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第3話

 イフの監獄には隠された秘密がある。その秘密を守るには、我々だけでは心もとない。知れば君の人生に大きな影響を及ぼすだろう。最悪、死ぬことがましだと思えるような目にあうかも知れない。君にこんなことを頼むことに申し訳なく思うが、君のような人間にしか頼むことができないのだ。どうか私の話を聞き、共にこの監獄を守ってくれないか。


 署長と初めてあった時のことを思い出す。あれは黄昏時の執務室の出来事。私が着任して1日目の時だ。山の背に隠れゆく夕日が一際美しかったことを覚えている。

 その時の私の腹は決まっていた。フランの第2の権力者である宰相リシューの部下だから、私の経歴を知っているからこそ持ちかけた。なら、きっと、闇にうごめくもの関連なのだろう。

 

ーー聞かせていただけませんか?


 私は間髪入れずに答えた。署長は驚き、そして悲しそうにしながらも淡々と教えてくれた。

 ソゴメの街に住まう一族と監獄の奥底にあるものについて。

 私にとってその話は驚きの連続だった。なにせ幼馴染であり、私が街を出た時には処刑人の家業を継いだニコラ・バルテが、まさか闇に蠢くものの関係者だったなんて信じられるだろうか。思えば、ニコラの父は人に嫌われるような立ち振る舞いをしていた。もしかしたらあれは、単なる人嫌いではなく、こちらに気を使ってのものだったのではないか。


「いや、人嫌いには違いないか」


 目の目にいる男を見て呟く。少なくともあの人は公開処刑の時に、決まって罪人が叫び上がる時は恍惚の表情を浮かべていた。


「あなたは一体どっちなんでしょうね」


 男に向かって問いかけるが答えない。この男に意志はなく、与えられた役割を遂行するだけの機械でしかない。そう、署長から聞いていたことを思い出す。

 本当にどちらなのだろうか。バルテ一族はもともと墓守を生業としていたと聞いて入る。この監獄を作られた時に、処刑人に転向したらしい。きっとこの場所、というより門と関係があるのだろう。

 この門を守るために墓守の一族の当主は死後、この場所に魂を縛り付けられ役割を終えるその時まで、門を守護する運命にある。

 ニコラの父が死んでから、この空間が変質したと言っていた。それで不安定になったとか、崩壊の兆しが見えたということではなく、むしろより空間の存在力が上がったらしい。調べてみればニコラの父の魂がこの空間と混じり、この空間そのものになったとか。つまりバルテ一族はニコラの父の代で、地の宿命から解放されたことになる。


 これが父親としての願いから生じたのか、はるか昔、初代の墓守の時から決められた運命なのかわからない。

 真相を知るニコラの父は、物言わぬ防衛機構となって知ることは叶わなくなった。


「本当に父親としての愛なら、ニコラも少しは救いはあるんだけどなぁ。あの様子じゃ、何もしらなさそうだし。せめていうこと言ってから死になさいよ。このダメ親父・・・」


 考えれば考えるほど腹が立ってきた。処刑人はただでさえ避けられ、排斥される職業だ。影響は本人だけでなく、その子供、子孫にまで及ぶ。そんな環境で育った子供が、自分自身に相当なコンプレックスを持つはずだ。現に目の前の男はそういう過去があったからこそ人嫌いになったのだろう。ならせめて子供に生きる希望になるようなものを残して死ぬのが、処刑人の父親としての役目だろう。


 目の前の男は、あり方は変わってもニコラの父には変わりない。この怒りを物理的にぶつけてしまおうか。この空間を破壊しようとしない限りは、何をされても抵抗しない。ここには私の行為を咎める人間はいない。やるなら今しかないか。


「さあ、どう痛めつけ」


 不意に人の気配を感じ、出かかっていた言葉を飲み込む。聞かれていなかっただろうか。曲がりなりにも厳格冷徹な副署長として通して入るのだ。もし聞かれたりでもしたら、場合によっては一生眠りについてもらうことになる。そうならないためにも、鍛えに鍛えたネゴシエーションで丸め込まねば。


