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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第二章
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第九話

「そういえば窪田くん。手鏡を処理するとは言っていたけど、具体的にはどうするつもりなのかな?」

 電車から降りて梓さんの家へと向かう途中。隣に並んで歩く西原先輩が、そんなことを尋ねてきた。


 うーん。具体的な考えはまだないのだけど……。正直、照子に相談してみないことにはなんとも言えない。

 祓ってしまうのが一番なのだろうけど、俺の力で祓えるかはわからないし、蛟の杖をどうするか、という問題もある。


「……えっと。それに関してはこの手の事に詳しい知り合いに、相談してみないことにはなんとも言えません」

 こんなことなら、今朝の時点で手鏡に憑いているつくも神について、照子に詳しいことを聞いておくべきだった。


 力の弱いつくも神とはいえ、移動ぐらいなら可能だと照子は言っていたのに。軽く考えたのが失敗だった。

 今更だが、移動できるからには捨てたときと同じように、手鏡が梓さんの元に戻っていくことも、予想できたはずだ。


 照子がいるから、照子が見ていてくれるから大丈夫だと、さらに無害なものなら問題ないと安心してしまい。

 なぜ手鏡が梓さんの元へ戻るのか。その原因を解明せずに手鏡から目を離し、学校へ行ったのは間違いだった。


「それは……。大丈夫なのかな?」

「大丈夫です。さっきも言いましたが、無害だとはわかっていますし。梓さんの身に悪いことは起こりません」

「それなら良いが……。ほら、この角を曲がればすぐだよ」


 西原先輩に続いて角を曲がると、その先二十メートルほどの所にある家の前に、梓さんが立っているのが見えた。

「沙代!」

 梓さんも俺たちに気付いたようで、こちらに駆け寄ってくる。


「梓。わざわざ外で待っていたのか」

「ええ。だってあの手鏡が中にあるし、外のほうが落ち着くから」

「なるほどね」

 納得の色をみせる西原先輩の横で、俺も納得する。


 確かに、不気味な手鏡と一緒の空間にいたいとは思わないだろう。


「沙代。道案内をありがとう」

「構わないよ。親友の一大事だ」

「後輩くんも、わざわざ来てくれてありがとうね。さっきの電話ではきつい言い方をしてごめんなさい」


 そう言って頭を下げてくる梓さん。さっきの電話で声を荒げたことを申し訳なく思っている様子。


「大丈夫です。気にしていません」

 梓さんも気が動転していたし、仕方ないことだ。

「そう。良かった」

 安堵の息をもらす梓さん。


「それで梓。例の手鏡は家の中にあるのかな?」

「ええ、私の部屋に。沙代、取りに行くからついてきてくれない?」

「わかった」

「じゃあ。取ってくるから、後輩くんは待ってて」


「わかりました」

 俺が頷いたのを見て、家の中に入っていった西原先輩と梓さん。二人はさほど時間をかけることなく戻ってくる。


「窪田くん。取ってきたよ」

「ありがとうございます。……梓さん。手鏡はこちらで引き取らせてもらうということで、いいんですよね?」

 西原先輩から手鏡を受け取りながら、梓さんに確認を取る。


