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双りが舞う時  作者: 柚希
14/14

相変わらず時間の流れがゆっくりしている毎日を過ごしながら、他者と関わらない日々が続いていた。

夕食だけでも誰かと過ごしたかったが、未だ信用できるほど親戚たちとは打ち解けてはいないため、彼らの夕食時に突撃するといった強行突破はできないでいた。


「あ~あ暇だなぁ、ショッピングしたい。お茶したい。せめてスタバあったらなぁ」


明日は鎮魂の舞本番なので、それまでに少しずつ溜まったストレスを発散させたかった。

のんびりとした田舎生活とはいいように言うが、知人も友人もおらず、他者と会話する機会もなく、日がな一日天井を見上げるか大自然を村人とほとんど接触することなく探索するかだけで時間を消費し続ける虚しさといったらなかった。

親戚たちがいる居間にでも行ってみようか。

チラリとそんなことすら頭を過る。

衣緒の発言を気にしながらも、いい加減未来も限界だった。


(衣緒くんいたら暇潰しに付き合ってもらお)


彼は少なくとも敵ではない。味方でもないかもしれないが、それは別に問題ではない。

今はただ、危険なく、ついでに霊的なモノにも対処してくれる人間ならそれで良かった。

無愛想だろうがなんだろうが、嫌われていないという言質を手にした未来には些末なことである。

すぐさま彼らが集まる離れの居間へと向かった未来はふと庭先の方へと視線をやり、そこに景月の姿を見つけた。

立派な木々を見上げているその姿は、日本人形めいた美貌と相まって物凄く絵になる。

思わず見とれていると、ふとタイミングよく彼の視線がこちらを向いた。

交わる視線になんとなく盗み見ていたような構図に気づいて気まずくなっていると、彼がこちらに向かって歩いてきた。


「え、え、え」


まさか向かってくるとは思わず、無視されるとばかり思っていた未来は挙動不審に周囲を見回した。


「どうした」

「え、えっ!?」


ガラス戸を開け顔を覗かせる彼に、意味のない音だけが洩れる。


「迷子にでもなったか?」

「え、いやその」


染み一つない綺麗なその顔をグイッと近づけてくる彼の距離感にギョッとしながら、無意味に手をあたふたさせる。

あまり表情の変わらない彼は、ゆっくりと小首を傾げた。


「どうした、未来?」

「あ…名前」

「嫌だったか?」

「いいえっ……覚えててくれたんですね、名前」


まさかフランクに下の名前を呼んでくれるとは思ってもいなかった。

むず痒い気持ちになって口元が緩むのを咄嗟に手で隠した。


「えっと、景月さんは」

「景月でいい」

「え?」

「身内はだいたい呼び捨てで呼ぶから」

「顔も神なら性格も神じゃん」

「ん?」

「いや、何でもないです」


思わず本音を口走るが、彼は意味がわかっていないようで不思議そうにしている。

少し硬質な印象の美貌な上に無表情なせいで初対面では気づかなかったが、彼はどうやらおっとりとした天然なタイプのようだ。


「あたしは居間に行こうと思ってて、えっと景月が見えたから思わず見てました」

「そうか、迷ってた訳じゃないなら良かった。この屋敷は複雑な造りになっているから、慣れていないと迷う」

「そうなんですね。あたしは大体一度通った道は一回で覚えられるんで、大丈夫ですよ」

「そうか、それは凄いな。……俺は何年もここに住んでいるがたまに迷う」

「そうなんで、え、迷う?」


景月は少しだけ難しい顔をして頷いた。


「複雑な造りになっているから」

「二回同じこと言った」


まさかとは思うが、それは単に方向音痴なだけではないだろうか。

そう思ったが口には出さない。

千星があまりエンカウントしないと言っていたのは、もしかしてこれも理由の一部なのかもしれない。


「あーっと、そう言えばここに何年も住んでるんですね。てっきり夏休みの間だけいるんだと思ってました」

「あぁ、俺たち五星柱は印が出た時点で親元から離れて暮らすことになっているから」

「親から離れて暮らす!?」

「基本的は産まれてすぐにここに引き取られる」


突然の事実に絶句した。

赤子の頃から親から引き離されて育てられるなど、一体いつの時代の話をしているのだろうか。

同じ世界線の話とは思えず、理解に苦しむ。


「じゃあ、両親とは会ってないんですか?」

「いや、俺の両親は分家の人間だから年に一度本家の集まりで会うぞ」

「年に一回って、それって会えるとは言わないよ………」


