『危ない危ない!サクサク進めないと、死んじゃうよ!こんな序盤に終わりなんて許さないからね僕は!』
「アレに飲まれるってなんだよ。
いったいどうなるっていうんだ?」
男はもどかしそうな顔で、一言だけこう言った。
「生きてくれ」
そういうと、男はテレシアという女性を置いてどこかに消えた。
「全く最後までカッコつけて。
自分の子供にぐらいちゃんとお別れしなきゃダメじゃない。」
「お別れってどういうことだよ。
あの男はどこに消えたんだ?」
「アレを食い止めに行ったんだよ。
アレの食欲はすごいからね、このままいくと世界ごと飲み込んじまう。
あんたを生かすためにだが、死にに行くようなもんさね。」
俺を?生かす?作った人間が?
訳がわからない。
ただこのまま待っていれば間違いなく、ここで最後を迎えるだろう。
「これからどうするんだ。俺はどうしたら...っ」
言い終える前に、入り口の重厚な木製扉が大きな音で叩かれる。
ドンドン、ドガっ!
扉が壊され、壊された部分からこちらを覗いている魚のような目と合う。
その目は俺を見ると驚いた様子で、凝視している様子だ。
「ちぃっ、もう来たのかい早すぎるだろう。
ここから逃げるよ!
あいつらに捕まれば、ヨグの犠牲も無駄になっちまう!
そういえばお前は裸だったね。
このローブをやるから、こいつを着て一緒に走るよ。」
そう言ってテレシアが着ていた緑のローブを渡される。
とりあえず逃げなければ、相当危険なようだ。
俺はローブを着て、自分の入っていた場所から飛び起きた。
どうやら俺が入っていたのは、大きなガラス管みたいな容器だった。
「本当に作られたのか俺は...」
そう思ったのも束の間、半壊の扉がバリバリと音を立てて破られる。
扉を破って入ってきたのは、10人を超える頭が魚になっているやつらだった。
「魚人顔か...厄介だね。
とりあえずこっちから逃げるよ!」
そういうとテレシアは、目の前の石床を引っ張り抜け道らしき隠し階段を出した。
魚人顔どもは、抜け道から逃げることに気づいたのか必死な形相で、俺たちに殺到してきた。
「もたもたしてないで、入りな!」
強引に階段に押し込んだ。
すぐさま、テレシアも滑り込むように階段に逃げ込み、入り口だった石の扉を閉める。
ガリガリガリガリ
どうやらさっきの奴らが、扉を引っ掻いているようだ。
「ここも時間の問題だね。
ひとまず、ここから逃げるよ!
魚人顔ならいいけど、あいつらより上位が来ると確実に死ぬからね。」
そういうとテレシアはどこから持ってきたのか、ランプに火を付けた。
暗闇がぼんやりと周囲が見渡せるぐらいに、明るさを取り戻す。
どうやらここは、下水路らしい。
悪臭と湿気とかすかに潮風が吹いている。
「あいつらもヤバそうだが、さらに上がいるのか。あいつらはなんなんだいったい。」
「あいつらは信者さ。アレを崇拝し、アレに飲まれることこそ救いと信じたものたちの末路だよ。
ああなったら最後さ、アレの手足となって使われて死ぬのが奴らの望みだからね。
理解しようとしても無駄だよ。」
テレシアは悲しみと哀れさのこもった声で、静かに答えた。
「そして元この島の住人達さ。
友人、家族、行きつけの店の店員、気のいい爺さん。みんな変わっちまった。
もうこの島の生き残りは、あたし達3人だけだよ。」
そう言いながら、テレシアは早く行くぞと言わんばかりに早足で歩き出した。
「この島丸ごと、あいつらになったのか?」
「そうさ、気がつくのが遅かった。
遅すぎたんだ。連中を見かけた時には手遅れだった。
一瞬で島の連中を変えちまって、そのままアレになっちまったんだ。」
なんとなくだが状況がわかってきた。
どうやらここは島で、何かの理由で島民が全員魚人顔に変えられたらしい。
「ここも安全ではなくなったからね。
とりあえず島から逃げないといけないが、そういえばあんたの名前も言ってなかったね。」
名前?俺に名前なんてあったのか。
「俺の名前はなんて言うんだ。」
「お前の名前は、ドライ。
誰でもない私とヨグの子供の名前だよ。
大事にしな。」
「俺の名前はドライ。
そしてあんたらの....子供だと思ってくれてるのか?」
「もちろんさ。あんたも親と思ってくれるといいがね。」
ヨグは俺を守るために消えたのか。
「ホムンクルスはね、子供が産めないんだよ。
神に逆らって作れた身体だからね。
いくら頑張っても、全て死産だった...。
途方に暮れていたが、一人の咎ヒトが
死産した子供の魂をかき集めれば、ホムンクルスではあるが子供は為せると言ったんだ。
あたしらは、それにすがってしまった。
信じてしまった。
ドライが産まれる前にあいつらは豹変した。
あたしらは利用されてると気付かずにまんまと、罠にハマった愚かな老夫婦だよ。」
後悔と苦悩が入り混じる表情で、テレシアは俺の方を向いてこう言った。
「ただあんたが産まれた事だけは、私とヨグの唯一の救いだよ。
ありがとうドライ。」
俺は複雑な気持ちを押し殺しつつ、悲しみに暮れるも必死に我が子を守る母の姿に、愛情を感じていた。