表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双りが舞う時  作者: 柚希
8/14

未来ちゃんって、ホントになぁんにも知らないんだね。


そう言った彼は次の瞬間には元の雰囲気に戻っていて、悪戯っ子のようにその瞳を輝かせながら未来の手を引いた。

先程の言葉の意味も質問も華麗に無視して、どこかに誘導しながら千星の年齢のことや、昨日会った二人の説明を簡単にしてくれた。

千星と衣緒は未来と同じ年で、未来の母の兄の息子にあたるらしい。彗はハトコにあたり、年齢は未来の一つ下になるようだ。

そして年長が遠い親戚になる織杜で、十九歳。


「ホントはもう一人いるんだけど、あんまエンカウントしないかもねぇ」


ハトコにあたる一つ年上の少年の存在も知り、見事に男子だけだということに少しガッカリした。

姉妹がいない一人っ子生活だったので、できれば年の近い同性と仲良くなりたかったのだ。

行き先を告げない彼の突拍子もない行動に戸惑ったが、それでも親戚たちの情報をくれるだけ、祖母よりも百倍は親切だった。


「ねぇ、そろそろどこに行くのか教えてよ」

「もうちょっとで着くよ。あそこ曲がってぇ、ほら着いた。ただいまぁ、可愛い女子一名ご案内~」


勢いよく襖を開ける千星の肩越しに見えたのは、広めな居間のような空間と、くつろいだ様子の彗と織杜がいた。


「は? てめえ何でそいつ連れてきてんだよ!」


未来の存在にいち早く気づいた彗が、寝そべっていた座布団から飛び起きるように起き上がった。


「だってなあんにも知らなくて可哀想だったし」

「はあ!? 知るかよそんなことっ、俺はこいつと同じ空気吸いたくねぇんだよ!」


相変わらず敵意剥き出しの彗に、とりなすように織杜が間に入る。


「まあまあ、彗も女のコ相手に威嚇するなよ。お前はただでさえでかいんだ、怖がらせるだろ」

「はっ、俺相手にビビってんなら務めなんか一生果たせねぇだろうよ!」


蛇蝎の如く嫌われように、やはり身が竦む。

他人から理由もわからずここまで嫌厭されることなど初めてで、どうすればよいのかわからなかった。

ただ、このままではいけないことはなんとなく理解していた。


「あのさ」

「あっ!?」

「いや、何でそんなにあたしのこと毛嫌いすんの」

「何で……? 何でだとっ……?」 


織杜の制止を振払い、長く力強い腕が伸びて未来の胸ぐらを掴んだ。


「てめえが能天気に、普通に生活してたからに決まってるだろ」


怒鳴るでもなく、いっそ静かに怒りをたたえたまま彗は低い声で言った。

美しい彼の顔が鼻先の触れる距離まで近づき、その不思議な色合いの瞳が輝いているようにすら見えた。


「何にも知らねぇで、本来は全部お前の役目だったのに」

「彗っ、止めろ! 苦しそうだっ」


織杜が止めようとするが、力では彗の方が強いのかびくともせず、未来の足先が宙に浮いた。

突然の暴力にただただ喘いでいた未来は、無理やりこの場所に連れてきて、自分は関係ないとでもいう風に欠伸をしている千星が視界に入り、静かに怒りが沸いた。


(……あぁ、そうっ)


なんとなく、気づいてはいた。

千星は人懐こそうにしてはいるが、けしてそれはこちらに好意があるからではない。

敵ではないが、味方でもけしてないのだ。


時々混ざる、冷えたように倦んだその瞳は、未来のことなど一切どうでもよいのだ。


(だからって、何であたしが……)


理由がわからないまま傷つけられることが、正しいことなのか。


「……なせ」

「あ?」

「離せって言ってんだよ、この美人の皮を被ったゴリラが」

 

