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色彩の守護者  作者: 桜井愛明
第二章 パンドラ編
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第50話 理解者

 誠と誠の父親――校長は、誠の母親である墓前に並んで立っていた。

 花立てにはひまわりが供えられており、同じキク科でも花が変わるだけでこんなに雰囲気が変わるのか、と誠は風に揺れるひまわりを眺めていた。

 誠は校長から「君とはいつでも話すことができる」と言われ、面と向かって会話をするのは事件以来だった。

 数珠を鞄にしまいながら、校長は落ち着いたトーンで話し始める。


「彼女はひまわりが一番好きでね。昔彼女と行ったひまわり畑が綺麗で、それが今でも忘れられない」


 誠は毎年一人で墓参りに来ていたが、その度に今日と同じようにひまわりが供えられていた。

 そのひまわりは誰が供えているのかずっと疑問だったが、まさか自分の父親が供えているものだと誠は知らなかった。

 ひまわりに関する話は母親から聞いたことがなかったため、自分の知らない母親との思い出に誠は少しだけ悔しさを覚える。

 それから二人の会話はしばらくなく、母親が眠る墓を黙って見つめる無言の時間が続いた。

 そして誠はその静寂に耐えきれず、ぽつりと小さな声でつぶやく。


「……怒らないのかよ」

「なんのことだい」

「凪斗の、事件のこと」


 歯切れの悪い誠に校長はそのことか、と分かっていたような口調で返す。


「一連のことは警察から聞いたので私もよく分かっている。君の行動がどれだけ浅はかだったのかは、自分が一番よく分かっているはずだ」

「……そうだな」

「だが全ては友人の、蘇芳くんのためだったと聞いている」


 まさかそんな言葉をかけられると思っていなかった誠は、驚いて校長の方を見る。

 しかし校長は誠と目を合わせることなく、墓を見つめながら思い出すように話を続ける。


「彼らの母親とは当時交流はあったものの、卒業以来連絡をとっていなかった。ガイアで働いていたというのも、同級生から噂で聞いた程度だった」

「そう、なのか……」

「蘇芳の子供とはいえ、こんな形で再会するとは私も思っていなかった」


 校長はようやく誠に視線を向け、真剣な表情で誠に問いかける。


「誠、君に聞きたい。私は父親としてどうなんだ」

「父親として……?」

「遠慮せず、言いたいように言ってくれて構わない」


 その質問が月城学園の校長としてではなく、緑橋誠の父親としてどうなのか、と聞いていることは誠にも分かっていた。

 どう答えるべきか誠は少し迷っていたが、母親の顔を思い出していると、誠の口からは自然と言葉が出てきていた。


「父親としては最低だろ。家族を放って仕事、母さんが倒れた時も仕事。それで父親面されてもなにも信じられない」

「……そうか」

「なんていうか、怒るっていうより呆れてた」


 昔を思い出し、いつもなら感情をむき出しにして言いたいことを言っていたはずだが、不思議と誠は冷静だった。

 初めて面と向かって本音を口にしたために、校長はなにかしら反論してくると誠は思っていた。

 しかし、校長はそれについてはなにも言い返すことなく、最初からそう言われると分かっていたかのように話を切り出す。


「私は、君と対等な立場に立っているつもりだった。それは教師と生徒(しか)り、父と子(しか)りだ。しかし、それは私の思い込みだったのだろう。自分のことに必死で、誠の気持ちをなにも考えていなかった」

