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第1話

 けたたましい声と、差し込む朝日で目を覚ます。夜勤の疲れを癒すため、微睡んでいた兵士にとっては不愉快極まりなかった。一つ抗議してやろうと、騒ぐ奴らを捕まえる。


「おい、一体何の騒ぎだ。こっちは疲れておネムなんだよ」

「なに呑気行ってんだ。今は監獄史上最大の危機かもしれないんだぞ」


 その一言で目が冴える。伊達で監獄の兵士をやっているのではないのだ。


「詳しく聞かせろ」

「切り替え早いな。詳しくは知らんが、街の自警団を全て倒してしまった奴が来たらしい。暴れられないように、いつでも備えなきゃならんくなった」

「・・・何だそんなことか。それくらい今起きてる奴等だけで対処できるだろ。俺はもう寝る」

「そんなことって・・・危機感がないなぁ」

「そんなの相手じゃ、俺たちじゃ束になっても相手にならんよ。むしろ、アニエスちゃんの邪魔になる」

「いや、でも」


 ズン、という大きな地響きがあ足元に響き渡った。二人は何事かと地響きがする方へと向かった。同じ違和感に気づいた仲間たちが人の群れを作り、その先には副署長であるアニエスと見慣れない男がいた。男片膝を地面につきアニエスを見上げている。これは決着がついた後なのか。男の顔には尋常ならざるほどの汗を流していた。


「一体なにがあった」

「見ての通りだ。アニエスちゃんがあいつを押さえつけたんだ。すごいのなんの、少しの睨み合いの後、目も止まらぬ早業でアニエスちゃんが仕留めたんだ」

「経緯がよくわからんが、もう解決したのか。にしてもアニエスちゃんの一撃を受けて倒れないとは、手心を加えたのか?」

「多分な。達人は相手を殺さずに再起不能にすることもできるらしいからな」


 同僚は顔を赤らめて妙に興奮しているようだ。アニエスの活躍ということになると妙に早口に、流暢になるのがこの監獄の兵士たちの特徴だった。

 兵士たちがアニエスの技に見ほれている時に男は再び動き出す。

 男が逃げようと一歩を踏み出す。だが、又してもアニエスの一刀に阻まれた。今度は明確に、兵士たちの目でも追えた。アキレス腱、脇下、首を狙った必殺の念を込めた剣閃に打たれ、今度こそ男は地面に身を投げた。

 あまりの早業で皮膚が切られたことを認識していないのか、血が一滴も流れていない。

 大きな歓声が監獄中に響き渡る。戦場でも、ただの一騎打ちでもここまで盛り上がるまい。アニエスの勝利だからこそ兵士たちは声をあげたのだ。


「騒いでないで、誰かこいつを尋問室まで運べ! 私自らこいつの尋問をする」


 アニエスは長剣を鞘へと戻し、優美な足取りで尋問室へと向かった。見えなくなるのを見計らって、兵士たちは倒れ伏している男に群がった。


「どけお前ら! こいつをアニエスちゃんのところまで運ぶのは俺だ!!!」

「黙れスケコマシ! お前夜勤明けで眠かったんだろ。とっとと部屋に戻っていい夢みろ!」

「俺はまだ、アニエスちゃんとお話ししたことがないんだ! 頼むから機会をくれ〜!」


 あまりにも不毛な争いだった。誰が一番アニエスの役に立つのか、お話しする権利を得るのかを争っていた。

 何と醜く愚かな者たちなのだろうか。アニエスにふさわしいのは、ソゴメの街の自警団団長にして処刑人であるニコラ・バルテただ一人。あのカップルの仲を引き裂こうなど、監獄副署長親衛隊内では禁忌であったはず。アニエスたちの仲を守り、彼らを誅伐し目を覚まさせなければならない。そのためにも、この男は自らの手一つだけで連れて行かねばならない。


「アニエスちゃんの元まで連れて行くのは俺ダァ!!!!!」


 この監獄の兵士たちは、副署長のこととなると一斉にタガが外れるのだ。


******


 危なかった。あの男が逃げることに専念していなかったら、私の命運は今日、あの場所で尽きていた。部下達の手前、気丈に振る舞ったが、周りに誰もいなくなると急に汗が噴き出してきた。それに手が震え、足取りがおぼつかない。だが弱気になってはいけない。今この監獄には所長がいない。帰ってくるまでの間、私が守らねばならないのだ。

 私は汗をぬぐい、頬を両手で叩き自らを鼓舞する。


 事の起こりは、今朝の急な囚人の移送。何の連絡もなしで寄越してきたことに抗議をしに行こうとしたら、まさかデスペラードに出くわすとは思いもしなかった。


 デスペラード、異界の神の下僕にして、人間として生まれてこれなかった哀れな生き物。人から生まれ、人と同じ姿をしながら、決定的に違う存在であり、長命なことから人と同じ時間を生きられないはぐれ者。

