5.彼女というより姉っぽい?
「ふんふんふんふ~ん」
姉貴の桃未は部屋が近い……というより、あってないような薄いドアがそこにある。
自宅を去年改築したのに、俺と姉を隔てる一枚のドアだけ改修されず、勢いよく押せば今にも外れそうだ。
当然だが声は筒抜けで、常に姉貴の歌声やら鼻声が聞こえて来るし、何かと戦っている声も聞こえる。
「うぉーい! 真緒くーん」などと、遠慮なく呼ばれるので、一度呼ばれたくらいじゃ返事はしない。
「ま~~お~~くぅーーん!!」
「あーうるさい。何ですか?」
「敬語なんて使わないでおくれよ。桃未さんは泣きたくなるじゃないか」
「泣いていいよ。誰も見てないから」
「女を泣かせる子に育てた覚えは無いぞ! いや、まぁ……真緒くんは育て甲斐がありそうですな。むふふ」
学校でも感じていたが、姉貴は見た目に反して、まるでお姉さんらしさが見当たらない。
ふわふわ系美人として学校で名を馳せていると誰かに聞いたけど、まやかしだろう。
「何か用が?」
「それです! 真緒くん、これから共に神社のお祭りに出かけよう!」
「は? まだ夏じゃないけど、どこの世界の神社へ?」
「ノンノンノン! イベントだよん。本物じゃなくて、AR神社さ!」
「歩いて探すアプリのアレか? 何で休日に歩かなきゃいけないんだよ」
「それはあの~……やはり部屋に籠っているのはお互い、よろしくないと思うのですよ。もしこのまま部屋の中から出て来なくて、真緒くんの足が退化したらあたしが全て面倒を見ることに……それもいいのか!」
姉貴は普段からアプリやら家庭用ゲームやら、アニメなどを堪能しまくっている。
それだけにその世界に入っていきがちになることがあって、実際の出来事のように話すから厄介だ。
「それでですね、ソロでイベントに行くのは悲しいので、是非とも彼氏になって頂きたく……」
「じゃあ行くぞ。行って来ます」
「こら、早いぞ! 女には身だしなみが! ま、待って~~!」
「待たない。ジャージ姿でいい」
と言いつつ、外に出た時にはどんな素早さを発揮したのかってくらい、美人な姉に様変わりしていた。
「ほら、迷子になるよ。あたしと手繋ぎをしなさいね?」
「え? 誰?」
「あなたの姉……ではなく、女ですよ? 桃未って呼んでいいのよ?」
「いや、女って……」
「神社は神聖なる場所。そこに来た時点で、あたしは本気出す……じゃなくて、本気を出すのよ?」
姉貴の言う神社とはもちろん本物では無く、限定スィーツを提供しているカフェなわけだが。
カップルだらけの列に並ぶのも嫌だが、彼女として見られなければスィーツを提供されないとかいうおかしなルールらしい。
しかし今回はどう見ても彼女ではなく、どう見ても姉である。
「ほぅら! あたしから離れては駄目! 真緒くん、すぐ迷子になるでしょ?」
「あっ……はい」
グイグイと腕を絡めて来る頼もしさは、どこかの世界から来たお姉さんそのものだった。
「ふふふ~ん! スィーツゲッツ!」
「気のせいか」
「どしたの?」
「な、何でもない……です」
甘い味のスィーツに加えて、姉貴からの甘い香りには、うっかり惚れそうになりそうだ。
姉貴に本当の彼氏が出来たら、何だかそれは嫌だな。
姉っぽい桃未をごくたまに見せられて、思わずそう思った日だった。