「ええ。そんな不気味な手鏡はもう見たくない。だから二度と手元に戻ってこないように、お願いできる?」

「はい。できる限り手を尽くします」

「ありがとう」


 よし。手鏡も回収できたことだし、さっさと家に帰って、どうすれば良いかを照子に相談しよう。


「それでは。俺はこれで帰りますが、先輩はどうします?」

「私は梓が心配だから、もう少しここにいるよ」

「わかりました。先輩、梓さん。俺はこれで失礼します」

「ああ、窪田くん。またね」


 西原先輩と梓さんに背を向け、帰途に着く。手鏡は回収することができたが、問題はここからだ。

 左ポケットに入れた手鏡を左手で握る。こうしておけば手鏡に何かあれば、すぐにわかるはず……


「雷ちゃん、手鏡に何か動きがあったら教えてくれるか?」

 念には念を入れて、雷ちゃんにも見張りをお願いすると、雷ちゃんは心得たとばかりに頭の上で跳ねた。

 これで、おそらく大丈夫だろう。


 急いで家に向かう俺。幸い何事もなく家まで辿り着くことができた。家に入ると階段を上がり自室へ。


「照子。いるか!」

「おお。おかえりなのじゃ」

 部屋に入ると、ベッドの上に寝転がり漫画を読んでいた照子が、おざなりに出迎えてくれる。


 こいつはまったく……。俺の気も知らないで、のんきなものだな。


「おい照子。なんで手鏡を見ておいてくれなかったんだよ?」

「手鏡? ああ、そういえば風ちゃんが何やら騒いでおったか」

「おまえ……。異変に気付いていたのかよ!」

「まあ。風ちゃんから、つくも神が動き出したとは聞いたの」


「おい。だったら、どうしてほうっておいたんだよ……」

「それはほれ。見ておけと頼まれてもおらんかったし、悪い気配も感じなかったからじゃ。ゲームで忙しかったしの」

「はぁー……。まったく……、おまえなー」


 思わず天井を見上げる。まあ確かに、そう言われればきちんとお願いしていかなかった、俺に非があるが……。

 基本的に照子は自分の興味のあることにしか、積極性を見せない奴だということを、すっかり忘れていた俺が悪いけど。


「はぁー。まあ、済んだことはもういい。……それで実は手鏡なんだが、また梓さんの元へと戻っていったみたいでな」

 今日の放課後から、今の今までに起こった出来事を簡単に説明していく。そうして説明が終わると手鏡を取り出し、照子に見せる。


「……で。こうして手鏡を引き取ってきたんだが。もう二度と梓さんの元へ戻らないようにしたいんだ。何か方法はないか?」

「ふむ。まあ、手っ取り早いのはつくも神を祓ってしまうことじゃの」

「できるのか?」


「大して力のないつくも神じゃからな。蛟の杖さえあれば、幸一でも祓ってしまえるじゃろう」

「うーんそうか。でも蛟の杖は、佐々木さんの家の蔵から取り出せないからなぁー。他に方法はないのか?」


「そうじゃな。他の方法となると封印したりじゃが、幸一にできる方法となると……。交渉くらいしかないかの」

「交渉?」

 それはつまり、話し合いで解決するってことか?


「うむ。つくも神と直接話をして、梓とやらの元へはもう戻らないようにと、言葉で説得するのじゃ」

「そんなことが可能なのか?」

 右手に持っている手鏡に視線を落とす。


 説得すると言われても、そもそもつくも神って話が通じる相手なのか? つくも神も妖怪の一種なんだよな……。

 この前、加藤さんにとり憑いていた妖怪の姿が頭に浮かび上がってくる。いきなり襲ってきたりしないだろうな?