ということは他の親戚たちもそんな環境で育ったのだろうか。

彗の態度が脳裏に過り、未来は小さくため息をついた。

本来なら未来も同じ立場だったのかもしれない。彼の敵愾心は、そんな環境も原因の一つなのかもしれなかった。

夏休みが終わったら、帰れるのだろうかーー。

ふと浮かんだ疑念を、首を振って考えないようにする。


「景月はどうしてここに?」


話題を変えようと問いかければ、彼は庭を振り返って答えた。


「ここは俺のお気に入りなんだ。奥には花が咲いていて、よく見ていた」

「見ていた?」


少しだけ懐かしむように彼は目を細めた。その柔らかな表情に目を奪われる。


「夜は夜で、月明かりの下で見るのも綺麗だ」

「へぇ、いいですね」

「今度見てみるか? もうすぐ満月も近いし、きっと綺麗に見える」

「え、一緒に見ていいんですか?」

「勿論だ」


頷く彼に、未来は目を輝かせた。

表情はともかく親しみやすさでは親戚の中でも群を抜いている。


「じゃあ連絡したいんでLINE教えてもらってもいいですか」


逃がしてなるものかと半ば性急な仕草で連絡先を聞けば、彼は不思議そうに繰り返した。


「LINE?」

「はい、アプリなんですけど」

「アプリ? ……あぁ、俺携帯電話は持ってないんだ」

「え!? あ、そうなんですか」


一瞬連絡先を教えたくないのかと疑ってしまったが、この間千星たちが彼を探すのを手間取っていたことを考えると本当に持っていないのかもしれない。


「明明後日、21時にここで待ち合わせするのはどうだ?」


しょんぼりと肩を落とす未来に気づいたのか、代わりに提案してくれる景月に、未来は満面の笑顔で返事をした。















少しだけ会話を楽しんだ未来は景月と別れて当初の目的を果たすために、居間へと歩みを進めた。

襖の前までくると深呼吸を一つして笑顔を作る。


「こんにちはー」

「はぁ?」


勢いよく襖を開けると不機嫌な声に出迎えられる。


「こ、ん、に、ち、はー!」

「ちか、近ぇよ!」


そこには彗一人しかおらず、つっけんどんな態度に腹を立てながらもわざとらしくニコニコ笑顔を浮かべて顔を近づける。


「何だよ、何しにきたんだテメェ」

「暇潰し」


迷惑そうな顔をする彗相手に取り繕う気もなく答えれば、彼は荒々しく舌打ちをした。

けれども意外にも部屋を出て行こうとはせず、頬杖をつきながらチョコレートを口に運ぶ。


「他の皆は?」

「知るかよ」

「……まぁいいや。あたしは年下に優しいからね」


態度も図体も大きいが、自分よりも年下の少年が尊大な態度をと

ったからといって、思春期だとでも思えば胸がすく。


「ねぇねぇ、この村ってカフェとかないの」

「あるわけねぇだろ」


チラリと未来を一瞥した彼は鼻で笑う。


「スタバは? 小さい喫茶店とかでもいいけど」

「コンビニもねぇのにそんなのあるわけねぇだろ」


やはりコンビニもないのか、と未来は肩を落とした。

村を散策して気づいたが、小さなスーパーのような店がある他に個人店の理容室と服屋、数店舗の古めかしい店があるだけなのだ。


「欲しい物とかどうしてんの」

「ネット」

「え、届く?」

「馬鹿にしてんのか」


自分で田舎田舎と罵るくせに、他人が言うのは気に食わないのか。


「あんた髪とかどうしてんの」


綺麗に染められた銀髪は、果たして老人がやっている理容室でできるものだろうか。


「……自分でやってんだよ。年に二回くらいは村の外に出て美容室に行ってる」

「自分で!? カットとかも?」

「切るのは織杜がやってる、あいつ器用だし」


未来の勢いに怯んだように、意外にも素直に答えてくれた。


「それにしても髪の毛綺麗だね。傷んでもないし」


感心したように言えば、意外と単純な彼は澄ました表情を浮かべながらも気分良さげにまぁな、と呟いた。

その姿を見て、思わずニヤニヤとしてしまう。


「何だよ」

「いいえー? ねえ、彗くんさ」

「名前で呼ぶな」

「彗くんさ、今度あたしの地元来ない?」


彗の言葉を無視して続ければ、彼は怪訝そうな顔をした。

携帯をポチポチ押しながら目当ての写真を探し出して、彼に見せるようにする。


「こういうの好きじゃない?」


七色のわたあめが映った写真を見せると、目に見えて彼は表情を変えた。


「え、何だこれ!?」

「わたあめだよ」

「すげえ色」


素直に驚いた様子で写真を覗き込むその姿は案外幼く、なんとなく甘いものばかり食べているので甘党かと思ったらやはり当たったようだ。


