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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
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第四話

 照子が夕食を分けてくれとうるさかったので。夕食を部屋へと持ってきた。


「ほれほれ、さっさとよこさぬか」

 白い雲からベッドへと飛び移った照子、さっそく夕食を寄越せと急かす。

「はいはい」

 そんな照子の前、ベッドの上に夕食を置いてやる。


 それにしても、神様のくせに遠慮のないやつだ。夕食を強請る様は、まるで子供のようだった。


「全部食べても良いのか?」

 そう尋ねる照子は、ずっと被っていたフードを脱いでいた。

「ああ、構わない」

 答えつつ、椅子に座る俺。照子、おまえそんな顔をしていたのか。


 黒髪のおかっぱ頭。人形のように整った容姿。頭の左側に黄色い菊の花と紫の藤下がりのついた髪飾り。

 目はまん丸で大きく、とても愛嬌がある。かわいらしい童女だ。ロリコンなら放っておかないだろう。


「いただきますなのじゃ」

 両手を合わせる照子。嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべ、とてもおいしそうに夕食を頬張り出した。

 その頭の上をふわふわと跳んでいる、白い雲。


「なあ。その雲みたいなものはなんだ?」

 白い雲を指差し尋ねる。ずっと気になってたんだよな。

「ふぉれか」

 頬を膨らませたまま話そうとする照子。


「いや、飲み込んでからじゃべれよ」

 行儀が悪いぞ。それにそのままじゃ、何言ってるかわからないだろ。注意すると、口の中のものをもぐもぐと咀嚼する照子。

 そうして、口の中を空にした照子が、改めて口を開く。


「それはの。風雲の風ちゃんじゃ。妾のペットのようなものでの。ちなみに……」

 照子が虚空に手をかざすと「ポフン」そんな音を立てて、もうひとつ雲が現れる。こっちは真っ黒な雲。

 さっきから浮いていた白い雲と同じ、一メートルほどのサイズ。


「こっちは雷雲の(らい)ちゃんじゃ」

 それだけ話すと、照子は食事に戻る。うーむ。なるほど、ペットね。いまいちピンとこないが、そういうものと納得しておこう。

 つんつんと白い雲を突っついてみる。おお、触り心地は良さそう。


 今度は両手でしっかりと触ってみる。うーむ、ふわふわと弾力があり、とてもやわらかい感触だ。

 思った通り、触り心地は大変素晴らしい。しばらく風ちゃんを弄りながら、夕食を食べている照子を観察。


 こうして見ると……。嬉しそうに夕食を食べ続ける照子。そのあどけない仕草を見ていると。もう、まんま童女。

 だんだん不安になってくる。こんなので、本当に俺のことをしっかり守ってくれるのだろうか?


 昼間見た妖怪の姿は、今も脳裏にしっかりと焼き付いている。ぎょろりと見開いた大きな目も、鋭い爪も、そして腹の底に響く低い声も。

 あんなのが、また襲ってくるかもしれないんだよな。そもそも、あの妖怪はどうなったのだろうか?


「そういや。俺を襲った妖怪はどうなったんだ?」

 恐怖から、そしてその後に吹いたものすごい風のせいで、ずっと目を瞑っていた俺は、あの妖怪がどうなったのかを知らない。

 目を開けたときには、妖怪の姿は消えていたからな。


「どこかその辺へ吹き飛ばしたのじゃ」

「なっ! それって大丈夫なのか?」

 吹き飛ばしたって。てっきり、倒してくれたものかと。それじゃあ、まだ近くにいるかもしれないし、また襲ってくる可能性もあるのか。


「まあ、大丈夫じゃろう」

 おざなりに答える照子。

「いや、ものすごく不安なのだが……。なんでさっきちゃんと倒してくれなかったんだよ」


 あれ、絶対碌なものじゃないだろ。すっぱりと、後腐れなく倒してくれれば良かったのに。


「うーむ。そう言われても。今の妾に、妖怪を倒す術はないからのう」

「え? そうなの」

 はっ? そんなの聞いてないぞ。倒す術がないって。それで俺のことちゃんと守れるのか? ますます不安になるのだが……。


「うむ。妖怪を祓う力は、お主にとられておるからの。じゃが、倒せずとも追い払うことはできるから、安心せい」

「いやいや、全然安心できないんだけど。ほんとに大丈夫なの?」


「大丈夫じゃ。まあ、大物の妖怪に襲われると……。いやいや、きっと問題ないのじゃ」

「めっちゃ、不安なのだが……」

 今、何か言いかけたよな?