 初めてあったが人間と変わらぬ、若々しく、ものすごく端正な顔たちをしていること以外特徴のないやつだった。異界のものと短くも、濃密な時間を過ごしていたからこそ身についた、ある種の予感があったからこそ見抜くことができた。昔は戦場ではよくデスペラードを目にすることができたようだが、ある時期を境にどこかに隠れたと聞いている。そんな奴が、なぜ姿を現したのか、街の平和を守るためにも問いたださねばならぬ。

 

 私はすり減った石段を登り、尋問室まできた。仲を開けてみれば、ちょうど尋問官達が、囚人相手に拷問中だった。


「精が出るな」

「これは副署長! おはようございます。この男のことですが、口が硬く、どうやら痛みで訴えて口を割らせることは不可能かと」


 尋問官達たちが手を加えていた囚人は、手足の指の原型がなくなるほどすり潰されており、耳と鼻も無くなっていた。囚人は痛みに耐えきれなかったのか、気絶しているようだ。


「ならば体ではなく心に訴えろ。方法は任せる。それと暫くの間、人払いをしてくれ。これからくる囚人を私一人で尋問する」

「かしこまりました」


 尋問官達は気絶している囚人を起こし、尋問室から出た。その入れ違いに、あの男、デスペラードが来た。運んで来た兵士は何故か、顔が腫れていて、服もボロボロだった。そのくせ私の顔を見ると、まるで戦に勝ったかのように笑顔を浮かべた。


「ふくしょちょう・・・・囚人の移送にきました!」


 口から出た唾に、血が混じっているのが見えた。一体何があったのだろうか。まさか、囚人が暴れ出したのか。


「その傷はなんだ」

「これでありますか。これは・・・・・・・私の不注意であります!」


 そんなわけないだろう。妙な間があったから、間に合わせた言い訳だろう。あとでゆっくり聞かせてもらおう。


「そいつをその椅子に乗せろ。終わったら任務に戻れ」

「ハッ!!!」


 兵士は囚人を椅子に座らせたあと、妙にソワソワとしながら私とすれ違い尋問室から出た。

 私は囚人と向き合うように前に出る。そろそろ始めよう。


「起きているのだろ? 下手な芝居はやめたらどうだ」

「なんだバレていたのか。ま、ふて寝をきめても意味がないよな」


 囚人はうなだれていた顔をむくりと起こす。本当に起きていたのか。息遣いから本当に寝ているのかと思っていた。

 デスペラードは一週間、食べることも寝ることもしなくても、戦うことができると聞いていたからこの態度に疑問を持っていた。


「今のお前に何もすることはできない。それはお前が一番よく分かっているな?」

「ああ、思うように力が出ない。まさか君が騎士団の関係者だったなんて知らなかったよ。分かっていたら、もっと上手くやれたんだがなぁ」

「ならば私がデスペラードの殺し方に通じていることには想像がつくだろう。今のお前は私に敗れ、その命は私の思うがままだ。死にたくなかったら、私の質問に答えろ」

「やだよ。答えたところで助かるわけでもあるまいし」


 想像力はあるやつだな。捕まった経緯を聞いていた時は間抜けなやあつだと思っていたが、考えは改めるべきか。


「それなら取引をしないか?」

「・・・取引?」

「そうだ。人を探してこの街に来たのだろう? だが来てみれば、どこにもおらず、聞いても誰もか耐えてくれない。私はお前が探している友人を知っているし、実際に会話をしたこともある。そいつがどこにいるのか、質問に答えたら教えてやろう」

「だが、お前がそいつと知り合いという証拠はどこにもない」

「騎士ボロコの屋敷にある、イチイの木に隠された手紙を読んでここに来たのだろう?」

「!」


 喰いついた。男は驚愕で塗り固めたような顔をしている。こうまでわかりやすい反応をしてくれると、ちょっといじめたくなるが、ここは我慢だ。ここから一気に畳み掛け主導権を握ろう。


「まず自己紹介をしようじゃないか。私はアニエスという。お前は?」

「・・・俺はウティスだ」

「よろしくウティス。堪能なフラン語だが、もしかして出身はフランか?」

「イスパーニャ国境付近の開拓村で生まれた。15の時に村を出てから世界を旅している」

「それは思い切ったことを・・・そうでもないか。その年になると、デスペラードの外見の変化は止まるというからな。閉鎖された村は信仰深いから、排斥されて居られなくなったから旅に出たのか?」