「考えてたら今みたいになってないだろ」

「あぁ。私が身勝手だった」


 いつからこんな風に落ち着いて会話をしてないだろうか、と誠は思い返していた。

 恐らく母親が亡くなったあとだろうか。不信感とすれ違いが募った結果、今のような確執が生まれてしまったのだと誠も校長も頭の中では分かっていた。

 一度できてしまった溝は深く、今さら昔のように戻れるはずがないと誠は心のどこかでずっと思っていた。


「君は愛する母親を亡くしたが、私も世界で一番愛する女性を失っている」

「…………」

「その寂しさを、今からでも共有することはできないだろうか」

「……今さらかよ」

「そうだな、私はいつも遅すぎる。だが、この気持ちが分かるのは君しかいない」


 それは誠も同じで、母親のことをよく知っているのは目の前にいる父親と祖父母しかいない。

 貴一たちに母親の話はしていても、貴一たちは母親に実際に会ったことも、会話をしたこともない。

 だからこそ、親子であるなら分かり合えるなにかがあるはず、と誠は意を決して校長に向き直る。


「……俺は、前だったら一緒に墓参りに行くなんて死んでもごめんだった。でもそれじゃいけないって気がついた。たぶん、今が向き合う時なんだと思う」


 たとえ時間がかかっても校長と向き合うことを決めた誠の目は、まっすぐ校長を見据えていた。


「それでは、私と君との空白の間の話、ゆっくり聞かせてくれないだろうか」

「……俺にも、教えてほしい。母さんのこととか…………親父のことも」


 誠が見たことないほど穏やかな雰囲気の校長に慣れず、誠の声が徐々に小さくなっていくが、なにを言っているか聞こえた校長は「もちろんだよ」と笑う。

 そして誠はいい終わるや否や踵を返し、顔を伏せて歩き出す。


「どこに行くんだい」

「貴一と会う」

「そうか。…………帰る時は連絡しなさい」


 父親らしいことを言われたのは生まれて初めてで、恥ずかしさに耐えきれなくなった誠は足早にその場を立ち去った。


   * * * * *


「――てなことがあって」

「なんというか、お前も校長先生も不器用だな」


 貴一はそう言い、コーヒーを一口飲みながら笑う。

 誠は分かってるよ、と言いたげな顔で目の前のフライドポテトを口に入れ、ドリンクバーから持ってきたジュースを一気に飲み干した。

 ファミレスで貴一と待ち合わせた誠は墓参りのことを貴一に報告し、新しく持ってきたジュースを一口飲む。


「まぁ、今すぐには無理だけど、ちょっとずつ話せればいいかなって」

「お前と校長先生のペースがあるだろうし、そこに関しては無理をする必要はない」


 誠の話を聞いてどこか嬉しそうな貴一に、誠は気を逸らすように氷が入ったグラスをくるりと回す。


「俺のことより、貴一は寝てるのか? 俺なんかより絶対忙しいだろ」

「睡眠時間は七時間は確保している。データの精査も今のところは問題ない」


 貴一は零から取り返したデータの確認のため、連日研究所に通い詰めていた。

 研究データは零が言っていた通り、データ自体は無事だったが、念のために膨大なデータを一からチェックしているらしい。


「とにかく、データもそうだし、全員無事で良かったよ。赤坂も元気だって橙野から連絡来たし」

「お前は魔力切れで倒れかけただろ。どれだけ心配したか」

「それは貴一もだろ」


 貴一は生まれて初めて魔力切れの状態になり、魔力の回復に丸一日かかったらしい。

 一方、誠は魔力切れになることに慣れていたせいか、普段の調子に戻るのは貴一よりも早かった。

 氷の入ったグラスを眺めながら、誠はぽつりとつぶやく。


「俺、思ったんだよね」

「なにをだ?」

「俺に守護者は向いてないって。やっぱり普通の大学行って将来は関係ない仕事しようかなって……」

「誠、お前は……」

「って前までは思ってたけど、今回のことで守護者になるって決意が固まった」


 騙してやったと言わんばかりに、誠はニヤリと笑う。

 そんな誠を見て、貴一はいらない心配をした、と言わんばかりに大きなため息をついた。


「異能力の才能がなくても守護者になれるってことを証明したいからな」


 誠たちが中等部から高等部に上がる時、異能力の才能がないからと辞めていった同級生たちがいたことが二人の頭によぎる。

 自分も本来なら月城学園を辞めていたかもしれないと誠は考えるが、母親との約束でもある守護者を諦めることは誠にはできなかった。

 そして、異能力がもっと扱えていれば凪斗がああなる前に助けられたのかもしれない。

 それが一層誠が守護者になるという夢を強いものにしていた。


「貴一、なんか言おうとしてたけど、もしかして反対してるとか?」

「その逆だ。お前は間違いなく守護者になれる。生徒会長も経験したし人望もある。一年やあの紫筑もついてきているのがなによりの証拠だ」

「そうだと良いんだけどな」

「いつかお前が守護者になって、将来誰かがその背中を追うことを楽しみにしている」


 ファミレスでする会話じゃないだろ、と誠は笑うが、それは真正面と言われたが故の照れ隠しであり、こうして才能のない自分を応援してくれていることが、誠はなによりも嬉しかった。


「なんか、今日はやけに素直だな」

「いつも俺が素直じゃないと言っているように聞こえるが?」

「そういう風に言ってるからな」


 からかうように笑う誠に、貴一は呆れながらドリンクバーに向かう。

 ドリンクバーから戻ってきた貴一は、先ほどとは打って変わって神妙な面持ちで、グラスを置きながら誠を呼ぶ。


「蘇芳と話がしたい」

「凪斗と?」

「だが俺一人では確実に断られる。だから、お前にもついてきてほしい」


 貴一の口から凪斗に会いたいと言われるとは思っていなかった誠は驚く。

 しかし、貴一も貴一で凪斗になにか言いたいことがあるんだろうと誠は快諾する。


「俺も凪斗と赤坂に用事があるからちょうどいいな。俺から連絡しとくよ」

「すまない、助かる」


 誠も事件以来凪斗と顔を合わせていなかったため、凪斗の様子を会って知っておきたかった。

 そう言って、誠はスマホを取り出して連絡を取り始めた。


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