表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
8/33

第八話

「ただいまー」

 家に帰ってきた俺は、さっさと自分の部屋へ向かう。にしても、今日もいろいろあった。妖怪にとり憑かれた女子生徒のこと。

 木下と彼女のこと。まったく、ここ数日はたたみ掛けるように問題が起こる。


 そんなことを思いつつ部屋に入ると。部屋の中には風ちゃんに仰向けに寝そべり、本を読む照子の姿があった。

 床から一メートルの所に浮かぶ風ちゃんは、いつもの二倍、二メートルほどに膨れ上がっている。


 風ちゃんって、大きさ変えられるのか……。いや、それよりも、人の部屋で何してるんだよ。着物姿の照子。

 いつものレインポンチョのような外套はどうしたのかと思えば、無造作に床に脱ぎ捨てられている。


 そのうえ、ベッドには本棚に戻されずに散らばる数冊の本。さらに、見てもいないのにテレビがつけられたままである。

 まったく、俺がいない間に人の部屋で……。随分と寛いでくれているじゃないか。自由過ぎるぞ。


「おお。帰って来たのか。おかえりなのじゃ」

 仰向けに寝そべった照子。本からまったく目を離すことなく、おざなりに挨拶をかます。

 おまえなー。込み上げる怒りをなんとか抑える。


 落ち着け。冷静になれ。こんなことで余計な時間と労力を使うな。それに、これから照子に力の使い方を教わるのだ。

 照子の機嫌を損ねないほうがきっとスムーズに運ぶはず。照子はけっこう子供っぽいから、ここは堪えるのだ。


 昨日だって、一昨日に続き。夕食が欲しいと駄々を捏ねられたのだから……。小言を言ってへそを曲げられても困る。

「はぁー。テレビは消すぞ」

 なんとか怒りを抑え込んだ俺は、リモコンを拾い上げ、テレビを消す。


 そして、カバンをデスク脇に降ろし。床に脱ぎ捨てられた照子の外套を拾う。外套は丁寧に畳むとベッドの隅に。

「それで、さっそくだが力の使い方を教えてくれ」

 デスクから椅子を引き、座る俺。


「まあ、待つのじゃ。今良いところじゃからの」

 くっ。こいつめ。そんなこと後で良いだろ。

「いや、そんなの後にしろよ」

 俺は照子から本を取り上げるため手を伸ばす。


 しかし、風ちゃんがふよふよと場所を移動したため、手は空を切った。しかも、風ちゃんはそのまま天井付近まで上っていく。

「うるさいの。もう少しじゃ。辛抱して待て」

 上から、声が落ちてくる。


 さすがに我慢の限界だ。

「うるさい! いいからさっさと教えろ!」

 ベッドに飛び乗ると、再度本を取り上げようと手を伸ばす。今度は逃げられることなく本を掴んだ。


 そのまま、照子から本を取り上げる。

「何をするのじゃ。返すのじゃ!」

「駄目だ。先に力の使い方を教えろ。じゃなきゃ、返さないぞ」

 本を取り返そうと、照子が手を伸ばすが。それを巧みにかわす。


「返すのじゃ!」

「駄目だ!」

「この! 動くでない」

「しつこい!」


 ドタドタと部屋の中を動き回る俺を、風ちゃんに乗った照子が追いかける。しばらく、追いかけっこが続き。そして……。


「はぁー。まったく、仕方ないのう」

「はぁ、はぁ。やっと、諦めたか」

 観念したのか。面倒そうに言った照子。追いかけっこは俺の勝利で終わった。まったく無駄に体力を使わせやがって。


「とりあえず、座るのじゃ」

「ああ」

 俺に椅子へと座るように促した照子も、風ちゃんに腰掛けた。


「それでは、説明を始めるぞ。一度しか言わぬからよく聞くのじゃ」

 俺が椅子に座ると同時に、照子が話し始める。

「力を使うためには、なによりもまず力を認識せねばならぬ。精神を統一し力を認識するのじゃ」


「精神を統一?」

「うーむ。そうじゃのう。座禅……、瞑想をすると良いのではないかの?」

「いや、そんな曖昧な……」

 なんか説明がふわふわしているんだが……。


「ともかく、それができれば次は、力を引き出す。ここがもっとも難しい。こう。体にある力をぐぐっと、表に出しての」

 強引に話を進める照子。今度は身振りをつけて説明してくれるが……。そんな擬音で言われても。


「そして最後は、引き出した力を妖怪を祓う力に変換する。これは祝詞を唱えれば誰でもできるゆえ。簡単じゃ」

 それっきり黙り込む照子。本を返せと言わんばかりに、無言のまま俺のほうへ右手を突き出した。


「え! これで終わり?」

 正直、これだけなら昼休みのうちに説明してくれても、良かったのでは?

