第七話
「ふむ。それはの……。お主が妖怪を祓うのじゃ!」
えっ、俺が妖怪を祓う?
「そんなことができるのか?」
「うむ。お主の体には妾の力が宿っておる。それを制御できれば可能じゃ」
なるほど……。俺の体に宿っている神の力は、照子が持っていた天気を晴れにする力。その力の中には妖怪を祓う力も含まれている。
つまり、その力をうまく制御できれば、俺が妖怪を祓うこともできる。そういうことだな。
「もっとも、一朝一夕でできることではないがの。それに、妖怪を祓えば問題が解決するとも限らん」
「どういうことだ?」
力が簡単に制御できないというのは、理解できるが。後半がよくわからない。妖怪を祓えば問題が解決するんじゃないのか?
「人間が神の力を使うのじゃ。才能にもよるが、簡単にはいかぬ」
「いや、そっちじゃなくて。妖怪を祓っても解決しないってほう」
「ああ。そっちの話か。……妖怪を祓ったとしても、一度弱ってしまった心が癒されるわけではないからじゃ」
「そうなのか?」
「うむ。ゆえ、妖怪を祓った後の世話が、必要な場合もある」
うーん。心を癒すか……。
「どうやって癒す?」
「誰かがあの娘を支えてやれば良い。楽しいことや、嬉しいことがあれば自然と心が上向く。もっとも、お主には難しいじゃろうがの」
むっ、それは確かに俺には難しい。知り合いですらない俺にできるとは思えない。どうすれば良いだろうか……。
「難しい顔をしておるようじゃが、そもそも妖怪を祓えるかどうかも怪しいところ。祓った後のことは脇に置いておくのが良いと思うがの」
照子の言葉にハッとする。
「確かにそうだな。今は妖怪を祓うことだけを考えよう」
「うむ。それがよかろう」
「でっ。具体的に俺は何をすればいいんだ?」
「それはまあ、学校が終わってからにしようかの」
本当なら今すぐにでも、教えて欲しいのだけど。まあ、仕方あるまい。いろいろやっていたせいで、昼休みも後少しで終わるし……。
「わかった」
「ならば、妾は先に帰るからの」
頷いた俺を見て、風ちゃんに乗った照子は飛び立とうとするが、途中で何か思い出したように振り返る。
「そういえば佐々木のことじゃが、妖怪が見えなくなったのは力が封じられておるからじゃの」
ああ、すっかり忘れていた。そういえば、本来は佐々木さんを照子に調べさせるために、ここへやって来たのだったか……。
それ以上の事件が起こったため。すっかり頭から抜け落ちていた。で、なんだって? 力が封じられている?
またまた、よくわからない話が飛び出した。ただでさえ、いっぱいいっぱいの状況に追い討ちをかけないで欲しい。
「封じられているってなんだそりゃ。大丈夫なのか?」
「害はないじゃろうな。封印からは優しい気配を感じたのじゃ」
「害はないのか……」
良かった。どうやら悪影響のあるものではないらしい。
「大方、どっかの神がきまぐれに。あるいは力のある人間が佐々木のことを思い。妖怪を見る力を封じたのじゃろう」
ふむふむ。それなら納得がいく。妖怪なんて見えても、何も良いことないだろうからな。
「まあ、そういうことじゃ。では、今度こそ先に帰るからの」
風ちゃんに乗った照子が飛んでいく。さて、俺も教室に戻らないと。予想以上に時間を費やしてしまった。
さっさと戻って昼食を食べないと時間がない。
にしても、妖怪退治をすることになるとはな。俺にできるだろうか。照子は一朝一夕にできることではないと言っていたが……。
まあしかし、とりあえずやってみるしかないだろう。それ以外に妙案もないわけだし。
その後、なんとか昼食を食べることができた俺は、逸る気持ちを抑えながら、午後の授業を受ける。
そしてついに放課後……。やっと終わったな。よし。さっさと家に帰ろう。そう思ったのだが、大橋に捕まった。
「さあ、窪田。一緒に木下を問い詰めようぜ」
そうだった。そういえ彼女ができた木下を問い詰めると、約束していたのだった。めんどくせえ……。
ただでさえ、さっさと帰って照子に妖怪を祓う方法を聞きたいのに。
