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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
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第七話

「ふむ。それはの……。お主が妖怪を祓うのじゃ!」

 えっ、俺が妖怪を祓う?

「そんなことができるのか?」

「うむ。お主の体には妾の力が宿っておる。それを制御できれば可能じゃ」


 なるほど……。俺の体に宿っている神の力は、照子が持っていた天気を晴れにする力。その力の中には妖怪を祓う力も含まれている。

 つまり、その力をうまく制御できれば、俺が妖怪を祓うこともできる。そういうことだな。


「もっとも、一朝一夕でできることではないがの。それに、妖怪を祓えば問題が解決するとも限らん」

「どういうことだ?」


 力が簡単に制御できないというのは、理解できるが。後半がよくわからない。妖怪を祓えば問題が解決するんじゃないのか?


「人間が神の力を使うのじゃ。才能にもよるが、簡単にはいかぬ」

「いや、そっちじゃなくて。妖怪を祓っても解決しないってほう」

「ああ。そっちの話か。……妖怪を祓ったとしても、一度弱ってしまった心が癒されるわけではないからじゃ」


「そうなのか?」

「うむ。ゆえ、妖怪を祓った後の世話が、必要な場合もある」

 うーん。心を癒すか……。

「どうやって癒す?」


「誰かがあの娘を支えてやれば良い。楽しいことや、嬉しいことがあれば自然と心が上向く。もっとも、お主には難しいじゃろうがの」

 むっ、それは確かに俺には難しい。知り合いですらない俺にできるとは思えない。どうすれば良いだろうか……。


「難しい顔をしておるようじゃが、そもそも妖怪を祓えるかどうかも怪しいところ。祓った後のことは脇に置いておくのが良いと思うがの」

 照子の言葉にハッとする。


「確かにそうだな。今は妖怪を祓うことだけを考えよう」

「うむ。それがよかろう」

「でっ。具体的に俺は何をすればいいんだ?」

「それはまあ、学校が終わってからにしようかの」


 本当なら今すぐにでも、教えて欲しいのだけど。まあ、仕方あるまい。いろいろやっていたせいで、昼休みも後少しで終わるし……。


「わかった」

「ならば、妾は先に帰るからの」

 頷いた俺を見て、風ちゃんに乗った照子は飛び立とうとするが、途中で何か思い出したように振り返る。


「そういえば佐々木のことじゃが、妖怪が見えなくなったのは力が封じられておるからじゃの」

 ああ、すっかり忘れていた。そういえば、本来は佐々木さんを照子に調べさせるために、ここへやって来たのだったか……。


 それ以上の事件が起こったため。すっかり頭から抜け落ちていた。で、なんだって? 力が封じられている?