「味は普通だけど、確かわたあめ関連だとこれとかどう?」

「うわ、え、何だこれ」


動画に映ったそれは韓国の辛い食べ物で、その上にわたあめがフワフワと雲のように乗っかっているものだ。

食べる時は甘辛いスープのようなものをかけてわたあめを溶かして食べるのだが、未来は初めてこれを食べた時物凄く興奮した。

動画の中でも未来と友人のはしゃぐ声が弾けている。


「これめっちゃ美味い」

「うわ、食いてぇ。……ここの飯和食ばっかだしな」

「わかる、この家のご飯も美味しいけど、十代には物足りなくない? 精進料理みたいな」

「それなぁ。肉とかガッツリいきてぇよな」


しみじみとした様子で頷いた彼は、しかしハッとしたかのように体を離した。

その様子はまるで懐かない野良猫が警戒しているようでどこか可愛げあるように見えた。


「あたしの地元こういう店いっぱいあるよ。あんた好きそう」

「行かねぇ」

「えー、何で。カラオケとかボーリングとかやりたくない? あたし観光案内するよ」

「行かねぇって!」


怒鳴った彼はハッとしたように口を閉ざした。

どこかきまりが悪そうな彼の態度に思わず呆れて目を細めた。


「あのさ、あたしが嫌いだからって……」

「行けねぇんだよ、俺たちは……この村から出られねぇ」


どこにも行けないんだーーーーー。

そう絞り出すように呟いた彼に目を丸くする。


「行けないって何で」


まるで幼子のように頼りなく見えて、未来は優しく訊ねた。


「俺らは五星柱だから、この村から自由になれない。新しい五星柱が産まれてそいつらが役目を果たせるようになるまで、俺たちはずっと道具として消費される」


歴代の五星柱も舞姫も皆そうして村や家に囚われ続けてきた。

そういう家系だから。それが役目だから。掟だから。

花紺青の瞳が未来を捉える。

どうしてお前だけ自由なのかと、その瞳が雄弁に訴えていた。

何も知らず両親の下で自由に育てられた自分と、両親から引き離され危険を伴う儀式に挑まされる親戚たち。

彼らの目には、未来はどう映っていたのだろう。

苦い気持ちが喉元まで込み上げて、呑み込んだ。

だからといって自分が悪いのか。疎む気持ちは理解できたが、それを全て受け止める責任もなければ義務もない。

未来は聖人君子でも聖女でもない。

理不尽だと思えば、力いっぱい抵抗するのだ。

見えない鎖が彼らの足を繋ぐなら、そんなもの初めからないものとすればいい。見えないならないのと同じだ。繋がれる筋合いなど一つもない。


「あんた村の外の美容室行ってるんでしょ」


突然脈絡のない未来の発言に、彗は怪訝そうな顔をした。


「んじゃ行けるじゃん。外に出られないように監禁されてるの? 村の外に出られないよう壁でもあるの? ないよね」

「……そういう話じゃ」

「そういう話でしょ」


彗の言葉を遮って断言した。真っ直ぐ彼の瞳を見つめれば、迷子の幼子のように揺らめいた。


「見えない鎖は無視しなよ。行きたいとこに行けばいい。生きたいように生きていい。自分の決定権なんて、他人にはないよ」

「何も、何も知らないから……」

「知らないよ、何も知らない。だから言えるんだよ、あたしだから言うんだよ」


知らないことを免罪符にさせているのは大人たちだ。


「ねぇ、冬休みでもいいよ。鍋食べにいこ。最近可愛い鍋も沢山あるんだよ、知らないでしょ?」


わざと意地悪く言えば彼の肩が脱力したように下がった。


「……村の奴らが困っても同じこと言えんのかよ」

「まああたしはこの村に思い入れもないし? こう見えてシビアなんだよね。ーーでもおじいちゃんとか身内が困るならアルバイトみたいな感じで長期休みの時だけ働いてあげる」

「働いてあげるって、くっそ上からっ!」


吹き出して可笑しそうに笑う彼に未来も笑う。


「現実はそんな簡単じゃないかもしんないけどさ、子供だけが我慢するとか意味がわかんないし。子供は我が儘を言うもんでしょ。それにあんたには我慢って言葉は一番似合わないよ、思春期爆発我が儘ボーイが」

「誰が思春期だ」


軽くチョップをかましてくるその力は今までと違って優しい。


「……似てねぇと思ってたけど、やっぱ似てるわ」

「え?」


問いかけに、彗は小さく笑って首を振った。


「そうだよな、我慢なんか俺に似合わないよな。仕方ねぇから観光案内させてやってもいいぜ」


そう言って笑った彗の笑顔は、今まで見た中で一番無邪気で輝いていた。

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