「それは相手次第じゃの。つくも神は話の通じる者が多いが、説得に応じるかは相手次第じゃ」

 相手次第ね。そこはかとなく不安だ。しかし、どうにもそれ以外に方法はない様子。やれやれだ。


「念のために聞くが、このつくも神は本当に無害なんだな?」

「うむ。それは保障するのじゃ」 

「そうか。それで? 具体的にはどうすればいい? このまま手鏡に向かって呼びかければいいのか?」


「いや。今は力を使い果たし眠っておるから、呼びかけても無駄じゃの。まずは起こしてやらねば。手鏡を貸してみるのじゃ」

「何をするんだ?」

 ベッドの上で立ち上がった照子に手鏡を手渡しながら尋ねた。


「妾の力を少しだけ分けて。こ奴を呼び起こす」

 俺から受け取った手鏡をベッドの真ん中に置くと、照子は手鏡の上に両手をかざし、そうして大きく深呼吸。

 うん? もうやるのか? まだ心の準備ができていないのだが。


「ちょっと待――」

「それ!」

 慌てて止めようとするが一歩遅かった。照子の掛け声とともに、ボフンと音を立てて手鏡が姿を変えた。


 こ、これがつくも神なのか? 出てきたのは子供だった。


「うわ! うわわわわ! いったい何が?」

 あわあわと、慌てふためく男の子。

「あー。えーっと……」

 どう声をかけるべきか非常に悩ましい。


 まさかこんな子供が出てくるとは。身長は照子よりも少し低く、セミショートの白髪の下には、あどけなさの残る顔。

 服装は裾に金色の線で描かれた二匹の蝶が描かれていること以外は、ほぼ黒一色の浴衣に、灰色の帯を身に着けている。


「これ。落ち着かぬか!」

「痛!」

「おい照子。何してるんだよ!」

「なに。落ち着かせようと思っての」


 いやいや。だからっていきなり無遠慮に強く頭を叩くか普通。おかげで男の子が蹲ってしまったではないか。

 こっちはこれからお願いをする立場だというのに。それなのに相手の機嫌を損ねるようなことをしてどうする。


「いやいや、他にもっとやり方があるだろうが。……えっと、大丈夫か?」

 ベッドの上で蹲る男の子に、声をかける。

「は、はい。痛かったですけど。だ、大丈夫です」

 俺の声にびくんと反応して、顔を上げる男の子。水色の瞳に涙が……。


「あー。えーっと……」

「……あの。それで……。あ、あなたたちは?」

 俺がどう声をかけるか迷っていると、男の子が目元の涙を手の甲で拭いながら、恐る恐るといった様子で尋ねてくる。


 うーん。なんだか思っていたのと違う……。まあでもとりあえず。


「……俺は窪田幸一。こっちは」

「妾は天気の神様。照る照る坊主の照子じゃ!」

「ひっ」

 胸を張る照子に怯え、男の子が後ずさる。


「照子。あんまり脅かすなよ。というか、なんだか思っていた相手と違ったんだが……。こんな子供が出てくるなんて」

「力が弱かったからの。おそらく生まれたばかりなのではないかの。良かったではないか。これなら簡単に言い含められそうじゃぞ」


「いや。そうかもしれないが……」

 ベッドに座る男の子のほうを見ると、おどおどとした様子で、あちらこちらへと視線をさ迷わせている。

 見た目相応に精神が幼いとなると、やり辛いなぁー。


「あー……。えっとだな。実は君に頼みがあるんだが」

「……なっ、なんですか?」

 うるうるとした目でこちらを見つめる男の子。やっぱりやり辛い。しかし、ここは心を鬼にしなければ……。


「君に梓さん、えっと君の持ち主のお姉さんのことだけど、その梓さんの元へは戻らないで欲しいんだ」

「……どうしてですか?」

「それは。梓さんが君のことを怖がっているからだ」


「そ、そうなのですか……」

「ああ。ほら。やっぱり普通は動かない手鏡が動いて。そして手元に戻ってくるなんて不気味だからさ」

「……」


「ああいや! もちろん、君が悪いことをするとは思っていないけど。でも、俺と違って梓さんは君の姿が見えないし……」

 そんなに涙を溜めて、今にも泣き出しそうな顔をしないで欲しい。……これじゃあまるで、虐めているみたいじゃないか。


「……ま、まあ。とにかくそんなわけで。君が梓さんの元へと戻ると、梓さんを不安にさせてしまうから、もう戻らないで――」

「ひっぐ。ひっぐ。ううぇえ……」

「えっ。あ、ちょっと。ええっ……」


 ついに泣き出してしまう男の子。こ、困ったな。もはや俺の手に負えない。


「て、照子。これどうしたら」

「そんなこと。妾に言われても知らんのじゃ」

「おい。そんな他人事みたいに言うなよ」

「いや。実際、妾には関係ないしの」


 たまらず照子に助けを求めるが、照子は我関せずと言わんばかりに素っ気ない。


「ひっぐ……、ひっぐ」

「ああ。えーっと。ごめんな。その……」

 照子の助力を得ることは諦めて、なんとか自力で男の子を泣き止ませようと、優しく話しかけるが言葉が続かない。


 どうしたら泣き止んでくれるのだろうか? そもそもどうして泣いて――。


「……ひっぐ。やっぱり僕はっ。ぐすっ。捨てられっ。ちゃったん、ですね……」

 俺の疑問は男の子の言葉によってすぐに氷解した。

「……」

 なるほど。梓さんに捨てられたことがショックで泣いているわけか。


「おい照子。つくも神的には捨てられるって、かなり堪えることなのか?」

「ふむ。そうじゃな。つくも神は物に宿り生まれる妖怪、ゆえに捨てられるということには敏感じゃの」

「じゃあ。やっぱりショックで……」


「まあ、こ奴は随分と幼いみたいじゃしの」

「そうか……」

 なんだかすごい罪悪感を覚える。俺が梓さんの不安を煽ったりしなければ、この子は捨てられなかったかもしれない。

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