第49話 不可分
八尋の目が覚めて最初に視界に映ったのは、一面の白だった。
(天井、ここは……病院?)
鼻につく独特の香りから、今自分が寝ている場所が病院のベッドだと理解した八尋は、周りの状況を確認しようと体を起こす。
しかし、筋肉痛に似た激痛で起き上がることはできず、代わりに目線だけで周りの情報を得ようとする。
視線を外に向けると、空は雲ひとつない快晴で、その明るさからまだ日中だろうと八尋はなんとなく理解する。
そして反対側に視線を向けると、そこには八尋が寝ているベッドの横で、パイプ椅子に座って寝ている恭平とあかりの姿があった。
恭平は額にガーゼが貼られており、あかりは恭平にもたれかかるようにして寝息を立てていた。
「恭平、桃園さん……」
二人が無事であることに安心した八尋が二人の名前をつぶやくと、恭平が聞こえていたかのように目を覚ました。
そして、病院であることを忘れたかのような声で八尋の名前を叫ぶ。
「八尋おおおぉぉぉ!」
「赤坂くん……!」
恭平の声にあかりも驚いて目を覚まし、起きている八尋に気がつくと、泣きそうな顔で八尋の名前を呼ぶ。
「俺、八尋がずっと起きないから、死んだかと思って……!」
「縁起でもないこと言うなよ」
「私、先生呼んでくるね!」
あかりが小走りで病室を出て行き、八尋はその後ろ姿を追いつつ恭平に尋ねる。
「俺、そんなに寝てた?」
「丸一日寝てた。命に別状はないって言われたけど、呼んでもなんの反応もないからさ。心配かけやがって」
「ごめんって。ていうか恭平もその怪我、大丈夫かよ」
「八尋に比べたら全然」
あかりが呼んできた医師と看護師から簡単な検査を受け、八尋は再び恭平とあかりと合流する。
そして八尋の病室で、あれからなにがあったかを一から説明してもらった。
八尋を含めガイアに向かったメンバーは全員無事で、一番重症なのは八尋だと伝えられた。
「緑橋先輩も青山先輩も魔力切れだったみたいなんだけど、今は回復したって連絡もらってるよ」
「本来なら入院レベルだったけど、家で安静にしますって二人とも帰ったんだよな。改めて先輩たちはやばいっていうかなんていうか」
恭平はその時の様子を思い出しながら苦笑する。
それから美凪と凪斗、特に凪斗は危険な状態だったが、今は安定した状態に戻り、同じ病院に入院しているということも教えてもらった。
そして、守護者襲撃事件を含めて零が関わった一連の事件は、首謀者の逃亡という結論に至り、現在も零の行方を追っているらしい。
「あいつ、自分に関する個人情報とか全部消してたらしくて、余計に捜査が難航してるってさ」
「本当かどうかは分からないけど、自分の素性を隠すためにガイアを利用してたんじゃないかって」
零は自分が使えると思ったものはどこまでも利用していく人間なのだと改めて理解し、八尋は悔しそうに唇を噛み締める。
それから、ガイアで八尋たちが対峙した研究員は、零についてきたパンドラのメンバーであったり、零に雇われた人間らしく、あの場に純粋なガイアの社員はいなかった。
それはつまり、八尋たちがガイアに来ると読んで待ち構えていたということだった。
どこまでも零が八尋たちより一枚上手であると思い知らされ、八尋はそのモヤモヤとしたやり場のない気持ちでいっぱいになった。
「帰ってきた時は警察と親父たちに死ぬほど怒られたな」
「私も、今日なんかお兄ちゃんに『あかりが心配だから出かけないでほしい』なんて言われちゃって」
命の危機があったならそう言われるのも当然だと八尋は納得しつつ、ふと思い浮かんだ疑問を二人に投げかける。
「そういえば、二人は蘇芳さんには会った?」
八尋の問いに恭平とあかりは黙って顔を見合わせ、恭平が重々しく口を開く。
「実は、八尋の目が覚める前に一回会いに行ってたんだけど。会うの断られてるんだよ」
「蘇芳さん、そんなに体調悪いの?」
