8.冴えないのは姉貴であって、俺じゃない
部屋同士の壁が薄い。
これはもう逃れようのない事実であり、聞きたくなくても、駄々洩れ姉貴の奇声が聞こえまくりな毎日である。
『うお~こんにゃろ~! ていっ! とぅっー!? こんちくしょー! あぁ、これはあたしでは無理なのかー!! 無理に違いなーい!』
声を出すゲームではないのに、声を出すと同時に、全身をフルに可動させるのが姉貴の特技だ。
今まではまたいつもの奇声か。などとシカトを決め込んでいたが、明らかに俺が怒鳴って来ることを望んでいるかのような声量で、あざとさをアピールするようになった。
これは今後の快適な睡眠時間を確保するために、自衛策を取るしか無さそうだ。
「うるせー! 今何時だと思ってん――」
「うるうるうる……真緒ぎゅーん!」
「なっ……何ですか」
「頼む! 一生のお願いです……ラスボスを倒してくれ、ください」
案の定だが、アクションゲームをやっていた。
それも意外だが、ラスボス手前まで来ていながら、ライフゲージは満タンだ。
恐らく直前まで、何度もコンティニューをしていたに違いない。
「いや、それ俺、やったことないんだけど……」
「簡単、かんた~ん!! 親指連打するだけでイケるぜ! さぁ、やっておくれ!」
「だったら、桃未さんがやられてはいかが?」
「あ、いや~前言撤回! あたしの親指は冴えないんでする。真緒くんは冴えてる、冴えてるよ!」
「当然。俺はいつでもどこでも冴えてる。だけど、親指は――」
「真緒くんはお姉ちゃんがお嫌いなの?」
「は、離せ!」
親指を使うのを拒んだだけなのに、姉貴は俺の手をギュッと握って来た。
こういう無意識な行動もあざといと言えるが、断れない部屋の中に足を踏み入れてしまったのは、冴えない俺の完全なるミスである。
「離さな~い……頼むよぉ」
「……分かったよ。やるけど、全滅しても泣くなよ?」
「泣かないけど、弱みを一つ握らせて頂くぜ!」
「はいはい、ほい。終わり」
「早っ!? えー……」
「じゃあ、そういうことで」
何に苦戦していたのかというくらい、あっさりと倒し、自分の部屋へ引き返そうとすると――
「真緒くん……あたしのお部屋に遠慮なく、遊びに来てもいいんだからね?」
「うっ……」
「姉弟なんだよ? ここじゃ彼氏のフリしなくても、一緒にいていいんだからね」
「け、検討しとく」
「待ってるね!」
家の中は色んな意味で危険だと知った。
姉貴はあの手この手で、俺を惚れさせようとしているんだろうか……と。