まったくもってめんどくさい約束をしたものだ。
「なんだ用って。部活があるから手短に頼むぞ」
大橋の後ろから顔を出す木下。どうやら、すでに大橋は木下を呼び出していたようだ。用意の良い奴である。
「こっちで話そう」
大橋が先導する。はぁー、仕方ない。手短に済ませよう。しぶしぶ後に続く。
「どこ行くんだよ」
廊下を進む大橋に、木下が尋ねる。
「駐輪場だ」
手短に答える大橋。俺たち三人は無言で歩き。そして駐輪場までやってきた。人が少ない、隅っこに集まる。
「で、話ってなんだ?」
めんどくさそうに尋ねる木下。
「ふん! 裏切り者め。俺に何か隠していることがあるだろ!」
大げさな動作で、木下へと指を突きつける大橋。
「なんだよ。裏切り者って……。別に何も隠してないぞ?」
「かぁー。白々しい惚け方をしおって! 窪田、言ってやれ」
木下の言葉に、大橋は両手で顔を押さえて、天を仰いだ。どうでも良いが、無駄にオーバーアクションだな。
というか……。
「えー。俺が切り出すのかよ」
マジでめんどくさい。見ろ大橋、木下の冷めた目を。きっと俺も同じような目をしていることだろう。
「えっと、大橋はな。木下。おまえに彼女ができたことを責めているんだよ」
「おい。大橋に言ったのか?」
「悪い。つい、口がすべって……」
咎める視線を寄越す木下。俺は右手だけの拝み手で、軽く詫びる。まあ、本当は生贄にしようとしたのだが……。
まさか、こんなことになるとは。まあ、あのときは最善の策だと思ったのだ。仕方ない。
「たく、おまえなー」
「はいそこ! そんなことはどうでも良いのです」
若干呆れつつ、俺を咎めようとした木下。しかし、大橋が割り込んでくる。
「とにかく、木下! おまえには彼女ができた。これは俺たちに対する裏切りである!」
テンションの高い大橋。対照的に俺と木下のテンションは下がる一方である。
「はぁー。これだから大橋には内緒にしときたかったんだよ」
「ああ、気持ちはわかる。悪かったな」
肩を竦める木下に対して、再度謝る。気持ちはよーくわかる。現在進行形で面倒だから……。
大橋は基本良い奴だが、ちょっとお調子者でたまにめんどくさいのだ。
「おい、無視するな!」
蚊帳の外、まじめに相手をしてもらえない大橋が、怒っていますという態度で、木下に詰め寄る。
「別に無視してるわけじゃないさ。ただ、相手をするのがめんどくさくて」
苦笑いを浮かべて話す木下。思い切りよく、ぶっちゃけたな。ただ、大橋は納得しないだろう。
「なんと! なんという開き直り! まったくおまえという奴は……。だが、まあいい。それで、言い訳はあるか?」
「はぁー。言いわけか……。そうだな、彼女は確かにいるが、ただ……。いや、やっぱいい」
歯切れ悪く話す木下、途中で顔をしかめ。話すのをやめた。なんだ? ちょっと様子が変な気が……。
「ふん。言い訳の言葉も出ないようだな。この裏切り者め! さて、窪田さん。こいつをどうしてやります?」
のりのりの大橋。どうするって、知らねえよ。おまえが決めろよ。というか、どうも空気が変だぞ。
木下の奴、なにやら落ち込んでいる様子だ。しゅんとしている。変だな。大橋に責められているとはいえ。
それで、木下が落ち込むとは思えない。大橋が大げさにふざけているだけだということは、木下もわかっているはずだし……。
「さあ、窪田さん。裏切り者に鉄槌を!」
「なあ、もしかして、彼女と何かあったのか?」
俺は騒ぐ大橋を押しのけて、木下の前に出る。すると、木下はしばし逡巡したのち、口を開く。
「……まあな」
「え? なに、もしかして別れたの? あっ、振られたとか?」
茶化す大橋。いやいや大橋。ここはそういうふざける場面ではない。明らかに雰囲気が変わっていることがわからないのか。
「おい。大橋」
「振られたわけじゃねえよ!」
俺の注意は、木下の大きな声にかき消される。
「あっ。悪い。だけど別れたわけじゃない」
「えっ、ああ……」
突然、大きな声を出したことを謝る木下と、ようやく場の空気に気付いた大橋、バツの悪そうな表情になる。
