プロローグ
蝉の音が騒がしい真夏の昼下がり、幼い少女は足元を必死に行進している蟻の群れを見つめていた。
彼らは一心不乱に隊列を乱すことなく、己よりも大きな獲物の死体を運んでいた。
「なにをみてるの?」
ふいに隣に落ちた影に、少女は振り向かず答える。
「ありんこ」
「ふぅん。おもしろい?」
「うん」
隣にピッタリとくっつくようにして並んだ影に、自分と同じ匂いがして、少女は落ちる汗を拭いもせずその手を繋いだ。
「でも、あっちもおもしろい」
「あっち?」
少女が指を指した先は、いっそ異世界に紛れ込んだかと思うほど薄暗い。
同じく視線を辿らせた影は、少しだけそれを見つめた後、少女の腕を引いた。
「かえろう」
「もうすこしみよう」
「だめだよ。あれはわるいこだから」
わるいこ。少女は鸚鵡返しする。
蠢くそれらは、まるで蟻のようだ。
一心不乱に蠢いて、誘って、真っ直ぐにやってくる。
まるで一つの隊列のように、その中に少女のことも入れようとしているかのようだ。
「でも、」
「いこ」
言葉の途中で、影に引っ張られた。
みんみんみんみんみんみん
みんみんみんみんみんみん
大きくなる蝉の鳴き声に、影は足早に歩く。
「おいつかれる」
「もう、おいついてるよ」
少女が呟くのと同時に、影の腕が離れた。
蠢くナニかが影を絡めとり、蝉の鳴き声が悲鳴のように煩わしい。
「うるさい」
みんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみんみん、
じーじーじーじーざぁぁぁぁぁぁぎゃぁぁぁぁアアア
「うるさい、いなくなれ」
蠢くそれらに触れると、一瞬で静寂に包まれる。
少女は尻餅をついてる影に手を伸ばすと、ニッコリと無邪気に笑いかけた。
「おうちかえろ」