表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
9/33

第九話

 あれからしばらくの間、瞑想をして精神を統一。神の力を認識しようと頑張ってみたが……。やはりうまくいかない。

 どれだけ集中しようと、力のちの字も感じない。始めたばかりで言うのもあれだが、まったくもって手ごたえがないぞ。


 うーむ。何か別のアプローチを試みたいところだが……。照子の話を思い出す。妖怪を払うためには、まず力を認識。

 そして力を引き出し。さらに祝詞を唱えることで、引き出した力を妖怪を祓う力に変換する。この三つの工程が必要。


 そう言っていたな……。うーん、俺は一番目で躓いているわけだが。この工程の二番目の部分、力を引き出すって……。

 そこで頭を過ったのは、ここ一ヶ月の異常な天気のことだ。


 あれって、俺が制御できずに漏れ出た神の力のせいで、起こったことだと照子は言っていたよな。

 てことは、今も俺の体から力が漏れているってことじゃないのか?


 仮にそうであるなら。それも一応、力を引き出しているってことに、ならないだろうか?

 俺はすぐさまこの閃きを照子に伝えようとした。が、部屋の扉をノックする音と、ともに聞こえた声に遮られる。


「お兄ちゃん。夕食持ってきたからドアを開けて!」

「むっ、夕食か!」

 風ちゃんに寝そべり、ゲームをしていた照子が、いの一番に反応。ゲーム機の電源を落とす。


 それを尻目に立ち上がった俺は、部屋の扉を開く。

「はい。お兄ちゃん」

「ああ、わざわざ持ってきてくれるとは。悪いな」

「いいよ。部屋に戻るついでだったし」


 妹が差し出した、お盆に載った夕食を受け取る俺。お盆を渡した妹は、向いにある自分の部屋へと入って行った。


「おお! 今日もうまそうじゃな」

 ベッドにお盆を置くと、照子が嬉しそうにする。それを横目に、お皿に盛り付けられたおかずを取り分け。

 そこにご飯を少し添える。ふむ、注文通り多めになっているな。


 照子が夕食をねだるので、母に頼んで多めにしてもらったのだ。さらに照子のために、毎日部屋で食べる許可も得た。

「ほら」

 引き出しから割り箸を取り出し、取り分けた夕食とともに照子に差し出す。


「いただきますなのじゃ」

 風ちゃんからベッドに移り、夕食を食べ始める照子。

「いただきます」

 俺もデスクのほうから椅子をベッドへと向け。椅子に座ると夕食を食べ始める。


 そうして二人で夕食を囲み。しばらくすると、取り分けた分量が少なく、また食べるのが早い照子が、先に食事を終えた。

 そこで、俺はさっきの閃きを伝えるため口を開く。


「なあ、照子。思いついたことがあるんだが」

「む、なんじゃ?」

 俺の手元を眺めていた照子。その視線はまだ半分以上残っている俺の夕食に注がれている。なんだか物欲しそうな様だ。


「ここ最近の異常気象が俺のせいで。それは俺から漏れた神の力が原因だと言ったよな?」

「その通りじゃ」

「それって、今も俺の体からは、力が漏れているんだよな?」


「うむ」

「おっと!」

 頷くと同時に、俺のおかずへと伸ばされた照子の手を、俺は優しくはたき落とし。そして続ける。


「それでだ。その、漏れている力を使って妖怪を祓ったりできないのか?」

「けちめ。……無理じゃ。漏れている量など僅かじゃからの。それは、あの程度の妖怪すら祓えぬほどじゃ」