「違うの。美凪ちゃんが誰にも会いたくないって」
どんな顔をして会えば良いのか分からないのかもしれない、と八尋は考えるが、二人から美凪のことを聞いたからにはベッドの上でじっとしていることはできなかった。
「今度は俺も行くよ。蘇芳さんが無事っていうのを自分の目で確認したいから」
そう言って八尋はベッドから立ち上がろうとするが、全身に走る体の痛みで再びベッドに倒れ込む。
「いっ、だぁ……!」
「大人しく寝てろって」
「恭平、支えろ」
「俺も怪我してんだけど」
呆れる恭平に肩を借りてなんとか立ち上がり、近くにいた看護師に散歩と称して、八尋たちは美凪が寝ている病室に向かった。
病室の前のプレートには美凪と凪斗の名前があり、あかりがノックをしてそっとドアを開ける。
いくつかあるベッドの中に二つだけカーテンが閉まっており、あかりはそこに美凪がいると信じて名前を呼ぶ。
「美凪ちゃん」
「……来ないでって言ったよね」
美凪のか細い声が聞こえ、美凪の無事を確認できたことに八尋は安堵する。
「蘇芳さん、少しでも話せないかな?」
「赤坂くん? ……お願い、帰って」
「蘇芳さん……」
「みんなに、どんな顔して会えばいいか分かんないから……」
美凪の声が潤んでいるのが八尋たちにも伝わってきた。
八尋は美凪の言いたいことが理解できたが、全てを知った今では美凪を責める理由など一つも思い当たらなかった。
「蘇芳さんはなにも知らなかった。悪いのは全部一色零だ」
「違う、だって、あたしはあかりちゃんたちに……」
そのあとの言葉は美凪からは出てこなかったが、そこにいる誰もが美凪の言いたいことは分かっていた。
美凪が魔術を使って攻撃をしたこと。
八尋たちが言葉を詰まらせていると、美凪のすすり泣く声が部屋に静かに響く。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
すると、恭平が「蘇芳さん」とカーテン越しに美凪を呼ぶ。
「蘇芳さんたちがどんな思いをして過ごしてたとか、復讐しようとする覚悟も、俺なんかじゃ一生分かんない」
「恭平……」
「でも家族のためってなったら、俺も蘇芳さんぐらいのことをしてたかもしれない。だからその、うまく言えないけど……そんなに気負う必要はないと思う」
少なくとも俺は気にしてないから、と恭平は付け加える。
四兄弟の長男である恭平だからこそ分かることがあるのかもしれない、と八尋が思っていると、あかりが続けて言う。
「私はなによりも、美凪ちゃんが無事で良かった。元気になったらショッピングとかカフェとか、色んなところ遊びに行こうね」
美凪の「うん、絶対行こうね」という声が、毛布を被っているのか、こもった声で小さく聞こえた。
「蘇芳さん」
「なに?」
「俺が一色零を捕まえる。それで、蘇芳さんたちに絶対謝らせてみせる」
その言葉に、八尋の横にいた恭平とあかりが驚いた表情を見せる。
美凪も姿は見えなかったが、え、と言葉を詰まらせているのが聞こえた。
美凪と凪斗を利用し、八尋自身もなにもできずにやられっぱなしで、このまま黙っていられないと八尋は思っていた。
しかしそれは誰が言っても現実味がないことであり、恭平は呆れたように八尋に投げかける。
「お前それは流石に現実味がないだろ」
「分かってるけど、このままだと俺が悔しいから」
八尋と恭平がいつものやりとりをする中で、そんなのことを思ってくれているのか、とそれだけで美凪は救われたような気持ちになり、「ありがとう」と微笑んでいた。
「じゃ、俺たちは帰るな」
「うん。二人ともありがとう」
「八尋の親父さんは?」
「さっき会議が終わったって言ってたからもうすぐ着くと思う。恭平と桃園さんがいてくれてるから急がないでいいとは言ってあるけど」
もうすぐ来るはずだから、と伝えて恭平とあかりは病室を立ち去る。
