14.緊張しない、しない~?
「ねえねえねえ、真緒くん」
「何か?」
「ツレない返しをしてくるなんて、お姉さんは悲しいぞ。悲しくて涙が……うぅっ、グズッ」
「泣くな! いや、泣かないで」
何て恐ろしい技を備えているんだ。
姉貴のいい所は、何も考えていないふわふわほわほわな第一印象と、甘い香りを漂わせて話す点なのに、そこに涙まで加わっては、もう何も言えなくなるだろうが。
「……それはそうと、相談って何かね? 可愛い真緒くんのお願いなら無料で聞いちゃう!」
「切り替え早すぎだろ! っていうか、金取ろうとするとか鬼か!!」
「はっはっは! 冗談、冗談~こう見えて、あたしは優しい姉であるぞ!」
バシバシと俺の背中を叩く姉貴は、牛乳プリンの件はすでに記憶から抹消したことで、眩しい笑顔を見せている。
「……じ、実は、近々小テストがあって、対策っていうか……ポイントだけでも教えて欲しいなと」
「ほっほお~! よくご存じで?」
「え?」
「ふふふふ……あたしはこう見えて、激しく優秀さね。真緒くんのような優等生を育てて来たあたしに、全てを委ねるといいさ!」
「育てて来たのは家庭教師な」
「無礼者めぇ! 真緒くんはあたしが守る! じゃなくて、その家庭教師よりも成績を上げてやるぜ!」
またしても不思議な人格が桃未の体に宿ったらしく、中学の時にお世話になった家庭教師に、対抗心を燃やしているようだ。
成績が上がるならそれはそれでいいとして、学校や外では俺のことを彼氏扱いしているくせに、家の中だと完全に弟(弟だけど)で、しかも意識していないから余計に困る。
そんな状態の中、いざ俺の部屋に助っ人に来た姉貴は、遠慮なく俺の真隣に座って来て、指導を始めた。
「真緒くん、これは暗記すべし!」
「え? それだけ? っていうか……」
「次ぃ~! サンカクカンスウ……!? 何だっけコレ……」
「まさか、分からないのか?」
「ふ、ふふふふふ……ま、まっさかぁ」
あぁ、くそ……今までこんなに意識したことなんてなかったはずなのに。
「――くん、真緒くん? おいおい、いくらあたしの声が透き通るような美声だからって、そのまま通り過ぎ去っては困るのだよ!」
「あぁ、うん……」
「おんやぁ? ふっ……そうかいそうかい。緊張! 緊張なのだな? 分かる、分かるぞ!」
「ちげえ」
「桃未さん、可愛いすぎか! 緊張しない~緊張する~って、真緒くんは自分と戦っていたのだな!」
「……俺も男なんで」
「お、おぉぉ……ですよねー。そ、そう言われたら、間近な真緒くんに緊張して来たではないか! どうしてくれる!」
「俺のせいにされても……」
「でも成績下降は許さん!! 桃未さん、緊張感がパネェ! 頑張るぜ、あたしは」
「そ、そうだな。サンキゥ、桃未」
家の中の方が緊張とか、俺もどうかしていたようだ。
それでもやっぱり姉貴は可愛くて、緊張しないわけが無くて、ずっと近くにいれたらって思った。