「うむ。だからさっさと本を返すのじゃ」

 仕方なく本を差し出すと、ひったくるように照子が持っていく。


「えーっと。とりあえず力を認識すればいいんだな?」

「うむ」

 再び風ちゃんに寝転がり、本を読み始めた照子。うーむ。なんとも簡単な説明であった。


 正直、さっぱりだったのだが。それでも言われた通りに、やってみることに……。

 ベッドの本を本棚に片付け。ベッドの上で足を組む。そして目を瞑り、意識を集中してみるが……。うーん。何も感じない。


「なあ、照子。何も感じないのだが……」

「まあ、そう簡単にはいかぬじゃろうな」

 照子は投げやりな様子で答える。まだまだ集中力が足りないということかな。再度、目を瞑り意識を集中。


 規則正しい呼吸を心がけながら、神の力を認識しようと努力する。しかし……。

「のう、お主。この本の続きはないのかの?」

 そんな俺の集中力を乱す邪魔者が現れる。照子よ。人が頑張っているのに話しかけないでくれ。癪なので返事はしない。


 集中……、集中……。ちなみに、その本に続きはない。まだ発売されていないからだ。

 瞑想を続ける俺。しばらくして今度は、テレビがついた。こいつは……。俺の顔には青筋が立っていることだろう。


 テレビの音に集中が乱される。ころころと変わるチャンネル。選ばれたのはお笑い番組だった。

「くふふ」

 テレビの音声に混ざる照子の笑い声。集中……。集中……。集中……。


「ふはは」

 集中……。集中……。

「ふふっ。ふははは」

「うるせえ! 集中できないだろうが!」


 ついに俺は爆発した。


「なっ、なんじゃ。……集中力が足りぬのう。この程度で根をあげるようでは、力を認識することはできぬぞ。やれやれじゃ」

 驚いた照子。慌てた様子で取り繕う。いやいやそんな。


 さも、俺のために邪魔をしてみました、みたいに言われても。目が泳いでいるし。絶対、俺のこと考えずに勝手してただけだろ。


「なんじゃ、その目は。妾はお主のためを思ってじゃな。修行の手助けのつもりで……。あえて、邪魔をじゃな……」

 俺の視線を受けて、尻すぼみに小さくなっていく照子の声。


「悪かったのじゃ」

 照子はぺこりと頭を下げる。

「はぁー。頼むから静かにしてくれ」

「うむ」


 素直にテレビを消す照子。俺は再び、精神統一に戻る。さあ、今度こそ……。集中、集中……。集中……。ああ、駄目だ。

 さっぱりわからない。どれだけ意識を集中しようとも、まったく力を認識することなどできない。


 そもそも、神の力って何だよ。感じるっていったってさー。うーん。少なくとも、昔は体に宿っていなかったのだ。

 何か異物感……、違和感、違いを感じ取れても良いはずなのだが。露ほども感じない。たまらず俺は口を開く。


「なあ、照子。何かアドバイスとかないか?」

「ふーむ。そう言われてもの……。妾はそこまで詳しいわけでもないのでな」

 携帯ゲーム機を弄る照子。今度はゲームかよ。まったく自由な奴だな。しかも肝心のアドバイスはないようだし……。


「はっきり言って、全然まったく、何も感じないんだけど……」

「だから言ったじゃろ。一朝一夕で身につくものではないと」

 ゲーム機から目を離すことなく答える照子。いや、確かにそう言ってたけどさ。


「じゃあ、どのくらいかかるものなんだ?」

「うーむ。個人差があるが……。前例をみるに、才能があれば一日で習得できるものもおった。ただ、才能がなければ年単位でかかるの」

 いやいや、予想していた以上にかかるじゃないか。


「ちなみに俺に才能は?」

「ないじゃろうな。あればすんなりと力を、感じ取れておるのじゃ」

 ゲームを続ける照子。変わらず画面から目を離すことはなく。おざなりな、気のない返事である。


「てことは、俺も年単位の時間がかかるかもしれないのか?」

「うむ」 

 マジか……。そんな気の長い話なのかよ。というか。


「それってさ。間に合うのか? 妖怪にとり憑かれた、あの子を救えるのか?」

「まあ、無理じゃな」

「おい。話が違うぞ」

 あっさりと無理と答えた照子に、食ってかかる俺。


「そんなこと言われてもの。どうにもならぬし……。あっ、死んでしもうた。まったく、お主が話しかけるからじゃぞ」

