精霊マコと精霊ヒソク
アトアスが目を開けると、そこにはジョーイよりも筋肉質な男がいた。筋肉質といっても筋肉隆々という訳ではなく、細身だったジョーイに比べてのことであり、平均的な男性よりは筋肉がある、という程度だった。
「俺はマコ•シオワイだ、マコって呼んでくれよナ。」
「…精霊って一人一人姿が違うんだね。」
マコは体つきは勿論、顔つきもジョーイとは違っていた。髪と瞳は桔梗色で、髪は肩に届くくらいの長さだった。顔の彫りも深く彫刻のような鼻筋をしており、目力が強かった。アトアスはマコを興味深そうに見つめた。
「人間と同じように姿は各々違うネ、年齢や性別はないけど、人間みたいに各々決まった姿があるようなんだよナ。」
マコの喋り方は少し独特で、語尾が少し粘着質だった。声の大きさは一定で、語尾を伸ばす訳でもないのに特徴的な喋り方だった。
「マコは何の精霊なの?」
そうアトアスが尋ねるとマコは少し困ったような顔をした。
「うーン…俺の力は説明しづらいというカ…実際に見せるのも向かないというカ…」
「危ない力なの?」
「使い方によっては非常に危険だナ、でもそれは水でも何でも危なくなるんだけド…アトアスは毒キノコ知ってるか?」
「毒キノコ?うん、知ってるよ。あれ、俺名前言ったっけ?」
アトアスは今更ながら、自分の名前を精霊たちに教えていなかったことを思い出した。
「お爺さんと話してる時アトアスって呼ばれてたから知ってるんダ。」
とマコは答えた。アトアスは「なるほど」と納得した。
「それで毒キノコの話だけどサ、毒キノコには毒があるだロ?そういう毒みたいなの作れるんダ。」
「ど、毒!?」
アトアスは毒と聞いて思わずマコから一歩引いてしまった。
「厳密には毒じゃないんだけド…説明が難しいから毒ということにしとくヨ。…そんな無闇に毒出したりしないからサ…」
「…大丈夫だよね?さっきのジョーイみたいに俺にかけたりしない?」
アトアスは先程のジョーイの大人気ない行為を気にしているようだった。
「ッチ、ジョーイのせいで何故俺は疑われなきゃいけないんダ…」
『マコ、ごめ〜ん!アトアス、マコのこと信じてやってくれ!頼む!』
というジョーイの声が聞こえたアトアスは「分かったよ…」と呟いた。そして一歩マコに近づいた。
「ごめん、マコはそんなことしないんだよね?」
アトアスはマコを見上げた。
「あぁ、俺はジョーイとは違うからナ。」
『僕のこと根に持ってるね…』
そう苦笑したジョーイの言葉をアトアスは聞こえないフリをした。
「契約者に危ないことはしないヨ、よろしく、アトアス。」
そう言ってマコは右手を差し出してきた。先程ジョーイとしたように、アトアスも右手を差し出して握手した。
「あと四人も残ってるからナ。」
そうマコが言うと、またアトアスの目の前が眩しく光った。
アトアスが目を開けるとマコとは別の男が立っていた。男はジョーイやマコより背が低く、アトアスより少し大きかった。髪と瞳は珊瑚色で、後ろで緩く一つに結んだ長髪だった。彫りはマコほどではないが深めで、しかしどこか愛嬌がある顔をしていた。
「や〜、やっと私の番がやって参りましたね!待ちくたびれましたよ!何処の誰とは言いませんが、水の精霊のジョーなんとかさんの話が長くて長くて」
アトアスのことなどお構いなしに一人で漫談のように男は喋り始めた。その様子をアトアスは思わず口をぽかんと開けて眺めていた。『長くて悪かったな!』とジョーイの声が聞こえた。
「あ、申し遅れました。私ヒソク•ミロザモと申します!どうぞヒソクとでも、何なりと
お呼び下さいね〜!」
ヒソクと名乗る男は漫談のような口調を崩さずアトアスに話しかけてきた。
「お、おぉ…」
アトアスが若干引いている様子にもヒソクは臆せず話し続ける。
「あらあら、もしかして私の勢いに引いてます?ごめんなさいね〜私よく喋るんですよ〜こういう風に口で喋れるのが嬉しくって嬉しくって…あ、私に聞きたいことありますか?」
ヒソクのマシンガントークに押されていたアトアスであったが、急に「聞きたいことがあるか」と問われて戸惑った。
「ひ、ヒソクは何の精霊な「私が何の精霊かということですね〜!?お答えしましょう!」
アトアスが言い終わる前に割り込んできたヒソクにアトアスは顔をしかめた。
「私はですね、ちょっと変わった力です。私は限定的ですが、その土地の歴史が分かるんですよ!」
聞いてもピンとこなかったアトアスは首をかしげた。
「それって…どういうこと?」
「そうですね!試してみましょう!」
そう言ってヒソクは立ったまま左足に重心をかけ、右足の爪先を地面につけた。そして十何秒かその姿勢のままだった。アトアスは特に声をかけることなく黙って見守っていた。
「ううんなるほど…アトアスさんは生まれは摩訶不思議、嵐が過ぎ去った後に現れた赤ん坊だった訳ですね!」
「な、なんで知ってるの!?」
そのことを精霊たちに言った覚えがなかったアトアスは大変驚いた。
「これが私の力なんですよ〜!歴史、というくらいですから相当大きな出来事でないと知ることは出来ないのですが、アトアスさんの登場は島では大きな出来事だったようですね!」
相変わらず漫談のように喋るヒソクであったが、アトアスはふと思った。
「歴史って…知ってどうするんだ?」
「なんと!アトアスさんは歴史を知ることがどれほど重要かご存知ないのですか!?」
アトアスは頷いた。というのも、この島には学校らしい設備はなく、子どもは親や島の人から自然に学ぶのだった。つまりアトアスは勉強らしい勉強をしたことがなかった。昔の島のことを聞いたことはあったが、あくまでも過去の話としてアトアスは聞いていた。歴史を学ぶ意義を知らないのだ。
その旨をヒソクに伝えると、ヒソクは大袈裟に驚いた、と思えば次の瞬間には至って真剣な顔をして「そういうことか…」と呟き何やらあれこれ思案しているようだった。
しかしその真剣な様子もすぐに先ほどの調子を取り戻したように喋り始めた。
「ま、徐々に分かってくることでしょう!何と言ってもこのヒソクと契約したのですからね!」
なんとも忙しい様子のヒソクをアトアスは少し冷めた目で見ていた。なんとも掴みようのない男(精霊)だと感じていた。
「このヒソクをよろしくお願いしますね〜!」
そうヒソクが言うと、勝手にアトアスの右手を両手に取った。そしてまたもや眩しい光にアトアスは目を瞑った。