第45話 実験台②
美凪は嬉しそうに氷を具現化して恭平に放つが、あかりが後ろからシールドで恭平を守る。
「美凪ちゃん、やめて!」
「ねぇ、これすごいよ! テストの時なんか比べものにならない! 魔術が簡単に使える!」
「美凪ちゃん!」
「零さんに教えてもらったから、魔術の扱いだけは自信あるんだ!」
あかりの叫びも届いていないのか、美凪は一切手加減をすることなくシールドを破ろうと追撃する。
その威力は気を抜けば一瞬で破られそうなほどで、あかりは一点に集中してシールドの強度を高めていく。
「蘇芳さんが打った薬、絶対やばいやつだろ」
「あんな一気に魔術を使い続けたら、魔力切れで倒れちゃう……!」
恭平とあかりの言う通り、美凪の表情とは裏腹に足元は次第におぼつかなくなっており、美凪が危険な状態にいるのは二人から見ても明白だった。
それでも美凪は二人を通さないという確固たる意志のもと、扉の前に立ちはだかる。
「美凪ちゃん、このままだと倒れちゃう!」
「そんなこと言って、その間に部屋を出ようとするんでしょ!」
美凪は声を荒げてあかりに魔術を放つが、それは軌道を逸れて恭平に直撃した。突然のことに恭平は魔術を受けきれず壁に叩きつけられ、あかりは顔を真っ青にして恭平に駆け寄る。
恭平に当たったのは美凪も予想していなかったのか、壁に倒れかかる恭平を見て呆然としていた。
あかりが恭平に駆け寄ると恭平は額から血を流しており、あかりは声を引きつらせて恭平を呼ぶ。
「橙野くん、血が……!」
「大丈夫。血出てるけどそんな痛くないから」
恭平は額から流れ落ちる血を袖でぬぐい、あかりに支えられて立ち上がる。
美凪はその様子を黙って見ていたが、ぐっと唇を噛みしめてつぶやく。
「……あかりちゃんも橙野くんもパパとママいるでしょ。なんとなく分かるんだ」
「それがどうしたんだよ」
「だから、パパとママがいない人の気持ちなんて分かんないよね」
吐き捨てるようなその言葉に、あかりは八尋に母親がいないということを思い出した。
八尋も美凪も母親がいないという事実をどんな思いで過ごしてきたのか、あかりには分からなかった。
しかしそんな迷いを振り払うかのように、あかりは美凪をまっすぐに見つめる。
「分からなくても、気持ちを分かち合うことはできる……!」
その時、扉の外からガツンとなにかがぶつかる音がして、美凪も含めて恭平たちは扉の外に視線を送る。
すると次の瞬間、扉ごと氷が砕け散り、底抜けに明るい声が部屋に響き渡った。
「お待たせーっ! 涼香ちゃんとしづきんが来たぞっ!」
「涼香先輩!」
「うっわきょんたん生きてる!? 血やばいぞ!」
「大丈夫っす」
それは涼香の声で、まさかエリナたちが来ると思っていなかった恭平たちは驚く。
二人は途中の階でガイアの社員たちを引き留めていたはずだ、と言わんばかりの視線をエリナたちに向けると、それに気がついたらしい涼香が楽しそうに笑う。
「あの、途中にいた人たちは……」
「全員適当な部屋に突っ込んで外から鍵かけてきた! たぶんしばらく身動き取れないと思う!」
そう言いながら涼香は恭平とあかりの前にしゃがみ、二人の頭をぽんぽんと撫でる。
「後輩ちゃんたちも、よく頑張ったね」
本気で向かってきたであろう大人を相手にし、なおも安心させようと笑顔で会話を続ける涼香に、恭平とあかりは心から安堵した。
そんな会話を聞きながらエリナが扉の方に視線を向けると、破壊された扉の先の廊下に美凪が身構えていた。
そして破壊された扉の代わりに水の壁が張られており、エリナが美凪から視線を外さないままあかりに尋ねる。
「簡単で良いから経緯を教えて」
「赤坂くんが一色零さんを追いかけていって、私たちは美凪ちゃんに引き止められていました」
「赤坂が?」
「すぐに追いかけたかったんですけど、美凪ちゃんが通してくれなくて……」
「あの子が蘇芳美凪?」
「はい。美凪ちゃんは薬を打っていて、そのせいで魔術の威力が増しているかもしれないです」
あかりの説明に、エリナは「分かった」と簡潔に返す。
そして水の壁を破ろうと魔術の風をまとって抜けようとするが、明らかに水ではないバチバチと弾けた痛みが体に伝わる。
エリナは慌てて退き、水の壁をまじまじと見つめると、水の壁の先には二層目のように雷が広がっていた。
「……魔術の複合行使?」
エリナが信じられない目で美凪を見る。
魔術の複合行使は複数の魔術を同時に操作することから、膨大な魔力と緻密な魔術操作が求められる。
魔術の才能があり、かつ訓練を重ねれば扱える可能性はあるが、まだ守護者でもない美凪が操作していることにエリナは驚く。
「……ちょっと本気出さないとやばいかも」
あかりの言っていた薬の影響なのか、とエリナは考え、弓矢を具現化して美凪に向けて引き絞る。
美凪は一直線に来ると思わず、思わず水の壁の具現化を解除して氷でそれを防ぐ。
美凪が弓矢を防いだ瞬間、美凪はなにかに気がついて再度水の壁を作るが、既にエリナは部屋を飛び出して美凪と相対していた。
いくら薬の影響で魔術を自在に操れるようになったとしても、三種類の魔術を扱えないだろうというエリナの読みは当たり、エリナは自分を落ち着かせるように深く呼吸をした。