 またまた、よくわからない話が飛び出した。ただでさえ、いっぱいいっぱいの状況に追い討ちをかけないで欲しい。


「封じられているってなんだそりゃ。大丈夫なのか?」

「害はないじゃろうな。封印からは優しい気配を感じたのじゃ」

「害はないのか……」

 良かった。どうやら悪影響のあるものではないらしい。


「大方、どっかの神がきまぐれに。あるいは力のある人間が佐々木のことを思い。妖怪を見る力を封じたのじゃろう」

 ふむふむ。それなら納得がいく。妖怪なんて見えても、何も良いことないだろうからな。


「まあ、そういうことじゃ。では、今度こそ先に帰るからの」

 風ちゃんに乗った照子が飛んでいく。さて、俺も教室に戻らないと。予想以上に時間を費やしてしまった。

 さっさと戻って昼食を食べないと時間がない。


 にしても、妖怪退治をすることになるとはな。俺にできるだろうか。照子は一朝一夕にできることではないと言っていたが……。

 まあしかし、とりあえずやってみるしかないだろう。それ以外に妙案もないわけだし。


 その後、なんとか昼食を食べることができた俺は、逸る気持ちを抑えながら、午後の授業を受ける。

 そしてついに放課後……。やっと終わったな。よし。さっさと家に帰ろう。そう思ったのだが、大橋に捕まった。


「さあ、窪田。一緒に木下を問い詰めようぜ」

 そうだった。そういえ彼女ができた木下を問い詰めると、約束していたのだった。めんどくせえ……。

 ただでさえ、さっさと帰って照子に妖怪を祓う方法を聞きたいのに。


 まったくもってめんどくさい約束をしたものだ。

「なんだ用って。部活があるから手短に頼むぞ」

 大橋の後ろから顔を出す木下。どうやら、すでに大橋は木下を呼び出していたようだ。用意の良い奴である。


「こっちで話そう」

 大橋が先導する。はぁー、仕方ない。手短に済ませよう。しぶしぶ後に続く。

「どこ行くんだよ」

 廊下を進む大橋に、木下が尋ねる。


「駐輪場だ」

 手短に答える大橋。俺たち三人は無言で歩き。そして駐輪場までやってきた。人が少ない、隅っこに集まる。


「で、話ってなんだ?」

 めんどくさそうに尋ねる木下。

「ふん! 裏切り者め。俺に何か隠していることがあるだろ!」

 大げさな動作で、木下へと指を突きつける大橋。


「なんだよ。裏切り者って……。別に何も隠してないぞ?」

「かぁー。白々しい惚け方をしおって! 窪田、言ってやれ」

 木下の言葉に、大橋は両手で顔を押さえて、天を仰いだ。どうでも良いが、無駄にオーバーアクションだな。


 というか……。

「えー。俺が切り出すのかよ」

 マジでめんどくさい。見ろ大橋、木下の冷めた目を。きっと俺も同じような目をしていることだろう。


「えっと、大橋はな。木下。おまえに彼女ができたことを責めているんだよ」

「おい。大橋に言ったのか?」

「悪い。つい、口がすべって……」


 咎める視線を寄越す木下。俺は右手だけの拝み手で、軽く詫びる。まあ、本当は生贄にしようとしたのだが……。

 まさか、こんなことになるとは。まあ、あのときは最善の策だと思ったのだ。仕方ない。


「たく、おまえなー」

「はいそこ! そんなことはどうでも良いのです」

 若干呆れつつ、俺を咎めようとした木下。しかし、大橋が割り込んでくる。


「とにかく、木下! おまえには彼女ができた。これは俺たちに対する裏切りである!」

 テンションの高い大橋。対照的に俺と木下のテンションは下がる一方である。


「はぁー。これだから大橋には内緒にしときたかったんだよ」

「ああ、気持ちはわかる。悪かったな」

 肩を竦める木下に対して、再度謝る。気持ちはよーくわかる。現在進行形で面倒だから……。


 大橋は基本良い奴だが、ちょっとお調子者でたまにめんどくさいのだ。


「おい、無視するな!」

 蚊帳の外、まじめに相手をしてもらえない大橋が、怒っていますという態度で、木下に詰め寄る。


「別に無視してるわけじゃないさ。ただ、相手をするのがめんどくさくて」

 苦笑いを浮かべて話す木下。思い切りよく、ぶっちゃけたな。ただ、大橋は納得しないだろう。


「なんと! なんという開き直り! まったくおまえという奴は……。だが、まあいい。それで、言い訳はあるか?」

「はぁー。言いわけか……。そうだな、彼女は確かにいるが、ただ……。いや、やっぱいい」


 歯切れ悪く話す木下、途中で顔をしかめ。話すのをやめた。なんだ? ちょっと様子が変な気が……。


「ふん。言い訳の言葉も出ないようだな。この裏切り者め! さて、窪田さん。こいつをどうしてやります?」

 のりのりの大橋。どうするって、知らねえよ。おまえが決めろよ。というか、どうも空気が変だぞ。


 木下の奴、なにやら落ち込んでいる様子だ。しゅんとしている。変だな。大橋に責められているとはいえ。

 それで、木下が落ち込むとは思えない。大橋が大げさにふざけているだけだということは、木下もわかっているはずだし……。