腕を内側から巻き付け、腕を回して掴まれた腕を振りほどくと、そのまま彼の腕をクラッチした両手を肩まで寄せ、相手の肩を下に下げつつ肘を上げて肩関節を極めた。


「あ……? あいたたたたたたっ!」


視界がぶれた彗は最初こそ驚いた顔をしたが、痛みに耐えきれず悲鳴を上げて膝をついた。


「知らない知らないってさっきからなに? そうだよ、何にも知らないよ? 誰も教えてくんないしね? なのにただ責められてさぁ、知りようがないのにさぁっ」

「いでててててっ、折れる! 折れる!」

「しーらないっ」


勿論折る気はなかったが、あまりにも腹にすえかねていた。

あえて無邪気に当て擦るように答えれば、年下の彼の顔が青くなった。


「ちょちょちょ、未来ちゃん!」

「凄いな、護身術か?」

「はい。小さい時から習ってました」

「いや、そこ普通に会話する!?」


感心したように訊ねてくる織杜に満面の笑みで答えていると、流石に彗相手では焦ったのか、千星が未来の肩に触れて止めに入る。


「未来ちゃん、そろそろ離してあげて。腕折れたら務めが果たせなくなっちゃう」

「いいよ、そいつが謝ったらね」


ニッコリ弾けるような笑顔を向ける未来を見て、千星も彗も顔を引きつらせる。


「どうする? 謝る? 折る?」

「エグい選択だなぁ」


一人場違いに笑っている織杜に、彗が悔しげな眼差しを送っていた。


「っ俺は……」

「もしくはあたしのこと嫌ってる理由を答えるか」

「悪かった」

「理由は教えたくないってこと?」


すんなりと謝罪の言葉を吐いた彗に、なんとなく残念な気持ちになる。

結局親交を深めるどころか、謎も疑問も解決できないまま。

これでは平行線だ。

仕方なく、未来は解放した。


「まじで痛ぇ」


肩を押さえたままどこか意気消沈した様子で、彼はゆっくりと未来から距離をとった。

溜め息を吐きながら、千星に視線を向ける。


「なんかさ、あたしだってワケわかんないまま嫌われて、胸ぐら掴まれて、理由聞いても教えてくんなくて、どうすればいいの? 知らないことが悪いなら、教えてよ……せっかく新しい身内と仲良くしたかったのに、これじゃなにもできないよ。もし理由知りたいなら自分で気づけってなら無理あるよ。初対面で嫌われて、理由自分で気づけたらエスパーじゃん」


昨夜から溜まりに溜まった不満が口をついてでた。

それとも、もっと早い段階で、それこそ両親にでも疑問をぶつけていたら何か分かっただろうか。


そこまで考えて、思わず内心で苦笑いした。


いや、昔から、未来の周りは未来に真実を話さない。

子供ながらに、未来自身も気づいていた。

気づいていて、あえて触れなかったのだ。

みないふり。

気付かないふり。


(そうじゃなきゃ、何でお母さんはあの日……)


病室で眠る母親の姿を思い出す。

繊細な人。美しく儚げで、だからこそ虚ろになったのだろうか。


「未来ちゃん」


声をかけられ、思考の海から意識を浮上させる。


「色々オレたちも話せない立場にあるんだよ、ゴメンね」


どこか複雑そうな表情で、千星は言った。


「でも、この家の家業なら教えてあげられる」 

「千星、勝手なことしたらまたババアになんか言われるぞ」

「でもどうせいつか知るじゃん。知らないままできないでしょ」

「まあ、そうだな。家業くらいなら話してもいいだろ。なんか言われたら俺が話したことにすればいい」


織杜の言葉に、彗は苦い表情を浮かべた。


「あー、まずはどこから話そうか」

「洞窟は? 今日連れてく?」

「時間あるかな。君は午後稽古とか入ってる?」

「あ、はい。午後から稽古だって」


答えると、洞窟はまた明日だな、と織杜が呟いた。


「まあ、とりあえず座って話そうか。皆も座れ」


部屋を出ていこうとしていた彗は千星に捕まり、渋々テーブルを囲んだ。


「たぶん驚くかもしれないが」


そう口火を切った織杜の話の内容は、確かに驚くべきものだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