赤毛の美女の幼馴染
「私の名前は神代アンナ!」
自慢の赤毛をなびかせ、自信に満ちた学級紹介から3ヶ月が経ち、彼女はこの、神之宮高校で、既に学校一の人気者になっていた。
昔からスポーツ万能、成績優秀、容姿端麗、文句の付けようがない才色兼備の超人である。
あの満月の夜から10年以上が経ち、逞しく成長した彼女は、高校2年で学校一の美女として校内では知らぬ者がいないまでの有名人になっていた。
「ユウキ! 今日も一緒に帰りましょ!」
アンナが目を輝かせて、クラスメイトで幼馴染の成瀬ユウキに、いつものように絡んでくる。
「嫌だよ!」
ため息を吐いてユウキが応える。
「なんでよ!? 同じ家に帰るんだからいいでしょ?」
ばん! と机を叩いて不服そうにアンナが声を荒げる。
「お前と一緒に歩いてたら周りの奴らになんて言われるか知ってるか?
釣り合わない! とか、
お前が隣を歩くな! とか、
凡人が女神と歩くな! とか、
俺の存在意義を疑いたくなる台詞がちらほら飛び交うんだぞ!」
「そんなの気にしなくていいじゃない。
他人の意見や視線を気にしてばかりいたら人生損するわよ? それに私がユウキと帰りたいんだから付き合ってよ」
クラスメイトに聞こえるように声高らかに話すアンナを見て、いつものように頭を抱えるユウキ。
「俺は他人の意見を尊重し、視線を気にして生きたいんだよ……。
それにな、スポーツ万能で成績優秀で容姿端麗のお前と、スポーツ、学歴、容姿が普通の俺が仲良くしてると陰で男どもに妬まれるんだぞ! 勘弁してくれ」
それを聞いたアンナが頬を赤らめる。
「……ユウキも容姿端麗と思ってくれてるの? 私を美人って思ってくれてるってことだよね? ……うん……嬉しい。仕方ないなぁ~、今日は可愛い私が一緒に帰ってあげる!」
「いや、そうじゃなくて……アンナさん俺の話、聞いてますか?」
結局、アンナの勢いに負けたユウキは、校門を出た後、アンナと合流し一緒に帰ることになった。
帰り道、2人が出逢った、あの橋の中央に差し掛かり、ふと、アンナが語りかける。
「ねえ、覚えてる?
この場所、初めて私達があった場所」
「……ああ、覚えてるよ。
ここで会ったばかりお前が、自分の家に来ないかって言ってくれたんだよな…………。
それから……三翔おじさんと優奈おばさんが俺を引き取ってくれて、お前は本当の家族みたいに接してくれたからな。今でも本当に感謝してるよ」
「三翔おじ様も優奈おば様も優しいからね……。私が頼み込んだら、すぐOKしてくれたわ」
「この恩は一生かけて返すつもりさ。
……ていうかお前もだろ? おじさんとおばさんに恩があるのは」
「そうね、私も身寄りがなくて困ってた時……、つまり10年前に三翔おじ様と優奈おば様に拾って貰ったからユウキと同じだわ。だからユウキの気持ちは凄くわかる」
少ししてユウキが口を開いた。
「……なあアンナ。どうして俺なんかの為にいつも色々してくれるんだ?
お前が俺に何かしらの恩があるならまだしも、いつも何かして貰うのは俺ばかりだ。変だろ?」
「ふふっ……。変って事はないわ。
小さい頃、虐められっ子だった私を助けてくれたのはユウキだし、さっきも言ったでしょ?