 照子は上を指差す。それに釣られるように見上げると、天井にはゴルフボール程度の大きさの妖怪が……。


「そうか」

 確かに、あれが無理なら、とり憑いている妖怪なんか絶対無理だ。うん? からあげが一つ減ったような……。

 照子のほうを見ると、口をもごもごさせている。


「とっただろ」

「何のことじゃ?」

「……」

「……」


 見詰め合う俺と照子。


「ま、まあ。着眼点はなかなかじゃったぞ。物は試し。漏れている力、それで妖怪祓いをやってみるのも良いかもしれぬ」

 誤魔化すように、話題を変えようとする照子。子憎たらしいが、気になる話題なので、のってやる。


「どういうことだ?」

「それはじゃの。微量とはいえ、きちんと力は変換されるゆえ。何か力を認識するヒントになるかもしれぬからじゃ」

 なるほど。やってみる価値はありそうだ。


「それで、どうやるんだ?」

「そこらの妖怪を掴み。祝詞を唱えれば良い。そっちのでやってみればどうじゃ」

 俺の後ろを指差す照子。俺は振り返る。と見せかけて……。するっと、伸びてきた照子の右腕を、むんずと掴む。


 残念だが、そう何度も、同じ手に引っ掛からんぞ。性懲りもなく、俺のおかずを狙っていたのはわかっていたのだ。

「照子、この手はなんだ?」

「さて、なんじゃろうな」


「おかずを奪おうとしたな」

「早う。食べんのが悪いの」

 やれやれ、開き直るのか。全然神様らしくないが、それでも神様だろ? そんなに食い意地が悪くて良いのかよ。


「おまえなー。仮にも神様だろ?」

「それは関係あるまい。それに、今日の夕食は明らかにお主のほうが、多く持っていったではないか。不公平じゃ」

「いやいや照子。これでも俺はけっこう気前良く分けているのだぞ」


 正直、母に増やしてもらった分より、照子に分け与えている。


「いやいや幸一。お主は朝と昼も食しておる。夕食は譲るのが道理であろう」

「はぁー。どういう道理だよ……。とにかくこれは俺のだ」

 相手をするのがめんどくさくなった俺。照子の腕を開放する。そして、照子を警戒しつつ。せっせと夕食を腹に収める。


「やれやれ。仕方ないのう」

 警戒している俺からは、おかずは奪えないと判断したのか。照子は風ちゃんに飛び乗ると、再びゲームを始める。


「ごちそうさま」

 すぐに、夕食を食べ終わった俺。お盆と食器を片付け、台所に持っていく。そして部屋へと戻ってくると。


「さて、じゃあ。妖怪祓いをやってみるか。照子!」

「ふむ。まあ、付き合ってやるのじゃ」

 風ちゃんの上で寝転がっていた照子。ゲームの電源を落とすと、気だるげに体を起こす。


「ほれ。こいつでやってみると良い」

 風ちゃんに腰掛けた照子は、近くに浮いていたテニスボールほどの妖怪を掴み。そして俺のほうへと投げつける。


 おいおい。よく掴めるな。なんとなく素手で掴むのは遠慮したい外見だというのに。そう思いつつも仕方なく受け取る。

 俺の手に収まった妖怪。それに視線を落とすと、妖怪の体には目玉が浮き上がり、そのぎょろりとした目玉と視線が交差した。


 やっぱり気持ち悪い……。


「祝詞は『神ながら守り給い。悪しきものを祓い給え』じゃ」

「それを唱えればいいのか?」

「うむ」

 本当に簡単だな。妖怪を掴んだ腕を前にかざし。深呼吸をする。


 よし! 行くか!


