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双りが舞う時  作者: 柚希
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見たこともない大きさの立派な日本家屋を前にして暫し呆然としていた未来は、その後目を白黒させながら屋敷へと足を踏み入れ、そこでお手伝いさんだという中年の女性に離れの客間へと案内された。

祖父母は来客中のため、暫く待つようにと言われた未来は、少しだけ緊張しながら正座を崩して畳へと座った。


組子細工が美しい欄間や、繊細な造りの組子障子に目を奪われる。


「いや、ほんと凄いわ。リアルお手伝いさんとか初めて見た」


父と母が遠縁の親戚同士で結婚したことは知ってはいたが、二人とも身内の話を全くしない上、物心ついてからは実家が遠い田舎にあるためか親戚付き合いなどもしていなかった。そのため、話によると未来が幼い頃は来ていたみたいだが、成長してからは交流がなかったため本家がこれほどまで大きなものだとは知らなかった。

祖父母の顔も知らないため、未来からしてみれば今日が初対面なようなものである。


「てか、絶対金持ちじゃん。何この屏風、売ったらやばそう」


ネットで売ったらいくらくらいになるだろうかと思案していると、背後から含み笑いが聞こえてきた。

驚いて振り向くと、明るい髪色の少年が口元を押さえながら戸口に寄りかかってこちらを見ていた。


「えっ?」


(足音した? ていうか、襖いつ開けたの?)


周囲に気をとられていたとはいえ、突然現れたかのように背後にいる少年になんとなく心臓がヒヤリとする。

未来の胡乱げな視線に気づいたのか、彼は顔から手を離して屈託なく笑った。


「ゴメンゴメン。色んなお客様来るけど、素直に売った時のこと口にしてる人初めてだったからさぁ」


大きな垂れ目が印象的な、顔立ちの整った少年だった。

人懐っこい笑みを浮かべながら、彼は座り込んでいる未来に目線を合わせるように腰を折ってしゃがんだ。


「オネエサン、他の人の付き添いの人? こっち側の客間ってあんま使わないのに。それともヤバイ案件の当事者かなぁ」

「ヤバイ案件?」


間延びした話し方に気をとられそうになりながらも、聞き捨てならないことを話された気がして首を傾げた。


「あれぇ、ここに来るって()()()()()()()()()()まさか、ここがどういうとこか知らないわけないよねぇ?」


面白がるように瞬くその瞳が、深い花紺青のような色をしていることに今更ながら気づく。その瞳の色にひどい既視感を覚えながら、未来はハッとして慌てて否定した。


「いや、そもそもあたしお客さんじゃなくて、ここのお祖母ちゃんの孫なんです」

「当主様の? あれ、言われてみればオネエサン……」


(当主?)


聞き慣れない単語に、思わず少年の顔をまじまじと見つめる。

彼は一瞬だけ何か考える仕草を見せた後、納得したように小さく呟いた。


「あぁ、明日(あすは)ちゃんの代わりか」

「え?」


あまりに小さな声だったので、彼が何を呟いたのか聞き取れなかった。

ただ、その後にこちらを見た瞳の奥があまりに冷たくて、思わず後ろに後ずさった。

その様子に気づいたのか、彼がまばたき一つするとそれらの気配はすっかり消えていた。


「オネエサンお名前はぁ?」

「え、名前?」

「うん、名前」


まるで白昼夢のようなめまぐるしい表情の変化に、戸惑いながらも答える。


「星宮、未来」

「へぇ、未来ちゃんかぁ。オレはね……」

「テメェ、千星(ちほ)! こっちの客間にあんま来んなって言われてんだろ。離れ以外ウロチョロすんな」

「もー、(けい)クン今自己紹介中なのにー」

「うるせぇボケッ! ババアにまた文句言われんだろうが!」


突然荒々しく大柄な男が現れ、少年、千星の腕を掴んで半ば無理やり引き上げた。

粗雑な態度のわりに、いつ廊下を歩いてきたのか気づかなかった程、足音がしなかった。

派手な銀色の短髪に、無数に耳や口元に光るピアスに反して、男の顔はひどく美しい。


(うっわ、女顔とかじゃないのにメチャクチャ美人)


それによく見ると体つきのわりに顔立ちが若く、もしかしたら未来と年がそう変わらないかもしれない。

乱暴な口調と派手な外見にギョッとしていると、彗と呼ばれた少年の目が、こちらに気づいたのか向けられる。


「ア? 誰だこいつ、客か?」

「違うよ、このコは……」

「こら、お前ら。人前で騒ぐな」

織兄(おりにい)も来ちゃったかぁ」


まるで悪戯が見つかった子供のような表情で千星が肩を竦めた。

彼らの背後から、彗程ではないが、スラリと背の高い青年が顔を覗かせる。


(いや、皆顔が良いな)


母親似の未来も、わりと周囲の人間から容姿を褒められることが多いが、彼らを見るとまるで芸能人に囲まれているようで、己の外見の平凡さが見にしみた。

優しげな顔立ちの彼は大学生くらいの年齢だろうか。

申し訳なさそうにこちらを見つめ、謝罪した。


「すみません、来客中とは知らず騒いでしまって」

「あ、いえ、あの」

「ほら、お前ら戻るぞ」

「俺は悪くねぇだろ」

「そうだな。わかってるからとにかく戻るぞ」

「だからぁ、違うよ織兄」


まるで年の離れた弟にするように、窘めつつ宥めながらこの場を去ろうとする青年を引き止めながら、千星が言った。


「このコ、星宮未来ちゃん」

「ア? ババアが言ってた話、まじだったのかよ」

「彼女が次の……」


彗が不機嫌そうにこちらを見下ろした。

一瞬だけ、三人の空気が重くなり、やがて千星が場違いなまでに明るく自己紹介し出した。


「オレの名前は星宮千星。こっちの二人は、分家の星宮織杜(おりと)と、それから星宮彗」


軽やかな声が、どことなく寒々しく聞こえるのは何故だろう。

こちらに向けられる六つの目が、同じく不思議な色合いをしていることに漸く気づいて、未来はボンヤリと彼らを見上げた。


「ーーオレたちは、キミのイトコとハトコ、つまり親戚だよ」

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