「……じゃあ、喧嘩でもしたのか?」
静かになったところで、俺が切り出す。
「いや、それがな。……一月前の話なんだけどさ。彼女の身内に不幸があったらしくでな。それから満足に会ってなくて」
「……」
「……」
無言になる俺と大橋。予想以上に重たそうな話が出てきたぞ。
「慰めようとしたんだが、「一人にして欲しい」って、拒絶されてさ。それで話しかけ辛くなって……。それっきりだ」
ああ、なんとなく状況が読めた。木下、意外に繊細な奴だからな。
普段、物怖じしない性格に見える木下だが、けっこう思い悩むタイプなのだ。拒絶されて、いろいろ考え過ぎて会いにくくなり。
さらに時間も空いたことで、より会いにくくなるという、スパイラルにでも嵌ったのだろう。
「悪い。そうとは知らず俺……」
「気にするな。俺も彼女ができたこと、黙っていたし」
頭を下げる大橋。木下は沈んだ雰囲気ながら、大橋が騒いだことは、本当に気にしていなさそうである。
「なあ、何か俺たちにできることはないか?」
ここで俺が口を開く。
「そうだ。何でも相談に乗るぞ」
大橋もすぐに俺に追随する。
「いや、気持ちは嬉しいが。俺の問題だから」
木下は遠慮するような言葉を返す。うーむ。木下は昔から一人で抱え込んでしまうことが、多かったからな。
正直、もっと頼ってくれても良いのだが……。
俺たちは、小さい頃からの親友だろう? まあ、だからこそ木下らしいとも思うが。うーむ……。
となると、木下の性格的にここでしつこく言っても、逆に意固地になるかもしれない。そういう奴なのだ。
「わかった。だが、本当に困ったときは相談しろよな」
ここは、これぐらいで引き下がるしかあるまい。
「おう。じゃあ、そろそろ部活があるから」
沈痛な空気を払拭しようとしたのか、努めて明るい声を出す木下。
木下は、そのまま踵を返し、立ち去ろうとする。その背中に大橋が声をかける。
「困ったときは絶対、相談するんだぞ!」
「おう!」
大橋の言葉に木下は振り返ることなく、後ろ手に手を振り返すことで答えた。
「はぁー。失敗したなぁー」
木下の背中が見えなくなると、盛大にため息をつく大橋。
「まあ、次から気をつければいいさ。木下も気にしてなかったぞ」
大橋の肩を叩き慰める俺。大橋を促し、帰途に着く。
しかし木下と彼女が、そんなことになっているとはな。まったく気付かなかった。相変わらず木下は内心を隠すのがうまい。
でもやっぱり……、悩み事があるなら、ちゃんと打ち明けて欲しかった。
「にしても、気になるなー。木下の奴、無理してなかったか?」
隣を歩く大橋が声をあげる。
「だが、助けは要らないときっぱり、突っぱねられたし」
俺だって大橋と同じで気にならないわけではない。
「でもよー。ほっとけないだろ? なあ、窪田は木下の彼女が誰か知ってるのか?」
「いや、残念ながら知らない。彼女ができたとしか聞いてないからな」
知っていたとしても、どうなる話でもあるまい。身内の不幸なんてデリケートな問題、俺たちが口を出せる話ではない。
それこそ、恋人である木下でさえ、拒絶されたのだ。赤の他人である俺たちが口を出したところで、話が拗れるだけだろう。
「そうか。うーん、釈然としないな」
「まあ、木下だって。本当に辛いときは俺たちを頼ってくるさ」
大橋は不服そうな様子。まあ、確かに俺も釈然としないが……。それにしても、トラブルは重なるものだな。
こう次から次へと問題がやってくるとはな。こっちは妖怪のことだって、解決しないといけないというのに。
ここはとりあえず、木下のことはほうっておくしかないか。無論、心配する気持ちは多分にあるが。今すぐできることはないのだから。
「うーん」
納得できないのか。大橋は難しい顔をする。大橋は友達思いだからな。できることを必死に考えているのだろう。
だが、今は見守るくらいしかできることはないと思うぞ。
「今は、それとなく気にかけておくしかないさ」
「それしかないか」
俺の言葉に大橋も一応の納得をみせた。