「さあ、窪田さん。裏切り者に鉄槌を!」

「なあ、もしかして、彼女と何かあったのか?」

 俺は騒ぐ大橋を押しのけて、木下の前に出る。すると、木下はしばし逡巡したのち、口を開く。


「……まあな」

「え? なに、もしかして別れたの? あっ、振られたとか?」

 茶化す大橋。いやいや大橋。ここはそういうふざける場面ではない。明らかに雰囲気が変わっていることがわからないのか。


「おい。大橋」

「振られたわけじゃねえよ!」

 俺の注意は、木下の大きな声にかき消される。


「あっ。悪い。だけど別れたわけじゃない」

「えっ、ああ……」

 突然、大きな声を出したことを謝る木下と、ようやく場の空気に気付いた大橋、バツの悪そうな表情になる。


「……じゃあ、喧嘩でもしたのか?」

 静かになったところで、俺が切り出す。

「いや、それがな。……一月前の話なんだけどさ。彼女の身内に不幸があったらしくでな。それから満足に会ってなくて」


「……」

「……」

 無言になる俺と大橋。予想以上に重たそうな話が出てきたぞ。


「慰めようとしたんだが、「一人にして欲しい」って、拒絶されてさ。それで話しかけ辛くなって……。それっきりだ」

 ああ、なんとなく状況が読めた。木下、意外に繊細な奴だからな。


 普段、物怖じしない性格に見える木下だが、けっこう思い悩むタイプなのだ。拒絶されて、いろいろ考え過ぎて会いにくくなり。

 さらに時間も空いたことで、より会いにくくなるという、スパイラルにでも嵌ったのだろう。


「悪い。そうとは知らず俺……」

「気にするな。俺も彼女ができたこと、黙っていたし」

 頭を下げる大橋。木下は沈んだ雰囲気ながら、大橋が騒いだことは、本当に気にしていなさそうである。


「なあ、何か俺たちにできることはないか?」

 ここで俺が口を開く。

「そうだ。何でも相談に乗るぞ」

 大橋もすぐに俺に追随する。


「いや、気持ちは嬉しいが。俺の問題だから」

 木下は遠慮するような言葉を返す。うーむ。木下は昔から一人で抱え込んでしまうことが、多かったからな。

 正直、もっと頼ってくれても良いのだが……。

 

 俺たちは、小さい頃からの親友だろう? まあ、だからこそ木下らしいとも思うが。うーむ……。

 となると、木下の性格的にここでしつこく言っても、逆に意固地になるかもしれない。そういう奴なのだ。


「わかった。だが、本当に困ったときは相談しろよな」

 ここは、これぐらいで引き下がるしかあるまい。

「おう。じゃあ、そろそろ部活があるから」

 沈痛な空気を払拭しようとしたのか、努めて明るい声を出す木下。


 木下は、そのまま踵を返し、立ち去ろうとする。その背中に大橋が声をかける。

「困ったときは絶対、相談するんだぞ!」

「おう!」

 大橋の言葉に木下は振り返ることなく、後ろ手に手を振り返すことで答えた。


「はぁー。失敗したなぁー」

 木下の背中が見えなくなると、盛大にため息をつく大橋。

「まあ、次から気をつければいいさ。木下も気にしてなかったぞ」

 大橋の肩を叩き慰める俺。大橋を促し、帰途に着く。


 しかし木下と彼女が、そんなことになっているとはな。まったく気付かなかった。相変わらず木下は内心を隠すのがうまい。

 でもやっぱり……、悩み事があるなら、ちゃんと打ち明けて欲しかった。


「にしても、気になるなー。木下の奴、無理してなかったか?」

 隣を歩く大橋が声をあげる。

「だが、助けは要らないときっぱり、突っぱねられたし」

 俺だって大橋と同じで気にならないわけではない。


「でもよー。ほっとけないだろ? なあ、窪田は木下の彼女が誰か知ってるのか?」

「いや、残念ながら知らない。彼女ができたとしか聞いてないからな」


 知っていたとしても、どうなる話でもあるまい。身内の不幸なんてデリケートな問題、俺たちが口を出せる話ではない。

 それこそ、恋人である木下でさえ、拒絶されたのだ。赤の他人である俺たちが口を出したところで、話が拗れるだけだろう。


「そうか。うーん、釈然としないな」

「まあ、木下だって。本当に辛いときは俺たちを頼ってくるさ」

 大橋は不服そうな様子。まあ、確かに俺も釈然としないが……。それにしても、トラブルは重なるものだな。


 こう次から次へと問題がやってくるとはな。こっちは妖怪のことだって、解決しないといけないというのに。

 ここはとりあえず、木下のことはほうっておくしかないか。無論、心配する気持ちは多分にあるが。今すぐできることはないのだから。


「うーん」

 納得できないのか。大橋は難しい顔をする。大橋は友達思いだからな。できることを必死に考えているのだろう。

 だが、今は見守るくらいしかできることはないと思うぞ。


「今は、それとなく気にかけておくしかないさ」

「それしかないか」

 俺の言葉に大橋も一応の納得をみせた。

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