遠い記憶
車の後ろの方から、黒髪の男の子は父と母の他愛もない会話を聞いていた。彼にとって休日に家族と出かけることは幸福の日常だった。山道を走る車は今日も安全運転そのものだった。
目的地まであと数十分となった頃、父が景色の話を始めた。
「外に見える反対側の遠くの山を見てごらん。山自体が虹色に見えるだろ?
あれは、あそこの気候が山の植物達に影響を与えてこの季節だけ観ることが出来るんだよ。虹陽山と呼ばれる山なんだ」
父親に教えられ、男の子が外を眺めている時だった。
前を走る車が突然スピードをあげて蛇行運転を始め、その振れ幅が大きくなった時、更に前を走っていた車を巻き込み2台の車がほとんど道路を塞ぐ形となった。
「きゃあぁぁぁーーーー!!」
母親が悲鳴をあげ、
「掴まれ!!」
父親が急ブレーキを踏む。
車の勢いは止めることは出来ず道路を封鎖している車に突っ込んだ。その瞬間、男の子は意識を失った。
しばらく経ち、誰かの呼ばれる声に意識を取り戻した男の子は、ここがどこか確認する為、少し身体を動かそうとした。その瞬間、身体に激しい痛みが走る。それと同時に微かに目を開けた。
「…………まして…………。
……目を覚まして!!
お願いだから、目を覚まして!! 死んじゃ駄目!!」
そこには、見知らぬ黒く長い髪の女性が涙を流しながら心配そうにこちらを見ていた。意識が#朦朧__もうろう__#とし、顔ははっきり見えない。
「…………おとう……さんと……
おか……あさん……は?」
男の子は微かに開いた口から女性に尋ねた。
「良かった!! 意識が回復したのね!」
黒髪の美女が喜んで話しかける。
「……おとうさんと……、おかあさんは……、どこ……?」
男の子が黒髪の女性にもう一度、尋ねる。
「っ……………………」
黒髪の女性が困惑した表情で男の子を見つめた。
男の子は何かを感じてふと横を見ると、自分達がさっきまで乗っていた車の前方がほとんど潰れているのが見えた。
男の子が黒髪の辛そうな表情をした女性の方を見て口を開く。
「……お父さん達……、助からなかったんだね…………」
「……ごめんなさい。私がここに来た時にはもう…………。本当にごめんなさい……」
黒髪の女性が涙を浮かべて話した。
「泣かないで……、お姉さん……」
男の子はそういい終えると同時に意識がまた薄れてくる。
女性は慌てて男の子を背負うと、男の子に力強く声をかけた。
「大丈夫! 君は私が必ず助ける! 死なせなんかしないわ!!」
遠のく意識の中、優しい声が聞こえた後、男の子は完全に目を閉じた。