな人を見てると、ぎゅっと心臓が縮んで、幸せで、一緒にいると楽しくて、ずっと一緒にいたい、もっと近づきたい、もっと知りたいって思ったり。自分のことを、好きになってほしいって思う…かな。」

 ひゃー、と七美が小さな悲鳴を上げた。

「はるちゃんかわいい…ぎゅってしていい?」

「い、いいよ?」

 抱き合う二人をよそに、僕は考え込んだ。

 そんな風に、浩太を思ったことはあるだろうか。いや…ないな。僕の浩太への気持ちは、もっと漠然とした、ふわふわとしたものだ。だからといって恋ではないと否定するのは早い気がする。もう少しはっきりしたら、そしたら……

「兄ちゃんたちー、ご飯の準備手伝ってだってー。」

 弟の季太郎に呼ばれて、台所へ行く。

 年季の入ったおじいちゃんの日本家屋は、廊下も台所もトイレも寒い。寒さ対策に半纏は手放せない。

 広い台所は、既に満員だった。いまどき大晦日とお正月に親戚みんなが集まるうちって珍しいよなあ、と思いつつ、伊達巻を作っている母さんに声をかける。

「母さん、何手伝えばいい?」

「五月たちと座敷にテーブル出してくれる?そろそろ料理も出来上がるから。」

「了解。行こ。」

 台所の隣の座敷に行くと、五月にいと夏月ちゃんがテーブルを出しているところだった。

「手伝いに来たよ。」

「おう。まだあと十個残ってるからやることたくさんだぞ。」

「はは、頑張るよ。夏月ちゃん、久しぶり。」

「久しぶりー!昇太郎くん、また背、伸びたね。」

「そろそろ170センチにいきそう。」

「じゃあ陽日は抜かされたのか。」

「僕もまだ伸びてるから。」

 五月にいはピアニストを目指しているからあまり運動したがらないけど、筋肉はあるから、大きな組み立てテーブルも軽々と運んで見せる。陽日の姉の夏月ちゃんはフランス人のクオーターだから、明るい髪色と目の色をしていて、背も高い。空手を習っていて、強いらしい。

 そんな二人と比べて力も弱く背も低い僕たちは、テーブル一つを運ぶのにもふたりがかりだ。途中で沙羅も加わって、6人で急いでセッティングをした。

 すぐに料理が運ばれてきて、テーブルの上は賑やかになる。散らばっていたちびっこたちも集まってきて、誰かがテレビをつけると年末スペシャルな番組が流れてくる。

 御馳走を食べながら近況を語り合い、そうしているうちに紅白歌合戦も終わって、除夜の鐘が鳴り始める。遊び疲れたちびっ子たちは寝てしまって、大人たちはやっと落ち着いて杯を交わし始める。

 僕はそっと座敷を抜けて、廊下へ出た。そのまま少し進むと、吹雪の中窓を開けて縁側に出ている昇おじいちゃんがいた。

「おじいちゃん、体冷えちゃうよ?」

「ん?ああ、昇太郎か。平気だよ。良子の愛が詰まった半纏を着てるから。」

「まったく、そんなこと言って。」

 良子おばあちゃんお手製の半纏をこれ見よがしに見せつける昇おじいちゃんに、僕は苦笑を浮かべた。

「そういえばさ、おじいちゃんの新作、読んだよ。」

 昇おじいちゃんはそこそこ名の知れた小説家だ。本人はもう引退するかと言っているけど、まだまだ昇おじいちゃんの物語を待っている人はたくさんいるから、筆は置かせてもらえないらしい。

「あれ、聞きたいことがあって。」

「なんだ?」

「最後にさ、主人公が相棒に『俺が死ぬときはお前を殺してから死ぬよ』っていうじゃん。あれ、誰かに言われたの?」

 「お前がいないと生きていけない」と言った相棒に、主人公が言ったセリフ。なぜが、昇おじいちゃんは実際にその言葉を言われたような気がした。それは昇おじいちゃんの浮世離れした雰囲気のせいかもしれないけど。

「俺が言われたんじゃなくて、聡志にいさんが聡人にいさんに言ってたんだよ。ずいぶん、前のことだけど。」

「聡志おじいちゃんが?」

「あの頃は二人ともとがってたから、危うかったなあ。本当に、やりそうだった。俺は怖いと思ったし、正常じゃないと思ったけど、これ以上に強烈で鮮やかな告白はついぞ聞かなかったなあ。」

「おばあちゃんに告白された時も?」

「いんや。俺からプロポーズしたからな。きっと世界で最高のプロポーズだったぞ、あれは。」

「もー、結局のろけじゃん。」

 笑いながら、僕は不思議な気分だった。

 愛や恋は、人の数だけ形があって、正解なんて一つもない。いったいどうやって、愛だと、恋だとわかるのだろう。明確な定義がないのに、いったいどうやって区別するのだろう。


 時計が0時を告げる。新しい年が始まる。冬休みが終わって、学校に行って、浩太に会ったら。

 告白をしてしまおうか。

 どんな顔をするのだろう。どんな反応をするのだろう。告白をしたときはじめて、この気持ちが何なのか、わかる気がする。


***


 窓の外には、純白の光がちらちらと瞬いている。

 彼の、昇太郎の雰囲気に似ている。

「あ…雪か。」

 初めて会った時から、ずっと何かに似ていると思っていたけど、雪だったのか。

 あの、凛として美しい彼は、雪みたいだと言ったら、奇麗だと言ったら、どんな反応をするだろう。照れるだろうか、それともロマンチストだと言うだろうか。

「やべー…。」

 こんなに考えるなんて、

「俺、昇太郎のこと好きすぎだろ…。」

 照れ隠しに、ずいぶん遅れて書いた年賀状に、「佐野浩太」と自分の名前を殴り書きした。






 

 

続きが読みたい!や、もっと詳しく読みたい!という声があったら、昇太郎編を続けます。もしそうではなかったら陽日編に入っていきたいと思います。

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