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月光  作者: 鼻息
1/3

前編


緑色の子供。

それがオレの名前だった。汚らしい階段を覆う苔のような濃い緑の髪。暗く暗く光を通さない、瞳。君の一族はみなそのような色なのだよ、とオレを一時裏口で飼っていたシェフは言った。飼っていたという言葉は適切だった。彼は毎日同じ時間に、客が残した残飯を銀のボウルに入れて裏口に持って来る。それを手掴みで貪るオレを、上から憐れみと優越感に浸った目で見下ろす。客の悪口を偶に、世の情勢を少し、気紛れに口ずさみ、オレの相槌に少し笑いながら会話という名の独り言を言って彼は仕事に戻って行った。彼にとってオレは、そこらの犬や猫と同じだったのだろう。だが、五つにも満たない小さな浮浪者が栄養失調にもならず、育ち切らない小さい浮浪者の中オレの背がきちんと伸びていたのはオレに彼という飼い主がいたからだ。

ある日、集めた紙屑を囲ったダンボールの巣の中で背を丸めていると、いかにも貴婦人然とした女が、グレーのスーツ二人を引き連れて巣の前に立っていた。黒く美しいデザインの婦人ブーツ。その高いかかとをダンボールの隙間から夢うつつに眺めていると、顔を隠す白のレースベールから繊細な音が聞こえた。おもしろい子が居るわ。

「本当に獣のような家」

笑って婦人は、オレのダンボールをすっと撫でる。湿気や汚物で汚れているそれは、ふにゃりと歪んで夫人はおぞましいとばかりに嫌悪を示した。

見えた白い唇が嫌悪的だった。

そして、彼女は、自らの護衛だろう男一人にダンボールを引っ剥がさせたのだ。

月が出ていた。婦人には幸運にも、この間までこの辺りにたむろっていたジャンキーや浮浪者は、警官どもに一掃されており、辺りにはオレの激しい鼓動ばかりが響いているかのようだった。のそりとすっかり眠気が飛んだ身体を起こすと、白い満月が暗い路地を照らすほど眩しく注ぎ、その下に黒い喪服の女が立っていた。月の女だ。

オレはぽかんと間抜けに口を開けた。肌が白すぎて、月光を纏えば光が服を着ているかのように見える女を仰ぐ。高い鼻梁のせいで出来た影が青く見せる血色の悪い唇を女が動かすと、それは王のような絶対的な命令だった。


「この子を連れて行きます」



そうか、今日からこの女がオレの飼い主なのだ。そう思っていたのに、いざいかつい男に小脇に抱えられ、屋敷に着いて、風呂に入れられ、衣服を着せられれば何かが可笑しい。

服は、ペットには上等過ぎる上、この屋敷を治める一族のものだろう紋章が胸に入っていた。


もう朝になろうという時刻になり、だが、オレに休息はなかった。連れて来られた一等立派な部屋で婦人は、ゆっくりとベールを脱ぐ。緑色の髪が揺らいで流れた。

「わたくしの息子が死にました。息子の名はルータリア・マッソウネ。…貴方の名は?」

「…リマ・ジェイ」

「初めまして‘緑色の子供’。そしてさようなら。貴方は今からルータリアです」

その顔は冷静を人間にしたような静かな微笑だった。





オレは、その日から私となり、緑色の子供からルータリアになった。彼女の子供は跡継ぎ争いの犠牲に死に、彼女はだからこそ彼らが除けた緑色で彼らの上に立つことこそが重要だと言った。


私にはもともと個人の感情という物は薄く、特に反発も疑問も共感すら無く淡々と貴族の学校を出て、貴族の号を賜り、気付けば本当に呆気なくかの一族の頂点に立っていた。

私は、なんとなく彼女の事を母上と読んで花を贈った。彼女はにこりともせずに、幼い時から変わらない護衛二人に生けてと命じた。この何年かの間に友人らしきものが出き、その友人の邸宅に何度か遊びに行ったそこに存在するどろついたものも、理解不能なぬるやかさも無いということは理解したが悲しくもなんとも無く、むしろ満足感だけが私に些細な機嫌というものを教えた。



月光が、部屋に降りてくる。

見合いは、と勧めてくる人々は多いが、母という立場の月光の女は私が跡継ぎをつくろうがどうしようが一向に構わないようだった。

ああ、このような晩だと部屋の窓を仰ぐ。

不意に、コートを掴み、裏口の鍵を持ち出した。黙って付いてくるのは、私を小脇に挟んで屋敷に連れて来た護衛だった。どこへとも聞かずに従順に付いて来る。さわりさわり風が頬を撫で、やがてついた場所は私が場違いであろうどこぞの誰かとどこぞの誰かが戦い、これまで見たことの無い人間離れした技を放ちあっている所だった。

この国の者だと一発で分かる一般的な特徴、灰の髪に白い肌の青年をAとすると、Aはちっとある程度上品な舌打ちをした。

黄色の肌に黒い髪の、異国人と分かる少年の方をBとすれば、Bは茶色の目をめいいっぱい開けて此方に向かって叫んだ。


「逃げろ!」

Bが正義かな?日々正義とは何かに悩む友人に習い、少しばかりどちらが物語のあるいは世界の正義かと考えてみる。

だが、そこには第三勢力がいたらしく、はーっはっは!と素晴らしい笑い声を響かせて私は彼女に捕まった。女性も戦う時代になったのだなと考えていると、くっと悔しげにBは唇を噛む。どうやら三つどもえのうち最も悪っぽいのに捕まえられたらしいと私は結論する。唇を読まれぬように出来るだけ口唇を動かさぬよう私は、今知り合った?ばかりの彼女に向け囁いた。


「すみませんがこのまま私を連れてとんずらしてください。私の屋敷に行きましょう」

少しばかり、は?と疑問を上げる息が届いたので、何か彼らと取引したいことでもあるのかと聞けば、いや成り行きでと。

「逃げた方が良いんでしょう」

と問えば、彼女は小さく何事か呟く。辺り一面が眩く光る。ちらりと横目に見れば、護衛はゆるり首を一つ降って先に路地へ消えた。元々、目に薄く膜が張ったまま産まれてくる緑の人々の視界は常に暗い。今更光を浴びたとて、夜道の見難さと同じだった。ふあり、と浮き上がる身体。


しかし、私は途中で見知らぬ路面に放り出され、顔を見ぬ間に彼女は仮にCとするとCは去ってしまった。その方が利口と言えば利口だが何故殺されなかったのだろうと首を傾げた。

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