「まあ、ちゃんと対策はある。そもそも、お主が妖怪に襲われるのは……」

 たんたんと、照子は語る。

 俺が妖怪に襲われるのは、体に宿った神の力が制御できていないために漏れる、現人神としての気配のせい。それが妖怪を引き寄せる。


 妖怪にとって神の力はとても魅力的であり、喉から手が出るほど欲しいもの。ただ、神から力を奪うことは至難。

 しかし、現人神は違う。現人神に関しては、その体を食べることで、現人神に宿る神の力を手に入れることができる。


「ゆえ。お主は妖怪にとっては、おいしそうな匂い漂わせる撒き餌じゃの」

「ほうほう、なるほどな」

 状況が非常に不味いことは理解したよ。

「でっ、対策ってのは?」


「うむ。それは……。ほれ」

 ごそごそと懐を漁る照子。取り出した何かを俺のほうへ投げる。

「おっと」

 なんだこれ? お守りじゃないか。交通安全と書いてあるが……。


「それは妾が改良したお守りじゃ。それがあれば、お主から漏れる現人神としての気配が封じられる」

 おお! そんな便利なものが。つまりこれがあれば、妖怪を引き寄せることもないというわけだな。


「それさえあれば、化生の類も近くに寄らぬ限り、お主が現人神と気付かぬ。ゆえ、そうそう襲われることもなくなるのじゃ」

「なるほど。まだ若干の不安はあるものの。納得できた」


「それならば、いい加減に邪魔をせんでくれるかの」

 度々食事の手を止められた照子は、若干不機嫌そうであった。

「ああ、悪かったな」

 照子に謝り、渡されたお守りを観察する俺。


 見た感じだと普通のお守りと変わりない。持っていても何か不思議な力を感じるわけてもないし……。

 まあでも、照子が言うのだから効果はあるのだろう。となると、これが俺の生命線となる。


 俺は引き出しから紐を取り出すと、紐をお守りに結び。お守りを首から下げられるようにした。

 これで良し。これなら肌身離さず持っていられるだろう。さっそく首から下げてみる。問題もなさそうだ。


 そんなことをしている間に、照子が夕食を食べ終わる。


「ごちそうさまなのじゃ」

 照子が両手を合わせた。食べ終わったか。それなら食器を返すついでに、風呂に入ってこよう。


「お粗末様。じゃあ、俺はお盆を返しに行くついでに、風呂に入ってくるよ」

 その後は、さっさと寝る。今日はいろいろあったから疲れてしまった。そう考え部屋を出ようとしたところで、照子に声をかけられる。


「テレビをつけても良いかの?」

 ベッドの上に転がっていたチャンネルを掲げて見せる照子。

「好きにしろ」

 答えながら部屋を後にする。まったく照子はマイペースなものだ。




 そして翌日。俺は学校に向かっていた。頭の上には照子が護衛として貸してくれた、雷雲の雷ちゃんが浮かんでいる。

 雷ちゃんは雷を起こすことができるようで、万が一俺が妖怪に襲われたときには、その力で妖怪から守ってくれるらしい。


 しかしまさか、照子がまったくの役立たずだったとは……。照子はマジで戦う力がなかった。

 昨日、妖怪を吹き飛ばしたのも、風雲の風ちゃんの力だったらしい。


 まあ、それでも、照子も俺のことは真剣に……。というより俺から早く力を取り返したいというのが本音のような気がするが。

 とにかく、照子もいろいろ考えてくれてはいるようで。知り合いの神様のもとへ、知恵を借りると言って、朝早くから出かけて行った。


 知り合いの神様ね。解決策が見つかると良いが。その辺りに浮かぶ、小さな妖怪を視界に入れ、切に思う。

 さっさと元の平穏な生活に戻りたい。


 そんなことを考えていると、学校に到着する。まったく、こんなときでも学校には、行かねばならないからな。

 はぁー。心の中でため息をつきながら、上靴に履き替えるために下駄箱を開けると。中から何かが落ちてきた。


 うん? なんだこれ? 足元に落ちた長方形の物体。拾ってみると半分に折られた一枚の紙であることがわかる。

 何か書いてあるな……。これは!


