2.安いというか無料の授業料
一つ違いの姉弟。
そうは言っても、年上が大人への階段を優先的に駆け上がるとは限らない。
特に俺の姉貴には、たった一つ違いの壁というものなど、存在しないのだ。
「そこ行く後輩の真緒、おっす!」
「先輩おはようございます。何か問題発生ですか?」
「美人という言葉は知っているだろ?」
「綺麗な人」
「だよな! 道行く彼女に付き合っている男はいないよな? な?」
「……どうなんですかね」
「おっ! 来た来た! 桃未さぁ~~ん」
名も知らぬ先輩から、声をかけられることが当たり前となって来た今日この頃。
俺の名前は、姉貴が彼氏として名を勝手に挙げてくれた名前として有名となり、自慢して言いふらしているからに他ならない。
当の本人は同級生からの告白&ナンパな誘いを断る目的で、あの手この手で、弟の俺に何かを求めて近付いて来る。
「あの~そこ行くお兄さん。ねぇねえねぇ、今、暇ぁ?」
「見て分かる通り、忙しいですね」
「嘘だ~! ただ歩いているだけじゃん! じゃなくて、コホン……うちで遊んでかない? ほらぁ、こっち! うちのお店、可愛い桃未がいっぱいだからぁ~! ねっ、あ~そ~ぼ!」
さっき話しかけて来た先輩が、姉貴に近付こうとしたのを真っ先に感知し、彼氏のフリならぬ姉貴の間違った知識が炸裂する。
「うちってどこ?」
「え~と……お、お兄さん、おいくら万円お持ち?」
「家なら無料で遊ぶことが出来るけど……?」
「そ、その程度で桃未と遊んじゃうつもりがあるのかぁ? 高くついちゃうよぉ? 覚悟しろ!」
いつもなら、彼氏のフリをして欲しいと言うために、近付いて来るはずだった。
しかし何を間違ったのか、どこかの高い授業料を払わせるかのような誘い文句で、俺に声をかけて来てしまったわけなのだが、間違った知識で可愛すぎる。
「桃未の男のフリをしろ……で、合ってる?」
「そ、そうなのだよ! さぁ、覚悟~!」
「はい、じゃあ腕組みしながらうちに帰る」
「おっおぉぉぅ! さ、さすが、真緒くんは行動力があるねぇ。お姉さんは感心したぜ」
「それ、美人局が使う常套句なんだから、姉貴が使うのは駄目だぞ?」
「おけおけ! 気を付けるよっ」
美人であることは間違いないが、彼氏のフリをする為だけに授業料を払わせるとか可愛すぎた。