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色彩の守護者  作者: 桜井愛明
第二章 パンドラ編
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第51話 蝉時雨

 蝉の声が降り注ぐように鳴く中、病院の中庭に誠と凪斗はいた。

 ベンチに座る凪斗はどこか憑き物が落ちたような雰囲気で、誠は学校で会う時と変わらない雰囲気で話しかける。


「凪斗が元気そうで良かったよ」

「元気だけど、検査とか多すぎてめんどくさいし、食事は味薄いし、早く退院したいなー」

「それだけ元気なら退院もすぐだろ」


 事件ぶりに顔を合わせる二人だったが、以前と変わらないやり取りに誠は心の中で安心していた。

 凪斗は薬の影響と魔力切れが重なり、意識がなかなか戻らず一時は危険な状態だった。

 しかし現在は調子もそれなりに戻ってきたと凪斗に言われ、いつも見ていた笑顔に誠は安堵する。

 当たり障りのない会話に、二人は事件のことをあえて避けているようにも見えたが、誠は意を決して凪斗に話題を振る。


「凪斗。お前に会いたいって人がいる」

「えー、また警察?」


 困ったように笑う凪斗だが、貴一の姿が見えると凪斗の表情は目に見えて曇っていく。


「どういうこと?」

「貴一が凪斗に会いたいって言ってきた」


 貴一と凪斗が会えばいい雰囲気になることはないと分かっていたが、一瞬でここまで険悪になるとは誠も思っていなかった。

 気まずそうな表情を横目に、貴一は凪斗の目の前で深く頭を下げる。


「すまなかった」


 凪斗は頭を下げる貴一を冷ややかな目で見つめ、吐き捨てるように貴一に言葉をぶつけていく。


「当事者でもないくせに知ったように喋んな」

「それでも謝らせてほしい。俺の両親がお前の両親と魔術研究をしていなければ、お前が復讐をするという選択肢はなかったはずだ」

「じゃあ今すぐ魔術研究やめろって言ってやめんのかよ」

「…………」


 なにも答えずに頭を下げ続ける貴一を、凪斗はしばらく無言で見つめていた。


「……青山って名前も、今もお前の顔も声も見てるだけで反吐が出る」

「凪斗」

「お前が謝ったところで父さんと母さんが戻ってくるわけじゃない。……それに、俺は自分のやったことが間違ってたとは思わない」


 二人は凪斗の言葉を心のどこかで共感してしまったからか、完全に否定することができなかった。

 凪斗はころっと表情を変え、鼻で笑いながら雲ひとつない空を見上げる。


「ドラマによくある復讐なんてやめろ、みたいな台詞、あれって本当クソだと思うんだよねー。止められて思いとどまるのってその程度ってことでしょ」

「そういった輩が現れないように法律がある」

「黙れ。今は俺が喋ってる」


 貴一に向けて指先から雷をバチバチと出す凪斗に、貴一も近くにいた誠も驚く。

 しかし、凪斗はそれ以上雷を具現化することなく、手を下ろして思い出すように小さくつぶやいた。


「でもあの時、あれだけ魔術の撃ち合いして、しかも俺は薬で強化してたのに負けたってつまりそういうことだよね」

「凪斗……」

「俺は一生お前に勝てない。結局は俺の自己満足だよ」


 凪斗が貴一を狙うチャンスならいくらでもあったはずだが、それをせずガイアで魔術の撃ち合いをしたのは、凪斗が自分自身の手で貴一に勝ちたかったからかもしれない。

 父親の無念を自分の手で晴らしたい気持ちが復讐という歪な形で生まれてしまったのだと、貴一は凪斗のことが少しだけ理解できた気がした。


「誠」

「なんだ?」

「俺は校長とのことも聞いてたし、誠なら俺の味方をしてくれると思って今回の話を持ちかけた」

「……そっか」

「月城も復讐のために入学しただけだから仲良い奴も作る気なかったし」


 それは暗に誠を利用していたと言っており、そのことは誠も貴一もなんとなく察していた。

 しかし誠はなにも反論せず、静かに凪斗の話を聞いていた。

 凪斗は自分を落ち着かせるようにため息をついて、誠をまっすぐ見つめる。


「ごめん」


 それは今まで言いたかったこと全てを詰め込み、そして初めて凪斗の心の底から出たような言葉で、誠は「謝るなよ」と困ったように笑った。


「ていうかあの時、俺意識なかったんでしょ。殺そうとした奴なんか見捨ててもよかったのに」