 気配をする方を見ると、尋問官とデスペラードの男がいた。みんなひどく憔悴しているように見えるが何かあったのだろうか。


「お前たち遅かったな。・・・何かあったのか?」

「アニエスちゃん・・・・・・」


 何か感激しているようで私の名前を言う。とりあえず、ちゃん付のことは後で聞こう。


「先に行っていると思っていたが、もしかしてその男が暴れたのか?」

「いえ、いえ! 道中のトラブルはありましたが、この男が暴れることはありませんでした」

「では何があったと言うのだ・・・」

「階段です。ずっと階段を降りていました。まるで冥界にまで続くと思われる階段をずっと。あんなの普通じゃない。あれは、私たちが来るのを拒んでいたかのようでした」


 何かを思い出したらしく、尋問官の口調は早くなり顔色が悪くなっていく。彼らが体験したのは、おそらくこの空間の防衛機構の一つだろう。侵入者を排除するのではなく、通さないための仕掛け。終わりのない道のりを進ませる、永久螺旋階段。もしかして、デスペラードに反応したのか。


「それは災難だったな。だがもう安心していい。今後お前たちに、ここに来させるような真似はしない。その代わり、わかっていると思うが、ここについては他言無用だ」

「ハ!」


 精一杯力強い敬礼の後、彼らは地上へと戻って行った。デスペラードが原因だったとしても、途中で抜け出せたのなら無害と判断されたのだろう。もう仕掛けは作動しないはずだ。彼らも無事地上に戻れるだろう。 

 

「さて、ウティスといったか。また二人きりになったな」

「そこの男はどうなんだ? いや、本当に人間か?」

「察しがいいな。だが、それはお前には関係のないことだ。詮索は控えてもらおう。お前はこれからここではないどこかにいってもらう」

「どこかって?」

「それは行けばわかる」


 私は懐から、金でできた輪っかの装飾を出した。指を髪切り、滴ったちを金の装飾に垂らす。これは門を開けるための鍵だ。目の前にある扉を開き、ここではないどこかに偉業を封印するための鍵だ。この鍵とこの空間こそがイフの監獄が作られた最大の原因なのだ。

 鍵を外套に身を包んだ男に差し出す。


「イフの監獄副署長アニエスだ。デスペラード収容のために解錠を要求する」


 鍵が光り出し、それに合わせて門の模様が動き出す。やがて一つの生物の形となった。その生物は目玉の集合体のようだった。かと思えば人間のような形をとっているようにも見える。おそらくこれは、闇に蠢くものの一体なのだろう。

 デスペラードをちらりと見る。何か有益な反応がないか期待して見たが、驚くことなく泰然としている。アルテルフの瞳については知らない様子だったが、それでも闇に蠢くものについては何かで出くわしたのだろう。でなければ、初見でここまでどっしり構えられるわけがない。 

 門が赫く光だし、亡者の悲鳴のような音を立てながらゆっくりと開いた。


「さあ入ってもらおうか」

「確認したい」

「今更なんだ? いつ出られるかか?」

「そうじゃない。再び出ることができたら、ボロコに何があったのか全て教えてくれるのだな」

「言っただろう。それはお前次第だと」


 さっさと入れと含んで言い話す。こいつは私との会話の内容を覚えていないのか。


「・・・・・・」


 デスペラードは私の言葉を聞いたきりその場から動かなくなった。あんまりにも長い時間その場にいるからだんだんイライラしてくる。


「早く入れ!!!」


 私はデスペラードの尻を蹴り飛ばす。我ながら見事に蹴りが右臀部に決まったと思う。

 デスペラードは不意を突かれて、みっともない声をあげ門の中へと入っていった。

 門は役目を終えたと言わんばかりに、ゆっくりと閉じた。


 初めて門を使ったが、随分と呆気なかった。あまり多用はするなと聞かされていたから、一体どんなものかと身構えていたが、そうでもなかった。

 いや、油断はしないほうがいいか。私よりもっと上の人間も、この場所について全てを把握していないようだった。今後デスペラードを相手にするときは、後顧の憂をなくした上で、すぐに処断したほうがいいだろう。そうすれば、こんなところに何度も来る必要はなくなる。


 そういえば、鍵を取りに行く時きになる報告を聞いた。それにこれ以上ここにいると、静寂で耳が痛くなるので、そそくさとその場を後にした。

 

 



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