 中を開くとそこには『大事なお話があります。今日の放課後、体育館裏で待っています』と書かれていた。

 これはまさか! いやいや落ち着け幸一。動揺するな。


 素早く紙をカバンに仕舞うと、周囲を見渡す。いたずらか? だが、それらしい人影は見受けられない。

 今日はかなり早く家を出たので、登校してきている生徒はまばら。見た感じ、こっちの様子を窺っている者はいない……。


 とういうことは! いたずらではない! これはひょっとして、ひょっとするのか?

 内心大慌てで、それでも表面上は平静を取り繕いながら、教室に向かう。脳をフル稼働させる。


 やっ、やっぱり告白の呼び出し? 名前とかは書いてないな。カバンの口から中に忍ばせた紙をよく確認する。

 文字はソフトタッチ、綺麗に整っている。これは男の字ではあるまい。手紙の主は女子である可能性が高い。


 まさかこのご時勢に学校で、それも靴箱に紙を忍ばせて、呼び出しをかけるという、漫画のようなことをする者がいるとは……。

 ともかく、これが告白の呼び出しだと仮定すると。いや、期待はすまい。なにせ、俺が誰かに惚れられる要素なんてない。


 正直な話、俺に女子との接点など皆無。女子と一緒に遊んだりしたのは、小学生の時まで。

 クラスでも女子とは事務的な会話しかしていない。だが、それならこの紙はいったい?


 実は不良からの呼び出しで「お前最近調子に乗っているぞ」とか言われてボコボコにされるとか?

 いやいや、そっちのほうがありえない話だ。そもそも、うちの高校には不良なんて存在しない。


 ならば、いたずらか? 呼び出しに応じ、のこのことやってきたところを笑いものにする作戦では?

 くっ! なんと考えられた罠だ。たとえ罠だとわかっていても、呼び出しに応じざるを得ない。


 思春期の男として、恋愛には当然興味があるのだ。万が一を思えば、呼び出しに応じないという選択肢はなくなる。

 いや待て! いたずらの場合、嫌なパターンがある。


 俺の友人、主に男友達がいたずらをした場合は良い。仲間内でしばらく笑い者にされるが、笑い話で済む話だ。

 しかしだ、もしこれが女子からのいたずらだとすると最悪である。


 例えば、女子グループが罰ゲームで、クラスの冴えない男子に告白。とかそういう系の話だったとしたら。

 それは不味い。なにが不味いかって、そんなことされた日には、俺の心はぽっきり折れてしまう。


 くそー! どうすれば良い。いったい何が正解だろう。考えつつも、俺の体はしっかりと動き、教室に入ると席に着く。

 早く学校に着いたせいか、クラスメイトはほとんど来ていない。どうしたものか……。うーむ、俺一人では結論が出ない。


 それなら、誰かに相談するか? だが誰に……。それにいったい何と言って相談したら良い。

 うーむ、「こんな手紙もらったんだけど、どう思う?」とかか? ストレート過ぎるな。


 だが、それ以外どう尋ねれば良いのだ。というかそもそも、俺の友人の中に、この手の話をまともに、聞いてくれる奴がいるか?

 大橋は絶対からかってくるうえに、きっと嫉妬に狂う。他の奴等は……。駄目だ、どいつもこいつも頼りにならない。


 あるいは木下ならと思ったが、木下は木下で、心配だから着いて行ってやろうとか、余計なことしそうだし……。

 さすがに告白のための呼び出しに、友人を伴っていたら相手に失礼だろう。まあ、別に一人で来てくれとは書いていないけどさ。


 だが少なくとも、俺が告白する側で相手が三人で来たら……。いや、女子なら友人と一緒に来るかもしれない。

 だって、いきなりの呼び出しとか、怖いと感じるだろうし。てっ、違う違う。今回の場合を考えねば。


 ともかく、やはり友人を連れて行くのはナンセンスだろう。となると、誰かに相談するのは却下だな。

 いや、そもそもまだ告白のための呼び出しと決まったわけではない。期待感から先走ってしまったが……。


 もう一度カバンの中の紙を一瞥する。『大事なお話があります。今日の放課後、体育館裏で待っています』

 うーむ。簡素過ぎる文だ。これではなんとも判断がつかない。


 しかし、呼び出されたのだ。行かなければならないだろう。だって、行かないのも相手に失礼だし。

 なにより、万が一にも告白のための呼び出しだったらという、淡い期待もある。


 いや、でも……。やっぱり。うーん……。答えが出せず。俺はしばらく考え続けたのであった。

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