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第4話

 門の中は黄金の霧で満たされていた。開いた時に漏れ出た赫い光から、中はグロテスクな光景が広がっていたと思っていたがそうでもない。一体あの光はなんだったのか。

 だが予想が外れとと言っても油断はできない。先ほどから足元を何かが漂っている。爬虫類のような形をとったり、かと言ったらひどく不出来な天使の形をとった黄金の霧が先ほどからまとわりついて来る。

 

 それに、ここにきてから妙に胸が熱い。動悸が激しくなり、手足の感覚がなくなって来る。あの女に何かされたからではない、間違いなくここにきたからだ。


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 何か霧が叫んでいる。

 叫びを聞いた時、突然強いめまいを感じた。全ての毛穴から汗が吹き出し、身体中の水分が抜け出して行くようだ。

 これはいわゆる脱水症状というやつか。砂漠でこれに苦しんでいた隊商がいたが、こんな気持ちだったのか。

 だが苦しいはずなのに、この叫びを聞いているとなぜか心が落ち着く。


「これは・・・相当にまずいな・・・・・・・」


 あれだ、こいつらはいわゆる邪神の眷属だ。しかも全てデスペラードで、かなり古い時代の純正のやつらだ。ここはもしかしたら、デスペラードの廃棄場か。肉体を失ったデスペラードたちが魂だけの存在となって、ここにこびりついている。


 混沌の向こう、深淵の邪神。俺たちデスペラードを生み出した、この世界の敵であり、事あるごとに俺の旅の邪魔をしてくる傍迷惑なやつ。奴らは昔、遥か太古にやって来てこの地を奪おうと暴れまわったらしい。その侵略の一環で、生物を自分たちと同じ存在に作り変えようと呪いを吐き出し、規格外の力を持ったデスペラードが生まれた。邪神はなんとか撃退したが、残された呪いは今もこびりついているようで、デスペラードが今この瞬間にも生まれている。


 だが世界の浄化力というものは凄まじいらしく、邪神たちが唾のように吐いてこびりついた呪いも薄まって、世界を席巻したかつてのデスペラードたちと比べだいぶ弱まった者が生まれるだけらしい。

 その俺のような雑魚とは比べ物にならない先人たちが、かつての脅威を感じさせないほど無残な姿をさらしている。


 ここに居続けると危ないな。意識が溶け始める、魂が削れてきている、目に見えない変化が起こり始めている。

 デスペラードたちはこうやって体を取り上げられ、魂だけの存在にされたのか。いやそれだけではない。漂う魂たちが、俺の体を乗っ取ろうとしているのも原因か。

 ここは牢屋ではなく処刑場じゃねえか。ある程度は各越していたが、やっぱりだ隙がないじゃないか。


「なんとかして、ここから出なければ・・・・・・」


 這いつくばり体をよじらせながら、少しでも前へと進む。

 たとえ出口がどこかわからなくても、何か行動しなければどこにもたどり着くことができない。今までもそうして危機を乗り越えてきた。必ず出口があるはずだ。


「こんなところでくたばってたまるか・・・! まだ、ボロコのことを聞けてないんだぞ!!!」


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 そんな必死の抵抗をあざ笑うかのように、こいつらは叫び続けている。まるで早く肉体を渡せと言っているかのようだ。

 一瞬意識を飛ばしそうになる。体がもうこの空間に耐えられそうにない。

 まぶたが閉じかけた時、視界が光で満たされた。


******


 気付いた時には、小綺麗な部屋にいた。オリエンタルな調度品がいい味を出している。広さはあの途方も無いほどの奥行きを感じるほどではなく、人一人が住むには十分の広さだ。ただし、天井はどこにあるのかわからないほど高い。

 そんな場所に、何かがいた。特徴はなにかがわからない。ノイズが掛かっていて、輪郭すら判別できず生物なのかがわからない。

 これを視認した時、強い頭痛が襲った。今度は黄金の霧にが漂っている場所の比ではなかった。


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 何かが頭に語りかけてくる。さっきと同じ、いやそれ以上だ。何かが入ってくるというより、作り変えられたいる感じだ。


 「3q3jteqeywrt/」


 相変わらず何を言っているのかがわからない。だが、今度は耳で聞き取れるようになってきた。それに頭痛も和らいできて、何かのノイズも晴れてきている。


「大丈夫ですか!? 大丈夫なら返事をしてください!」


 東洋人の男のようだった。豪奢な服が汚れるのを気に止めず、膝をついてこちらの顔を覗き込んでる。吸い込まれそうな黒い瞳に、何かいい知られない恐怖を感じた。


「君は一体・・・?」

「よかった。返事をしてくれた。突然現れたと思ったら急に苦しみ出して。何事かと思ったよ」

「突然現れた?」

「うん。光が溢れて、そこからブワーッと。君すごいね! 体の調子はどう? どうやったの!? どうやったら僕もできる?」


 なかなか幻想的な登場をしたらしい。男にとってその時の出来事はいたく感動したようで、声が弾んでいる。心配してくれてもいるようだが、好奇心が優っているようだ。神秘的な出来事が好きなのか、どうやったのか聞いて来るが、自分でもどうやったかわからないので返答に困る。

