真名〜まな〜
成瀬ユウキは、幼馴染の神代アンナの名前を叫んだことをすぐに後悔した。
ユウキが、アンナの名を叫んだ瞬間、玉座の横に控えていたエリーナと、その反対側に控えていた猫耳の獣人族の女性が血相を変えて瞬時にユウキの背後に回り込み、エリーナはナイフを抜き、ディアナは持っていた槍の柄でユウキを拘束した。
獣人族の美女が怖い顔をして問いかける。
「お前……、なぜお前がルナ様の真名を知っている?」
次いで、怒り狂ったようにエリーナが問いかける。
「人前で真名を呼ぶことがどういうことなのかわかっているのか!? この不埒者!!」
声が出ないユウキ。助けを求めるようにアンナを見つめかえすがアンナは両手で顔を抑え、顔が真っ赤になっている。
その反応をみてユウキに刃物を構えている2人もほんの少し顔が赤くなり、思い出したようにユウキを責める。
「貴様、死罪だ! ルナを辱めた罪で今ここで殺す!」
エリーナがナイフを構え直す。
「ちょっ……、ちょっと待って! ちょっと助けてくれアンナ!! マジで死んじゃう。あっ…………!」
焦ってまた、名前を呼んだことに気づくユウキ。
「お前、わざとやっているだろ? ルナ様、八つ裂きのご命令を!」
獣人族の美女が槍を構え直す。
「2人ともやめて!!」
ようやく2人からルナと呼ばれるアンナが声をあげた。
「この人は私の大切な人と説明したでしょ? お願いだから傷つけないで」
アンナが2人を治める。
ユウキに向けた刃がピタっと止まり、少ししてエリーナが恥ずかしそうに問う。
「ルナ、こいつはお前を真名で呼んだ。そしてお前はこいつを大切な人と言っている……。つまり……、そういう関係なのか……?」
それを聞いてまた真っ赤になるアンナ。
「ちっ……、違うわよ!! 彼は真名の意味を知らないの。真名は私が手違いで教えてしまって……。
大切な人っていうのは、う~~んと……、
私が困ってる時にいつも助けてくれてるからとても大切な人なの」
「……そっ、そういうことか。
てっきり私は無礼な輩か、お前とそういう関係の男かと思ったぞ」
エリーナがナイフを収めて、元いた玉座の右横に戻る。
「しっ、失礼しました。ルナ様。とんだご無礼を」
獣人族の美女も槍を収めて、元いた玉座の左横に戻る。
3人のやり取りを見ていてユウキは、しばらく黙っていた方が良さそうだと感じた。
少ししてアンナが口を開く。
「2人にはちゃんと説明してなかったから彼について説明するわ。
彼は成瀬ユウキ。2人には私が[元の世界]に移動した事は話したと思うけど、そこで命を助けて貰った上に10年近くお世話になった恩人よ。こっちに戻る際に、私が連れてきてしまったの」
それを聞きながら2人は顔を少しずつ伏せ、アンナの言葉を聞き終えると床に膝をついてユウキに頭を下げた。
「成瀬ユウキ、大変失礼した。
お前がルナの恩人という事は、私にとっても恩人だ。本当に感謝しかない」
エリーナが深々と頭を下げる。
「私も大変失礼した。
長い間、ルナ様を守れなかった私に代わり、ルナ様を守ってくれたのであれば、本当に感謝の言葉もない」
獣人族の白髪、白い瞳、猫耳の美女も深々と頭を下げた。
「2人とも分かってくれて良かったわ。
エリーナとディアナには申し訳ないけど、彼と2人で話がしたいの。少しの間、外してくれない?」
アンナがそう言うと、察したようにエリーナとディアナと呼ばれた獣人族の美女は一礼し、後ろに下がって扉を開けて外に出ていった。
少しの間の沈黙の後、アンナが話し始めた。
「ユウキ、無事で良かった。…………ごめんなさい。日本から、貴方をこの世界に移動させてしまったみたいなの。本当は私だけが戻る予定だったのに……」
「もう喋っても良さそうだな……。
まず、お前が無事で良かったよ。
とりあえず、あの光に包まれてこの世界にお前と一緒にきてしまった事はわかった。けど、1ついいか? お前、なんで魔王なんかやってんの?」
ユウキが一番聞きたかった事を聞く。
「わ、私、実はこの世界、[異世界]の生まれの魔族と人間のハーフなの。その魔族が私の母で先代の魔王。