「そんなところだ」


 当たり障りのないところから、踏み込んだところまで聞いてみたが、まるで掴めない。何より名前から偽名くさい。

 大抵脛に傷があるやつは、経歴を欺くため偽名を使い別人として生きていくことが多い。それに、異界の神に連なる者たちは、名前を知られないために偽名を使うという。デスペラードの対策方法には、偽名を使うことで運命を操り殺すことができると聞いた。

 相手もこちらが尋問のプロだと分かっているはずだ。嘘をつき続ければ、欲しい情報が手に入らないことはこれまでの会話で理解しているはずだ。

 まだ疑っているのなら、こちらも少し情報を出すか。


「私も同じ歳にこの街を出たんだ。旅ではなく、仕官するためだがな。訳あって兵士として任務の遂行をする上で、お前たちのようなものと出くわす機会が多く、対抗するための力が身についた頃に、この監獄に配属された。23の時だ」


 言いながらその時のことを思い出す。その時の上司は奴らのことを、闇にうごめくものどもと言っていた。確かに、あのおぞましさと、気持ち悪さはまさにこの世のものとは思えない奴らだった。最初に出会い、事が過ぎた後は二度と出くわしたくないと思っていたな。


「それと一緒に奇妙なやつらと出くわすことがあってな。そいつらの影を見つけたら、草の根分けても見つけ出し、皆殺しをすることになっていた。アルテルフの瞳と言っていたな。お前たちと関係のある組織らしいが、何か知らないか?」

「知らないよ。そんな俺が考えたかっこいい悪の組織みたいな名前掲げてる奴等」


 そういう割には、声が上ずっている。何か知っているというよりも、好きなものを見て興奮したと言った風だ。小さい頃、男の子たちと遊んでいた時、よくごっこ遊びでこんな名前を考えていたな。こいつは男の子の心を未だに忘れない大人か。この調子ではおそらく知らないな。


「では、新教徒についてはどうだ?」

「? 聖神教は新しい宗派を認めたのか?」


 こいつは旅人のくせに、この国で一番暑く、危険な話題を知らないらしい。しかも、でスペラーであるからには天敵である聖神教会の情報も把握していないという迂闊さ。間抜けなやつだという人物評は間違っていなかったらしい。だが念には念を入れるために、もう一工夫を入れよう。だがその前に、約束は守らなければならないか。


「よく分かった。まだ聞きたいことはあるがこれまでにしよう。そうそう騎士ボロコのことが知りたいんだったな。ボロコは王家への反逆罪で、この監獄に収監されていた。そして去年、獄中死した」

「・・・・・・は・・・ぁ?」


 男の顔が凍りつく。言っている意味がわからないと言った風だ。無理もない。こいつがボロコの友人だというのなら尚更のことだろう。

 騎士ボロコは私の上司ほどの年代の騎士たちが、憧れ、目標としていた程の騎士だ。王家への忠誠が高く、死ねと言われれば自らの手で自死し、たとえ王家が自身を裏切ろうとも、決して忠義の念が揺らぐことはない。かつてはフランにボロコありと言われた程の騎士だ。その騎士が、あろうことか王家へ反逆するなぞ誰も考えられないことだろう。


「さあ話は終わりだ。尋問兵! こいつを地下まで運べ」


 扉が開き、待機していた兵士たちが入ってくる。男は抵抗しようとしているがうまく力が入らないらしい。それでも、悪あがきには十分だった。


「それはどういうことだ! あいつが王家に反逆なんてするわけがない。度胸もない。きっと何かの間違いだ。別人なんだろう?」


 組み敷かれながらも、顔だけをこちらに向け、すがるような瞳を投げかけてくる。頼むから、何かの間違いなんだと言っているようだった。


「事実だ。私も王都パリスで実際に顔をあったことがある。私もここで、ボロコの顔を見るまでは信じられなかったが」


 男はそれでも信じないとわめき立て抵抗する。いくら力が出せないと言っても、兵士たちの顔にアザを作るほどの力は残っているらしかった。

 鼻血を流している兵士が身の程をわからせようと、顔面をこれでもかというくらい殴る。デスペラードの皮膚は鋼以上に硬い。兵士の拳は赤く腫れていた。

 正直これほどの影響力があるとは思えなかった。だがこれは思わぬ収穫だ。あともうひと押しで、陥落するだろう。


「これ以上何か聞きたければどうすればいいか、これから行くところで考えるんだな。連れて行け」


 私は興味をなくしたと言った風に装い指示を出す。男もそれ以上の抵抗は無駄だと悟ったのか、大人しくなった。兵士は男の腹に、一発拳を入れようとしたが、赤く腫れた拳を思い出したようで、振り上げた腕を下ろした。

 男はうなだれた様子で、兵士たちに運ばれて言った。これである程度の仕込みは終わった。奴が出てこれるようになった時には、まだ口にしていない何かがわかるだろう。


 

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