③
「親戚……?」
ニコニコと楽しげに笑う千星を見上げながら、未来は呆然と呟く。
「ーーほんとうにいたんだ」
「え?」
きょとんとしてから、千星が勢いよく吹き出した。
「いたんだって、あはははっ! いるよ~、幽霊にでも見える?」
「ちがっ、違くて! あたし親戚付き合い今まで一切なかったから、親戚見るのも初めてだし、しかも同年代のコがいるのも知らなかったから!」
揶揄するような千星の言葉に、カアッと顔が赤くなる。
「うんうん、だよねぇ。オバサン極力本家に来るの避けてたしね」
「え、避けてたって……」
「未来ちゃんのお母さんは、この家が大嫌いなんだよ。知らなかったの?」
千星の言葉に一瞬沈黙してしまったのは、本当に知らなかったからだ。家庭の事情がある、なんとなく感じていながらも今まで特に気にもしていなかった。
「だからキミがこっちに来るって聞いた時はさぁ、ホントビックリしたんだよね。明日ちゃんの……」
「俺は認めねぇっ!」
「うっわ、なあに彗クン、急に叫ぶなよ」
もの凄い形相のまま、彗が未来の近くまで来て指を指した。
「俺はこんなクソ女、あいつの代わりなんて絶対認めねぇ!」
「クソ女っ!?」
初対面の少年にそんなこと言われる謂われはない。
思わず言い返そうと立ち上がるが、彼の表情を直視して言葉に詰まった。
まるで長年の敵でも見るかのようにこちらを睥睨する彼の瞳には、苛烈な怒りが灯っていた。
(何でそんな目で見るの……)
「今の今までぬくぬくと生きて、あいつだけ大変な思いして、今更あたしが次の器ですってか! ふざけんなっ」
「やめろ、彗っ」
「離せよ、織杜! お前だってそう思ってんだろ! あいつの葬式にも来なかったくせに、今更お前なんかよこしたって……」
「何を騒いでいる」
異性に怒鳴られた経験がないため、思わずその勢いに萎縮していると、凛とした声が割って入った。
「げ、当主様」
「げ……?」
「あはははぁ、ナンでもないでぇす」
着物を身に付け、髪を後ろにビシッと撫で付けるように結わえた初老の女性は、嫌そうな顔をした千星に鋭い一瞥を流した。
引きつった表情ですぐさま織杜の背後に隠れた千星に、女性は軽く溜め息をつくと、肉の盾にされた織杜に淡々と質問をした。
「何故お前たちがここにいるのです」
問いかける声には一切の親しみもない。
「申し訳ありません、当主様」
「私は、何故ここにいるのかと聞いているのです」
冷徹なまでに冷たい声音だった。
話の流れからするに、当主とは祖母のことだろう。ということは、この厳しそうな女性が自分の祖母ということになる。
(いや、おばあちゃん恐いな)
能面のように動かない表情に、一切の感情を切り捨てたかのような声は、本当に未来の母親の親なのかと疑うほどだ。
未来の母親は、線の細い、儚げな人だ。
よく見るとどことなく顔立ちが似ているような気もするが、受ける印象が真逆すぎて、最早身内だと言われも首を傾げるほどである。
それに、イトコだと名乗る千星に対しても、厳しいだけではなく、どこか素っ気なく感じるのも気になった。
「すみませぇん当主様、オレが暇で勝手にここに来ただけです。二人は連れ戻しにきただけなんで、怒らないでください」
「またお前ですか。客間には来るなと言ってあったでしょう。自由すぎる足なら、鎖でもつけますか」
「いえ、俺の監督不行き届きです。申し訳ありませんでした」
千星を後ろに庇うよう押しやり、織杜が頭を下げた。
最早話に入る度胸はなかった。
「とにかく、早く戻りなさい」
「はい、わかりました。…千星、彗、行こう」
「俺は認めねぇ」
「彗、やめろ!」
織杜の制止を振り切り、彗は祖母に凄んだ。
「ババア、あんた何企んでやがる。今更この女連れてきて、何ができんだよ? あいつの代わりなんか出来るわけねぇだろうが」
「彗!」
「うるせえっ! お前だって、いや、五星柱皆思ってることだろ。こんななんの能力もない役たたず! 俺たちは最初から認めてねぇっ」
酷い言われように、最早彼を殴って実家に戻ろうかと、冷静に考える。
そもそも話が全くわからない。
理解できない単語のオンパレードに、歓迎など全くされていないこの雰囲気。
ただ夏休みの間だけ世話になるという話でやって来たのに、いや、そもそも今まで交流がなかったのに突然面倒見てね、とやってきた未来が悪いのだろうか。
シンっとした静寂の後、蝉の鳴き声ごと葬りさるような冷たい表情で祖母は言った。
「お前たちが認めないからなんだというのですか」
チリッと項の辺りが粟立つような感覚を覚える。
「一体それになんの価値があると?」
淡々とした口調に、妙な威圧感と息苦しさを覚え、思わず胸元を握り締める。
それは未来だけではなく、目の前の彼らも同様のようだった。
むしろその表情は未来よりも酷く、祖母の一番目の前に立っている彗の顔色は紙のように白い。
「私が是と決めたなら、それだけに価値がある。お前たちに選択肢や決定権など、初めからありはしない」
断罪するような冷たさだった。
誰も、否と口にできない。
(あぁ、おばあちゃんって呼ばないわけだ)
まさしく彼女がこの家の主。支配者だった。
「そうだね、星子さんの言う通りだ」
息苦しい空気の中、突然柔らかな声が割って入った。
顔をやれば、見知らぬ老人が立っていた。
「おじいちゃん……」
「千星や、また悪戯したのかい?」
千星の言葉で、彼が自分の祖父だということに気づく。
祖母とは違い、優しげな祖父は、まるで幼子を見るような眼差しで子供たちを見つめた。
「なんだいお前たち、初めて会う女の子に揃いも揃って意地悪をして」
「意地悪じゃないんだけどぉ」
「だとしても、囲んで責めたら、よくわからない彼女は恐くないかい? 特に彗、お前は一番年下だけど一番体が大きいんだ。年上でも女の子相手に凄んだらいけないよ」
やんわりとした口調で叱られた少年たちは、祖母の時とは違い勢いを失くしてどこかバツが悪そうな顔をしている。
「皆仲良くしないとな。気に入らないと癇癪を起こして、星子さんやその子を困らせたらいけないよ」
「…俺は」
「彗や」
「ちっ」
舌打ちを一つして足早に客間から出て行く彗を、呆れたような表情を浮かべながら千星が追いかけていく。
「さて、星子さんも。彼女を立たせたままでは可哀想だ。やっと会えたんだ、ゆっくり三人で話をしよう」
「善次さん、全く貴方は甘いのだから」
そうこぼしながらも、先程より少しだけ祖母の雰囲気が和らいだ気がした。
「織杜も、早く戻りなさい」
「はい、善次さん」
祖父に促され、申し訳なさそうな表情で彼は頷いた。
一礼して客間を後にしようとした織杜に、祖母が静かに言った。
「くれぐれも役目や立場を忘れないよう、心がけて行動しなさい」
「勿論です、当主様」
下げられた表情はこちらから見えず、ただ襖の奥へと消えていったのだった。