 誠と貴一に交互に視線を向けながら自嘲気味に笑う凪斗に、誠より早く貴一が返す。


「誠の友達だからな」

「……変な奴」


 手を差し伸べた人間が零だったこと。それが美凪と凪斗の未来を決めてしまった。

 違う誰かが差し伸べてくれていたら未来は変わっていたのかもしれない。もしかしたら目の前にいる二人と違う形で出会えたのかもしれない。

 しかしそんな夢を見たところで現実は変わらない、と凪斗はぼんやりと考えながら痛む体に鞭を打ち、ベンチから立ち上がる。


「そろそろ面会終わり。じゃあ俺戻るねー」

「病室まで送るよ」

「いいって。美凪から聞いたけど、生徒会の後輩が退院するんでしょ? 早くそっち行きなよ」


 凪斗の突き放すような言い方に誠は引き下がることなく、ゆっくりと歩き出す凪斗を支える。


「またお見舞い来るからな」

「いいよ来なくて」

「そんなこと言うなって。退院したらまた会おうな」

「俺は月城やめるからどうだろうねー」


 それはつまり、凪斗とは二度と会えないかもしれないということだった。

 あの事件に関わってしまい、生活を支えていた零もいなくなった。そうなれば月城学園を離れ、今後は今とは全く違う環境で過ごすことになる。

 突然現実を突きつけられた誠だが、誠は凪斗を支えながら笑顔で言う。


「連絡先は変えないからさ」

「……分かったよ」


   * * * * *


 あれから順調に回復し、無事退院することになった八尋。

 透は外せない会議が入ってしまったと言っていたが、一人で問題なく帰れると伝えていた。

 外に出ると誠と貴一、そしてエリナと涼香がおり、八尋はまさか先輩たちがいると思わず嬉しそうに駆け寄る。


「赤坂、ありがとな」

「え?」

「赤坂のおかげで俺が……俺たちが前に進むきっかけをくれた」


 誠に言われ、もしかしてあの時のことだろうか、と八尋が思い出す。

 素直にお礼を言いたかったが、入院中に明に言われたことが頭をよぎり、八尋は言いたかった言葉を飲み込む。


「すみません。俺がやったこと、おせっかいだったんじゃないかって思って……」

「謝ることではない。お前の行動のおかげで多くの人が救われた。それは誇るべきことだ」


 貴一に言われ、八尋は明に言われて悩んでいたことがふっとなくなったような気がした。

 こんな自分でも誠と貴一を助けられたなら、と八尋が思っていると、後ろで黙っていたエリナに呼ばれる。


「赤坂、このあと少し平気?」

「は、はい」

「長話はしないつもり」

「分かりました。……あの、先輩が大丈夫だったら、俺の用事にも付き合ってもらってもいいですか?」

「分かった」


 エリナがわざわざ呼び出すなんてどんな用事なのかと考えるが、八尋が悩むより早く、エリナの後ろから涼香が楽しそうにひょこっと顔を覗かせる。


「しづきん、やっぴーのことずっと心配してたんだぞ!」

「黄崎」

「一人で来れるはずなのに、心配だからってあたしに連絡してきでででで!」

「黙って」


 エリナは腕を思い切りつねり、涼香は逃げるように「お二人で楽しんでおくれ〜」と誠と貴一を連れて立ち去った。


「黄崎先輩行っちゃいましたよ?」

「別にいい。それより、赤坂の用事って?」

「はい、ちょっと病院から離れるんですけど……」


 そう言って八尋がエリナとともにやってきたのは、あの雨の日に美凪を追いかけた路地裏だった。

 八尋は路地裏に着くや否やキョロキョロと辺りを見回していたが、かすかに聞こえた声を頼りに八尋は駆け出す。

 エリナが追いかけると、八尋は小さな黒猫を嬉しそうに撫でていた。


「猫?」

「はい。蘇芳さんがここで猫を可愛がってるって言ってたので」


 嬉しそうに言う八尋だが、この猫は偶然ここに来ただけかもしれない。

 美凪が八尋たちを騙していたのは事実だが、それまでの行動全てが嘘ではないと八尋は心のどこかで信じていたかった。

 エリナも八尋の横から子猫を撫で、猫とじゃれている八尋に問いかける。


「赤坂、体調は?」

「だいぶ良くなりました。体は問題なく動くようになりましたし、食欲もバッチリです」


 そう、とエリナはそっけない反応だったが、どこか安心したような声色だった。

 子猫はひとしきり撫でられたことに満足したのか八尋の手を離れ、裏路地を軽快な足取りで去っていく。