記憶の一部を無くして身寄りのないユウキの気持ちがわかるって。
その辛さも悲しさもわかるから、だからユウキの事、助けたくなっちゃうのよ」
「…………そういう……ものなのか?」
「そういうものよ。
それに虐められっ子だった私が変われたのはユウキがいたからよ。
ユウキみたいに強くなりたくて、ユウキみたいな、しっかりした人になりたくて努力してたら自然と周りが認めてくれるようになったのよ」
「あれは歳下の女一人のお前に、歳上のガキどもが多人数で虐めてたから俺が腹が立って喧嘩を売ってただけだよ。
人の為とか自分の身を犠牲にするとかそんな高尚なもんじゃねーよ」
「ふふふ……、そうだったとしても私は嬉しかったわ」
「でも、それだけで、ここまでお前から毎日なにかされると、ちょっと違う気がすんだよなぁ……」
少ししてアンナが囁く。
「それだけじゃないわ……」
アンナの台詞を聞き取れなかったユウキが聞き返す。
「なんか言ったか?」
「ふふ、なんでもなーーい」
月光に照らされた彼女の微笑む姿は、普段から女神と形容する学校の輩の言うことも間違いではないなと思わせるものがあった。
暫くの沈黙の後、ユウキは口を開いた。
「アンナ、お前が感謝してくれてることは素直に嬉しいけど、もう俺に縛られて恩を必要以上に返そうと考えるのはやめろ」
「私、貴方に縛られてなんかないわ。
私が貴方にしてあげたいことをしてるだけよ?」
「俺がした事なんか、小さい頃お前を虐めてた連中が気に入らなかったから喧嘩を売ってただけだ。
今のお前は、自分で努力して周りの人からも俺以上に認められて、俺から助けられることなんて最近じゃないだろ?」
「その赤毛の事でいつも虐められて泣き虫だった私を、ユウキはいつも王子様みたいに助けてくれたわ。
ここまで私を変えてくれたのは貴方よ?」
「それが違うんだって! 今のお前があるのもお前が自分で努力した結果だよ。
俺なんかよりも頭良くて、運動も出来て、顔がいい男はこの世にいっぱいいるんだ。俺に構う必要なんかないだろ?」
それを聞いて困ったようにアンナは尋ねる。
「ユウキは私がそばにいると迷惑?」
「違う! 迷惑なもんか!
お前と俺とじゃ、必要以上に一緒にいるのは不釣り合いだって言ってるんだ。
お前が学校とかで褒められる度に、周りにそれは俺のお陰とか持ち上げるのはやめろ。お前にはもっと似合う相手がいるって言ってるんだよ」
「そんなこと……! そんなことないよ!
私は逆に貴方に劣っていると思っているから小さい頃から貴方に似合う人になりたくて……、今でも必死に頑張ってるんだよ?」
「……もういいんだよ。
お前は初めて出会ったあの7年前からずっと俺が困っている時、家族として誰よりも多くの手助けをしてくれたし、良き友人でいてくれた。だからもう頑張らなくていいんだ……」
その台詞を聞いたアンナは泣きそうな顔を浮かべて呟いた。
「…………本当は10年前だよ……。
なんで、
なんで、そんなことユウキが言うの? 私はこんなにユウキのことを……」
スパッ!!!!!
彼女がその台詞の続きを言い終わる前に2人の間に閃光が走る。
それは一瞬の出来事だったが、確かにその時が圧縮したような感覚の中、ユウキは自身の頭の中に響く、懐かしい声を聞いた。
《ありがとう……》
次に激しい耳鳴りに襲われる。
直後に閃光が止むと同時に目の前にアンナの姿が戻った。
しかし、その彼女の表情は信じられないものでも見たかのように怯えている。
「思い出した……!」
彼女が呟いた瞬間、先程、閃光が走った場所から今度はゆっくりと光が広がっていくのが見えた。
「いや! あの世界には戻りたくない! ユウキとユウキの世界にいさせて!!」
広がった光がアンナを徐々に飲み込んでいく。
「アンナぁぁあぁぁ!!」
必死で手を伸ばして助けようとするユウキ。
「ユウキぃぃぃーー!!」
必死で手を掴み返すアンナ。2人は瞬く間に光に包まれ、その場から完全に消失した。