 

「いや、無我夢中だったから自分でも何が起きたのかわからない。少なくとも、発光する特技は持ってない。体はもう大丈夫」


 キラッキラした瞳が落胆に変わり、肩を落として目に見えて落ち込んでいる。ここまで俺に何か期待されていたのかと知ると、若干申し訳なく思う。俺は何も悪くないが。


「そんなに落ち込まないで。世の中には面白いことがいっぱいあるから。落ち込むには早いよ」

「ーー面白いことッ!!! どんなこと!?」


 面白いくらいに興味を示す。鼻息を荒くして見つめるから、


「そうだなぁ・・・例えば、モヴィーディックなんてどうだ。海を守護する鋼の聖獣。邪神を見つければ、陸の近くまで追い回し、かといって人間の味方でもなし。近くで見れば、その細かい機構に目を奪われること間違いなし。あと、七つの丘もあるな。聖神教が管理している防衛機構で、モヴィーディックと比べれば見劣りするが、一度起動すればその迫力でファンになること間違いなし! らしい・・・。他にも義理人情に厚い、不思議な体術を操る東洋の侠客達。栄光なんぞ知ったことかと、嬉々として嵐に挑みまだ見ぬものを追い求める、大バカ野郎の海賊達。それから・・・」


 俺はゆっくりと語り始める。旅した場所で目にしたもの、出会った人たちを。

 思い返して見れば、ずいぶん昔のことのように感じる。デスペラードは人間より長く生きるから、すっかり別人になっているもしれないし、彼らはもう死んでいるかもしれない。それでも叶うなら、もう一度会いたいなと思う。ボロコを訪ねたのも、もう一度会いたいと思ったからだ。ダメ元で会いに行こうとしたら、助けを求めていたが見つからず、探して見れば当の本人は死んでいた。人間と関わると、こういう喪失感からは無縁でいられないと先達から忠告を受けて覚悟をしていたが、やはり来るものがあるな。

 予定よりも、多くを話してしまった。だけどあまり疲れた気がしない。むしろ楽しくなって、途中身振りを交えて話を進めた。相手も楽しんでくれただろうか。


「とまあ、いろいろあるのさ。満足したかい?」

「なんだか、途方も無い話だなぁ。でも、すごかった、凄すぎて想像もつかないや」

「どうやら気に入ってもらえたようだな」


 ある部分を除いて、俺の体験談はあらかた語り尽くした。男は飲み込むことができず、上の空になっている。俺の体験談は普通に聞けば荒唐無稽で、他人が聞けば出来の悪いホラ話にしか聞こえない。でもこの男は、真摯に聞いてくれた。それが、たまらなく嬉しかった。


「そういえば、まだ名前を名乗っていなかったね。俺はウティス。今度は、君のことを聞かせてくれないか」

「僕? 僕はずっとここにいた」

「・・・ここにいたというのはどういう」

「そのままの意味だよ。気づいたときから、僕はずっとここにいたんだ。動く模様を見たり、時々聞こえる声に耳を傾けながら、ずっとここで過ごしていたんだ」

「じゃあ、ここに連れてこられたというわけじゃ無いんだな。親とか兄弟、友達はいないのか?」

「いないよ。というより、ここに来る前の記憶がない。僕は、ここだけが世界の全てだと思っていた」


 男はなんともなしに言ってのける。それは、とても寂しいことだと思った。見た所、彼は人間だ。この異常な空間に最初からいて、記憶がないということを除けば、至って平凡な人物に見える。

 監獄の地下のさらに奥、異常な場所で一人ぼっちの人間に出会うなんて思いもしなかった。


「なあ、もしもの話だ。俺はここから出るつもりだ。君が良ければ、一緒に来ないか?」


 男はその言葉の意味が掴めなかったようだが、すぐに花が咲いたような笑みを浮かべた。


「いいの!?」

「いいさ」


 無性にほっとけなかった。こんな寂しいところで一人ぼっちでいる。ただの人間が、おおよそ人間らしいことを知らぬまま死んでいくのが俺には納得できない。彼は語った体験談を嬉しそうに聞いてくれた。なら、


「自分も味わってみたくなるよな」

「うん!」


 男は声を弾ませ、屈託のない笑顔で言った。

 彼がどういう理由でここにいるのか、それは気がかりでもあるが、彼の喜びようを見れば瑣末なことだろう。

 彼を見た時に、頭が割れんばかりの痛みも、きっとあの黄金の霧たちに当てられたせいだろう。魂だけの存在になっても、昔のデスペラードなら呪いでも吐けるだろうし。


「君、名前は? さっきから聞いてるけど」

「名前・・・ああ! ごめん、あんまり興奮してて野放しにしちゃったね。僕の名前はシエ。これからよろしくね」


 男は手を伸ばす。どうやら握手を要求しているようだ。拒む理由もないので、その手を握り返す。


「よろしくシエ」


 握手がなんなのかは知っているんだなと、俺は少しだけ不思議に思った。そんなことは些細な事か。それよりもここを出て、監獄を脱出した後のことを考えよう。まだ時間はあるはずだ。

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