 去っていく子猫を見送りながら、八尋は立ち上がってエリナに尋ねる。


「あの、先輩はどう思いますか?」

「なにが?」

「俺が一色零を一人で追いかけたことです」

「あんたは一色零を捕まえようって思って追いかけたんでしょ。それは間違ってないとあたしは思ってる。ただ実力が足りなかっただけ」

「そう、ですよね……」


 まだ異能力を本格的に学び始めて半年も経っていない自分が、守護者の資格を持つ零に太刀打ちできるはずはないと、エリナに言われて改めて八尋は納得する。

 そして元々はエリナが自分に用事があったということを思い出し、自分ばかり話してはいけないと八尋は気を取り直してエリナに話題を振る。


「俺の用事に付き合ってくれてありがとうございます。それで、先輩が俺に用事ってなんですか?」

「赤坂、なにか隠してることない?」

「隠すこと? 先輩に隠すことは特にないと思いますけど……」

「あんた、なんで魔術が使えるの」


 エリナの言葉に八尋は大きく目を見開き、首を勢いよくぶんぶんと横に振る。


「魔術なんて使えないですよ! 俺は銃しか使えないです!」


 その反応から、八尋が嘘をついているわけではないとエリナは考える。

 一方、八尋はエリナがなぜそんなことを聞いてくるのか分からず、おずおずとエリナに尋ねる。


「なんで俺が魔術使えるって思ったんですか?」

「一色零を追いかけた時のこと、覚えてないの?」

「え、あ……はい、記憶はちょっと曖昧というか……」


 零に薬を打たれたあとから八尋の意識は朦朧としており、それ以降の記憶もエリナが自分の名前を呼んだこと以外ほぼ覚えていなかった。

 しかし、あのエリナがこんな分かりやすい冗談を言うだろうか、と八尋は理解が追いつかないまま必死に思考する。

 ドッキリなら早くネタバラシをして欲しいと八尋は思ったが、エリナはそんな雰囲気もなく話を続けていく。


「あの薬は魔術の力を底上げするためのものって聞いた。つまり、あんたは元から魔術を使える素質があるってこと」

「魔術を使えるようになる薬だったとか……」

「今の技術で魔術をゼロから使えるようになる薬なんて存在しないし、第一そんなものがあったら異能力はもっと発展してる」

「たしかに……で、でも、異能力の暴発って可能性はないんですか?」

「それなら手のひらだけじゃなくて身体中大火傷してるはず」


 八尋の質問にエリナは淡々と答えていく。

 だんだんとエリナの言っていることが本当なのかもしれないと八尋は思い始めたが、それでも自分が魔術を使えるということが信じられなかった。


「夏休み、あんた暇?」

「はい、今のところほぼ予定はないですけど……」

「じゃあ、あたしと異能力の特訓するよ」

「え?」

「強くなりたいでしょ」


 今よりさらに異能力が使えたらとは八尋自身思っていたが、まさかエリナに異能力を鍛えようと誘われるとは思っていなかった。


「後悔させない」


 まっすぐな瞳と、お願いだから頷いて欲しい、と言っているように見える表情が八尋を捉える。

 異能力が使えていれば零を捕まえ、美凪たちを救えたのかもしれない。

 そう思った八尋は、表情を引き締めてまっすぐエリナに向き直る。


「よろしくお願いします!」


 それが八尋の高校生活最初の、忘れられない夏休みの始まりだった。



—第二章・パンドラ編 終—





 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。


 第三章は、パンドラ編から続く『夏休み編』が始まります。

 引き続き第三章も応援していただければと思います。


 面白かった、続きが気になるという方は、気軽にレビューやブクマをしてくださると作者の励みになります。

 ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。


 少しでも面白いと思った、続きが気になるという方は気軽にいいねやブックマーク、レビューをしてくださると作者の励みになります。

 第3章の投稿はストックが溜まり次第、更新いたします。


 引き続き応援よろしくお願いいたします。

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