37.ラブストーリーは唐突すぎた!
姉貴である桃未さんから彼氏のフリを頼まれた当初は、疑問ばかり浮かべていた。
美人先輩として有名な姉貴が、何故弟の俺を彼氏に出来るものかと、悩みに悩んだ。
しかし――
「でへへへ……いつ使おうっかな~? 次はまろやかすぎるプリンを、お代わりしまくるぜー!」
「……太る――ぞわっ!?」
「ノンノンノン! いくら真緒くんでも、その言葉はあまりに危険すぎるぜ。ふふふ……心配するでない! 食べさせ券の為に、運動しまくったよん~! このムチムチピチピチな腰を見るがいい!」
「よ、よせって! 恥ずかしいだろ、俺が」
「ひでえ!」
「ともかく、誰に狙われていたのか分かったのか?」
「むっ!? そ、それはだな……」
「うん、それは?」
「ま、真緒くんに教えられないシークレットな出来事なのでありまして、とてもとてもあたしの口からは教えられないのだよ。お分かりかい?」
姉貴は夏休みでの市営プール以降、口ごたえに加えて口が堅くなった。
弟の俺に、人工呼吸という名のキスをしたということが関係しているのだろうが、夏休みが終わっても姉貴を狙う犯人は、未だに掴めていない。
それでも狙われていた以前より、俺に対する接し方が柔らかくなってきた気がする。
そんなことを尾関に聞いてみたら、首を左右に振りながらため息交じりで返された。
「は~……美人先輩を狙っていた犯人はすぐ近くにいるのに、お前何にも分かってないんだな! 痺れを切らした先輩のことだから、お前を憐れんで優しくなったんじゃね?」
「何だよそれ~」
「ま、成立しない結末になるのは確実だろうけど、そのうち気付くだろ」
「……う、うるさいな」
もはやモブ化して来たダチの尾関だったが、答えをすでに知っていたからこそ、話しかけて来なかったらしい。
そして同じクラスの杏と果梨についても同様で、俺の様子を遠くから眺めて静観しているようだ。
もっともかりんとうだけは、空気を読まずにちょっかいを出し続けて来るが、だからって今すぐ変わるわけじゃない。
今日の下校は、色んな意味でけじめをつける日になる……そう決めたのは、俺自身。
「プーリンっ、プーリンっ! トロトロ~なプーリン! 大好きさー大好きなのさー」
「何だよその歌……恥ずかしいぞ」
「おおう! 手厳しいオトコですぞ。真緒くんは、あたしに容赦ねえぜ!」
こんなに変で不思議な姉貴なのに、どうしてその気にさせたんだろう。
どうして姉弟なんだよ……なんて思っているのは俺だけだろうなと思って、思い悩んでいたら知らぬ間に姉貴の顔が、斜め下から覗き込んでいた件。
「おわぁっ!?」
「おおっとぉ! 何か悩み事でもあるのかね、真緒くん」
「そりゃあ、ある。ありまくりだ! 桃未は悩みなんて、出来たこと無さそうだな」
「なんだとぅおうおう!! 悩んだぞ? そりゃあもう、真緒くんが大人になっていくのを間近で眺めているだけで、数百年くらい悩みまくったのだぞ?」
スケールがでかすぎるだろ……そしていつもの調子で話しかけて来るから、余計に悩む。
「ねえ真緒くん」
「何だよ?」
「真緒くんは、姉が大好きなんだな?」
「……好きだけど」
「桃未さんのことも大好きなのだな?」
「好――きだな」
「ぞわわわわわ!! やべえ、寒気が……じゃなくて震えが止まんねえぜ」
「気を悪くしたならごめん」
何を真面目に聞いて来たかと思えば、姉としても好きだし桃未個人にも好意を抱いていることを、強制カミングアウトさせられてしまった。
「そ、そうか~本当に、すまんのう……あたしも真緒くんが大好きなんだぜ? しかぁぁぁし! あたしこそが、真緒くんにとっての悪の権化! 彼氏のフリをさせてごめんね」
「い、いや、桃未は悪く無くて、それで調子に乗った俺が悪いっていうか」
「いーや!! あたしこそが、真緒くんをもてあそんだ悪女なんだぜ! でもでも、本当の彼氏には出来ないのだよ……あたし自身、真緒くん離れが出来ていないのが悪くてデスネ……」
犯人は俺だったわけか。
弟に人工呼吸して正体不明の恋煩いになった姉貴は、しばらく俺と会わずに過ごしていた。
「……まぁ、なんていうか……離れなくていいんじゃないかな」
「ほっほぅ……で、ではいいのだな? 恋人には慣れないんじゃぞ? それでもせめてアレだ。あたしが一足先に卒業するまで、真緒くんを独占してもよいのだな? イエス! ノウ?」
ハッピーエンドにはならないけど、桃未がそういうつもりなら、答えはもう決まっているよな。
「桃未のことが好きだ! 気が済むまで彼氏のフリをしてもいい。姉としても、彼女としても大好きなんだ」
「ほぉぉぉぉぉ!? ぞ、ぞくぞく来るぜ!」
「親父たちにはこのことを何て言う?」
「仮の彼氏ってことは承諾済みなんだぜ! 真緒くんにとっても、あたしにとっても、とってもポジティブ~! だから、真緒くんがあたしよりも本気の好きな子を見つけるまで、一緒に……ね」
「う、うん」
「おおおおおーーーしゃあああ! 真緒くんが良ければ全てよし! 桃未さん、頑張るよ! 頑張って、バケツ一杯のプリンを食べまくるぜ!」
「そっち!?」
血のつながりがあって、真面目に姉弟で、だけどお互いに好き。
これでいい……いいのかもしれないな。
今日も明日も、そのまた次の日も、俺の姉貴は可愛すぎる……いや、可愛すぎた。
~おしまい~