恭平が出て行ったあと、あかりは立ち止まって八尋の方に振り返る。
「桃園さん?」
「元気になったら、花火大会行こうね」
それを聞いて、八尋は大きくぶんぶんと頭を振る。
あかりはまた連絡するね、と出て行き、その後ろ姿を見送りながら、花火大会までにいつも通りの調子に戻そうと八尋は決意した。
透が来るまで少し寝ようと八尋が横になろうとすると、扉を軽くノックする音が耳に入る。
恭平が忘れ物をしたのかと八尋がノックに応えると、部屋に入ってきたのは、エリナの父親である明だった。
思わぬ人物に八尋は慌てて体を起こし、明を迎え入れる。
「こんにちは。体調の方はどうですか?」
「えっと、まだ体は痛いですけど、それなりに元気です」
「それはなによりです。起きてすぐだとは思いますが、少し話を聞いてもよろしいですか?」
「は、はい」
以前公園で会った時よりもさらに厳格な雰囲気で、八尋は明の雰囲気に飲み込まれたまま返事をする。
明は八尋の予想通り、守護者襲撃事件や零についていくつかの質問をしてきた。
質問は全て八尋が答えられるもので、八尋は答える中で白銀や黒金についてのことも話していった。
「その白銀という少年についてですが、一色零に兄弟はいません」
「え、じゃあ白銀くんは……」
「分かりません。誘拐、もしくはなにかしらの関連があるかもしれないので、今後はその少年も視野に入れて捜査していきます」
血縁関係でないなら零と白銀はどんな関係なのか。
八尋の中に疑問は残ったが、明もそれ以上白銀と黒金については言及しなかった。
「最後に。君はなにをしたか、今一度自分の行動を振り返りなさい」
明はエリナと同じ鋭い視線を八尋に向ける。
「エリナや、他の月城の生徒たちからも話を聞きましたが、一人で一色零を追いかけたのはあまりにも無謀でした。そのことは理解していますか?」
「はい……」
「生きていたから良かったものの、いつ死んでもおかしくない状況でした」
淡々と八尋に言葉を投げかけていくが、その節々に隠しきれない怒りや呆れが見えた。
「君は異能力を学ぶただの学生だ。英雄になろうなどと考えるんじゃない」
八尋は英雄になりたいなどと微塵も思っていなかったが、そう言われても仕方ないことをしており、明の正論に八尋はなにも言えずに小さく頷くばかりだった。
すると、廊下の方からパタパタと八尋の病室に走ってくる足音が聞こえた。
「八尋!」
病室に駆け込んできたのは透で、その様子から急いで向かってきたのだと誰が見ても分かるほどだった。
透は八尋の姿を見てほっとため息をつくが、その横にいる明を見て表情が一気に青ざめていく。
それは八尋から見ても動揺していると分かるほどで、なにがあったのかと八尋は首を傾げる。
「…………お久しぶりです」
透は黙って頭を下げ、そんな透を明は冷たい視線で一瞥する。
「自分の子供の面倒もまともに見られないのか」
吐き捨てるような物言いだが、透はそれに反論することなく、黙って頭を下げ続けていた。
透と明が知り合いだったことも八尋は驚いていたが、明らかに普通ではない雰囲気に、なにも声をかけることができなかった。
その空気感を破り、明は再び八尋に視線を戻す。
「また今後話を聞かせてもらうかもしれませんが、その時は是非協力してください」
「わ、分かりました」
そう言って、明は颯爽と八尋の病室を出て行った。
明が出て行くと、透は空元気とも言えるような表情で八尋に話しかける。
「遅くなってごめんな。体調はどうだ?」
「う、うん。体は痛いけど意識とかはハッキリしてる。心配かけてごめん」
「良いんだ。八尋が無事で良かった」
透はほっとため息をつき、八尋はいつもの調子に戻った透に安堵する。
そして、その一連のやり取りをエリナが病室の前で静かに聞いていたことを、八尋は知らなかった。