私は、ある事情から元の世界に飛ばされていたんだけど、先日、あの光の玉の影響でユウキ達の世界である元の世界から異世界に戻ってきたんだけど、その時にはもう、母は亡くなっていたの。
それが理由で、エリーナ達に頼まれて、亡くなった母に代わり、この国を守るために魔王の座に就いたという訳」
ユウキは少し考えてさらに問う。
「なんで今まで異世界の住人だって黙ってた? 俺や、おじさんや、おばさんも騙してたってことか?」
「違うわ! 私がまだ、幼くて元の世界に飛ばされた時、こっちの記憶を無くしたみたいなの。
それで、こっちに戻る時のあの閃光を見た時に記憶が戻って……。ユウキやおじさま、おばさまと共有した時間や気持ちは本物よ! 信じて!!」
「…………わかった。信じるよ。
俺もあの時間が偽物だとは思いたくないしな。
あの2人には凄く慕われてたみたいだけど、どんな関係なんだ?」
「あの魔族のエリーナは、血は繋がっていないんだけど私が生まれた時から姉のように接してくれたの。私が異世界からいなくなった日から、ずっと心配してくれてたみたい。
先日、この世界に帰ってきた時も泣いて喜んでくれたわ。
獣人族のディアナは、私とエリーナが小さい頃、城の近くの森で倒れていたのを私の父が見つけたの。記憶喪失だったディアナを、父が城に迎え入れたの。その頃から私の事を慕ってくれて、今では一番の親友よ」
「わかった……。
あの2人には人に刃物を向ける時は、相手の話をちゃんと聞いた上で敵と判断した時にする事と、二度と俺には刃物を向けないように言っといてくれ」
クスリと笑い、アンナは応える。
「わかったわ。強く言っとくわ」
「堅苦しい質問は最後だ。
…………まな? ってなんだ?
なんで、お前に教わったアンナって名前でお前を呼ぶと、お前やあの2人が恥ずかしそうにしたり、怒ったりしたんだ?」
この質問をした瞬間、アンナはまた顔が赤くなりだし、呟くように応え始めた。
「じ……実は魔王になるものには生まれた時から、隠し名と継名、真名が与えられるの。
私の場合だと、ルナマリアが隠し名でアンナが真名になるわ。
真名は基本的に誰にも教えてはならない名前だから人前では隠し名でみんなに名乗るの。
この世界では名前自体も力の大きさを表すから、隠し名で真名を隠して、継名で真名と隠し名を繋ぎ合わせて力を保っているの……」
「……なんで、真名は基本的に名乗ってはいけないんだ? なんで人前でお前をアンナの名で呼んじゃダメなんだ?」
この問いでさらに赤くなるアンナ。
「真名は……、
真名を両親以外の特定の相手に名乗るという事は同性なら友として、異性なら恋人としてその人を心から信頼する事を意味するの……。
……名乗られた相手が真名で呼ぶ事は異性しか認められていないし、2人だけの場合はその人への愛を誓う事を意味するわ。
それで……」
そこで耐えきれなくなったようにアンナが両手で顔を覆った。
「……それで……、なんだよ?」
ユウキが恐る恐る聞く。
恥ずかしそうにアンナが呟く。
「……真名を持つものと……、真名を受けたもの以外の前でその名を呼ぶということは……、周りに……、大人の関係になった事を公表する事と同意になるわ……。だから……、あまり人前でその名で呼ばないで……」
「ばっかやろ!! お前、元の世界で普段からバンバン真名を不特定多数の人間に教えて回ってたじゃないか!! あれは、なんだ!!」
ユウキが呆れたように責める。
「だって、あっちの世界に飛んだ時、記憶がなくなったって言ったじゃない!
両親から呼んでもらってた真名が私の本当の名前だからその記憶だけ強く残ってたのよ!! だから……、だからあっちではみんなに真名を教えちゃって……。ユウキにも……。裸見られるより恥ずかしい事なのにあんなにいっぱいの人に……」
泣きそうな、恥ずかしそうな顔でアンナがユウキに応えた。
ため息を吐いて、ユウキが返す。
「わかったよ。基本的にみんなの前では、ルナでお前を呼ぶよ。でも、堅苦しいから、2人の時はいつものアンナでいいか?」
「うん!」
やっと、いつものアンナの笑顔が戻って、ユウキは異世界に移動して初めて安心することができた。