 俺へと、非難のまなざしを向ける照子。


「いや、真面目に聞けよ!」

 思わず俺は、少し声を荒げてしまう。でも仕方ない。こっちは真剣なのに、どこまでも他人事のように。

 そして、やる気のかけらも感じられない態度の照子が悪い。


「やれやれ」

 照子はゲーム機の電源を落とすと、ようやくこっちを向く。


「解決策はきちんと教えた。あとはお主次第じゃ。それ以外に方法もない。うだうだ言っておる暇があれば、努力を続けるほうが有意義じゃな」

 諭すような口調で話す照子。確かに、その通りではあるのだが……。


「でも、間に合わないんだろ?」

 それでは、何の意味もない。

「それは、やってみなければわからぬ」

「いや、さっき無理って言ったじゃないか」


「ふむ。確かに言った。妾はそう思ったゆえな。しかし、それは妾の考えであって、そうと決まったわけではない」

「だが、難しいんだろ?」

 照子の物言いでは、可能性はほぼないと聞こえる。


「はぁー。ならば諦めるのか?」

 大きなため息をはいた照子。さらに続ける。

「妾は道を示した。あとは進むか引くか、諦めるも勝手。妾はお主が救いたいというから、方法を教えた。ただ、それだけのこと」


 どこか覚悟が足りないと言われているように聞こえる。もともと照子は、妖怪にとり憑かれた女子生徒を助ける気はなかった。

 そもそも、その方法も持っていなかった。しかし、それでも俺が助けたいと言ったから、方法を教えてくれたのだ。


 しかも照子は、最初から無謀な挑戦だと、きちんと言っていた。それなのに、生半可な覚悟で首を突っ込んだのは俺だ。

 なのに、無理と言われて簡単に諦めかけるとは……。俺に出来ることは、とにかくがむしゃらに頑張ることだけだというのに。


「言ったじゃろう。すべてはお主次第であると」

 そうだったな。すべては俺次第……。反省する。少し覚悟が足りなかった。瞑想を再開しよう。

 ただ、その前に一つ聞いておきたいことがある。


「わかった。けど一つだけ教えて欲しい。猶予はどのくらいある? 妖怪にとり憑かれているあの子はどのくらい持つ?」

「ふむ。長くとも四ヶ月といったところかのう」

「長くとも?」


「あの妖怪は小物じゃ。ゆえ、始めから弱っておらねば、人間にとり憑くなど不可能。それがとり憑いたということは……」

「あの子は最初から心が弱っていた」

 照子の言葉を引き継ぐ形で、俺は答えを口にする。


「その通りじゃ。そしてあの妖怪が心を蝕み。娘が死に誘われるようになるまで、おそらく二ヶ月弱。じゃが、いつとり憑いたのかはわからぬゆえ……」

「だから長くても、ということか」

 だが、そうなると最悪の場合は……。


 間に合うのか? 心が弱いほうへ流れ。無駄だというのに他の方法を。

「本当に俺が妖怪を祓う以外、方法はないのか?」

「うむ」

 無慈悲にも頷いてみせる照子。やっぱりそうなのか……。


「そう悲痛な顔をするでない」

 珍しく優しさの篭った口調の照子。俺のこと心配してくれているのか?

「いや、でも。時間が足りないだろ……」

 最悪、あの子は明日にでも、死んでしまうかもしれないのだ。


「はぁー。お主は本当に……。仕方ない、気休めにしかならぬが。時間稼ぎの方法を教えてやるのじゃ」

 何? そんな方法があるのか?


「といってもお主に実行できるかは微妙じゃが」

「それでも構わない。教えてくれ」

 時間稼ぎ。先延ばしにしかならなくても、希望は見えてくるはず。


「あの娘を元気にすれば良いのじゃ。妖怪にとり憑かれておる状態でも、心を癒すことはできるからの」

「そうなのか?」


「うむ。平時よりは難しいが可能じゃ。それに妖怪が直接、娘に危害を加えることはまずない。周りが見ておれば自殺を止められるじゃろう」

 そんな方法があったとは……。だが、照子の言う通り俺には無理だ。


 俺は妖怪にとり憑かれた女子生徒の名前すら知らない。そんな俺が元気づけるなんて、できそうにない。

 そして当然だが、四六時中見張ることも不可能……。だが、なんとかするしかないのだ。それしか道はないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