「神ながら守り給い。悪しきものを祓い給え!」

 俺は力強く祝詞を唱えた。

「……」

 しかし、何も起こらなかった。


「どうじゃ。何か感じたかの?」

 いや、まったく。これっぽっちも。

「全然。何も感じない」

「ふーむ。一応、漏れ出た力は妖怪を祓う力に変わっておるがの」


 え? そうなの? 俺は掴んでいた妖怪をよく観察する。うーん、こいつにも変化は見られないが……。

 掴んでいた妖怪を放してやる。俺から離れて天井へとふよふよと飛んでいく妖怪。先ほどとまったく変わらない。


 そのまま妖怪は天井をすり抜け消えていった。うーむ。

「本当にできていたのか?」

「できておった」

 本当か? まったく何も感じなかったが。


「俺には何も起きてないようにみえたが……」

 俺がそう言うと、照子を乗せた風ちゃんが、ふよふよと浮かんでいく。そして、照子は天井をすり抜け、消えていく。

 少しして、戻ってきた照子。その手には、一匹の妖怪が握られていた。


「こいつを見るのじゃ」

 照子が掴んでいた妖怪を俺の近くで放す。こいつはおそらく、さっき俺が妖怪祓いを仕掛けた妖怪だろう。

 しかし見ろって言われてもな。やっぱり、どこにも変化は見られないが。


「いや、よくわからないのだが……」

「鈍いの。お主のことを嫌がっておるじゃろう」

 照子が俺から離れようとしていた妖怪を掴み。再び俺の近くで解放する。すると妖怪は、ふよふよと俺から遠ざかっていく。


 そう言われると、俺から離れようとしているようにも見える。確認のため、俺は妖怪が向かっている方向へと回り込む。

 すると、すぐさま妖怪は方向転換した。うーん。どうやら、本当に俺のことを嫌がっているらしい。


「つまりこいつは、俺が妖怪祓いをしたから、嫌がって俺から離れて。逃げていくのか?」

「その通りじゃ。こ奴らとて、意思がないわけではないからの。祓われそうになれば、当然逃げるのじゃ」


 ふむ。ということは、本当に力の変換はできていたわけね。しかしそうなると、結局この方法は意味がなかったということになる。


「はぁー。近道はないというわけか」

「悪くはない発想じゃったがの。少なくとも、ただ瞑想を続けるよりは、効果があるやもしれぬぞ」

 いやー。俺はどっちもどっちに感じるがな。


「そうなのか?」

「うむ。もっとも、この部屋の妖怪の数では、せいぜい百回程度しか練習できぬ。ゆえ、瞑想と妖怪祓いを平行して行うのが、良いのではないかの」


「百回? この部屋には十匹も妖怪はいないが。ああ、妖怪がいなくても妖怪祓いはできるか」

 この修行、大事なのは力の変換。別に祓う妖怪はいなくても、力は変換できるのだから、問題ない。そういうことか。


「いや、実際に妖怪に対して、妖怪祓いを行うべきじゃろう。そのほうが効果がある気がするのじゃ」

 気がするって……。漠然としているな。


「じゃあ、やっぱり百回なんて無理だろ」

「阿呆め。さっきのを見たじゃろ。妖怪を完全に祓えぬのだから、一匹に数回は試せるのじゃ」


 そう答えながら、ゲーム機の電源を入れる照子。なるほど、そういう意味か。それなら理解できる。

 しかし、それなら百回と言わず。何度でもできるのでは? 俺が妖怪を祓おうとしても、成功しないのなら。何度だって繰り返せるはず。


「それなら、百回と言わず。何度でも練習できるだろ?」

「やってみればわかるのが、それは無理じゃの」

「なんでだ?」

 俺の問いに、照子は答える気がない様子。ゲームに集中している。


 ふむ。まあ、言われた通りに、とにかくやってみるか……。そこらに浮かぶ妖怪。一番小さい、ゴルフボール程度の奴を捕まえる。

 そして、先ほどよりも意識を集中。どんな変化をも見逃さぬように、妖怪を注視しつつ祝詞を唱える。


「神ながら守り給い。悪しきものを祓い給え!」


 うーん。やっぱり何も感じない。手の中に収まっている妖怪にしても、変化は見られないし……。

 瞑想も手ごたえなど、まったく感じなかったが、こっちも全然だ。


 まあ、それでもこっちのほうが動作が加わっている分、何かをしていると、充足感はあるが……。

「神ながら守り給い。悪しきものを祓い給え!」

 掴んだままの妖怪に向けて、再度祝詞を唱える。


 うーん、駄目だ。さっぱりだ。でもとりあえず、数をこなしてみよう。そこからさらに二回祝詞を唱え。

 そして五回目……。

「神ながら守り給い。悪しきものを祓い給え」


 うわ! なんだ? 五回目にして、今までとは違う出来事が発生した。ずっと俺の手に握られ、妖怪祓いを受けていた妖怪。

 今まで大人しくしていたのに、突然の掌をすり抜け。そして、ものすごい速さで俺から離れ、壁をすり抜け消えていった。


 なんだ? 妖怪が消えていった壁、そこから手のひらへと視線を移す。俺はずっと妖怪に触れることを意識していたのだが。

 握っていた力を弱めたわけでもない。なのに、急に掴んでいた妖怪の感触が消えたのだ。


「おい、照子。今の?」

「言ったじゃろ。一匹に数回は試せると。今のが答えじゃ」

「なんだったんだ?」

「我慢の限界がきた妖怪が、一瞬、実態を無くして逃げたのじゃ」


 なるほど。だから百回しかできないと言ったわけか。にしても、今の妖怪の動き……。

 今までの緩慢な動きからは信じられないくらい、俊敏な動作だったな。あっけにとられたよ。


 そんなことを思いながら、新たな妖怪を捕まえる。


 そして、それから数十回、延々と祝詞を唱え、妖怪祓いを繰り返す俺。部屋の中にいた妖怪の数が、減っていく。

 大きさにもよるが、一匹の妖怪に五回から十数回、妖怪祓いを行うと。妖怪も我慢の限界が来るようである。


 そうして、どんどん部屋から妖怪を追い出していると、部屋の外から妹の声が聞こえた。


「お兄ちゃん。お母さんが、お風呂入りなって!」

「おう! わかった! ……照子。ちょっと風呂に入ってくる」

 まったく成果は出ていないが、一旦切り上げよう。ゲームをしている照子に一声かけ、俺は部屋を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