エリナに乗せられた美凪はエリナを睨むが、体を支えきれずに壁にもたれて咳き込む。
見るからに息が上がっている美凪を見て、エリナは美凪の様子をうかがう。
(やっぱり複合行使の魔力消費は尋常じゃない。それに、あの感じだといつ魔力切れで倒れてもおかしくない……)
そう思案するエリナを呼ぶ声が聞こえて視線を向けると、あかりが水の壁を越えて廊下に出てきていた。
「桃園、あんたなにして……」
「美凪ちゃんを助けたいです」
美凪に攻撃することはできない。なにも案は思いついていなかったが、あかりは考えるよりも体が先に動いていた。
零に加担していたとしても、あかりに美凪を放っておくことはできなかった。
あかりのまっすぐな瞳で見つめらられ、エリナは小さく頷く。
「……あの子はたぶん魔力切れが近い。早めに終わらせて赤坂を追いかけるよ」
あかりとエリナの視線が美凪に向かうと、その視線を振り払うように、美凪は血走った目で二人を睨みつける。
「誰が来たって一緒。誰一人、ここから通さない」
* * * * *
「待て!」
一方、八尋は逃げる零を追い続けていた。
零は隠し通路や非常階段を通って地下へ地下へと逃げていき、八尋はあと一歩で零に届きそうで届かないというもどかしい状況だった。
しかしそれは零が八尋をおちょくっている以外の何者でもなく、八尋はそんな零に苛立ちを隠しれきれなかった。
八尋が階段を降りて最下層らしき階にたどり着くと、そこは廊下の先にエレベーターがポツンとあるだけの無機質な造りで、八尋はその異質さに内心たじろぐ。
そしてエレベーターの前で零はひらりと身を翻し、子供のような無邪気な笑みを見せる。
「これで僕に逃げられては、せっかく追いかけたのが無駄になってしまいますね。ですから、少しだけお喋りに付き合いますよ」
零の挑発に乗せられた八尋は銃を具現化して零を狙うが、またもや弾は零の目の前で霧散していく。
「せっかちな男性は嫌われますよ?」
零の調子に乗せられてはいけないと自分に言い聞かせるが、零が一体なにを考えているのかが読み取れず、八尋は銃を構えたまま戸惑う。
そんな八尋の様子を見て、零は楽しそうに笑う。
「美凪たちのことですが、実は僕も両親が事故で亡くなっていまして。ですから美凪たちのことは他人事には思えないんです」
「お前は蘇芳さんたちを利用してるだけだろ」
「とんでもない。元々は凪斗から復讐したいと話を持ちかけてきたんです。僕はその代わりに研究を手伝ってほしいとお願いしただけです」
零は話しながら当時のことを思い出したのか、懐かしそうにつぶやく。
「本当は青山貴一にも協力して欲しかったので、そこは僕の唯一の妥協点ですね。まぁ、凪斗も美凪も魔術の才能があったので、結果としては良かったですが」
そこでなぜ突然貴一の名前が出てくるのか。
理解が追いついていない八尋を見て、零はきょとんとして首を傾げた。
「不思議な顔をされていますね。なにか変なことでも言いましたか?」
この違和感はなんだ、と拭えない不安と焦りが八尋の中を駆け巡る。
零の突拍子もない話のピースが一つずつ嵌まってきた感覚に、八尋はどう次の言葉を紡いでいくか迷っていた。
そして零はニヤァ、と八尋が今まで見た中で一番の笑顔を浮かべて言う。
「あぁ。全てが僕の思い通りに動きすぎているからでしょうか」
その言葉を聞いて、八尋の心臓が大きくドクンと跳ねた。
「まさか、蘇芳さんたちの両親の話は、最初からお前が仕組んで……」
頭によぎってしまった予想もしたくないことに八尋の声は震え、自分でも青ざめていくのが分かった。
まさかとは思うが、そんなことはあってほしくない。嘘だと言ってほしい。
そんな八尋の願いも虚しく、零の口から聞こえたのはあまりにも無慈悲で無責任な言葉だった。
「ご想像にお任せします」
零のその言葉で、八尋の中で疑惑が確信に変わった。
全ての元凶はこの男だ。
美凪と凪斗の父親が実験結果を奪われて自殺したことも、そのあとを追うように母親が亡くなったことも、事故で亡くなったと言っていた零の両親のことも全て、目の前にいる男が仕組んだことだと。
八尋は無意識のうちに銃を零に向けて躊躇いなく引き金を引き、激昂して叫ぶ。
「ふざけるな!」
「おや、なにをそんなに怒っているのですか?」
「人の人生をめちゃくちゃにして楽しいかよ!」
悪びれもしない零の態度に八尋の怒りは収まることなく、間発入れずに二発目、三発目と撃ち続ける。
両親がいないと八尋たちに打ち明けた時にふと見えた美凪の寂しそうな表情を、八尋は忘れられなかった。
美凪も凪斗も本当のことを知らない。知らされるわけがない。もし仮に知っていたら、零に復讐の話を持ちかけるなんてことは絶対にしない。
「人聞きの悪い。人生は何事も実験です」
「他人を犠牲にする実験なんてあるわけないだろ!」
零は雷を具現化して八尋を止めようとするが、八尋はそれを避けることなく腕で受け、再び零を撃とうと痺れた腕に鞭打って狙いを定めた。
しかし、銃は八尋の手を離れて宙を舞い、そのまま具現化が解除される。
一瞬のことに頭が理解するより早く、目の前に現れた思いがけない人物に八尋は目を見開いた。
「黒金、さん……?」
八尋の目の前に現れたのは、大鎌を持った黒金だった。




