第三話
「どこから話したものか……」
俺の目の前で悩むてるてる坊主のような格好をした女の子。顎に手をあて思案気な様子。
ふむ、説明してくれるのはありがたいがその前に。
「えっと。まず、おまえが何者なのか。それを教えて欲しいのだが」
「ふむ。そうじゃな。まずは自己紹介からするかの。妾は天気の神様。てるてる坊主の照子と言う」
ふーむ。天気の神様ね。まさか神様ときたか。思うところがないわけではないが、さらっと流そう。
「俺は窪田幸一。しがない高校生だ」
「ふむ。幸一か。よろしくの」
「でっ。一体全体、どういうことなんだ?」
互いに自己紹介が済んだところで、すぐさま説明を求める。
「うむ。それはじゃな。まずは、お主の体のことを説明しようかの。実はの、お主の体には神の力が宿っておる」
それは天気を晴れにする力。もともと照子の力だった神の力が、俺の体に宿っているらしい。なにそれ、どういうことなの?
「それも面倒なことに。力はお主の魂と強く結びついてしまっておる。結果、お主は現人神となっておっての」
神の力が魂と強く結びついている? 現人神?
「ちょっと待ってくれ! いろいろ理解が追いつかない」
思わず待ったをかける。俺の体に神の力が宿り、そして現人神になっているだと。いったいなぜそんなことに?
「じゃあ、そのせいで突然髪の色が変化したり、変なものが見えるようになったりしたのか?」
「おそらくそうじゃ。ちなみに、お主がさっき妖怪に襲われておったのも、現人神になったせいじゃ」
あの化物、やっぱり妖怪だったのか。
「お主に宿った神の力を手に入れようと襲ってきたのじゃろう」
なるほどな。一連の事件の原因がわかったよ。ならば、あとはなぜ神の力が俺の体に宿っているのかを説明してもらおうか。
「しかもじゃ。お主は力を制御できておらず。そのせいで、ここら一帯では異常な日照りに見舞われておる」
はい? まさかそんな……。確かにここ一ヶ月、ここら一体では全く雨が降らない日が続いていたが……。
もう十月だというのに、未だに気温は三十度前後の真夏日が続き。一部の地域では節水を呼びかけているとニュースで言っていた。
しかしまさか、その異常な天気の原因までも俺だったのかよ。
「マジかよ……。で、なぜ俺の体に神の力が宿っているんだよ」
「ふむ。当然そこが気になるじゃろうな。事の発端は妾の友人のせいでの……」
照子が語る。どうも、すべての元凶は照子の友人の神らしい。
というのも、照子は友人の神に力を貸していただけ。賭け事をして、その対価に力を貸し出しただけらしく。
その力を勝手に友人の神が、俺に又貸ししてしまったことが原因だとのこと。
「妾は奴が勝手に力を人間に授けたと聞いて、慌てて取り返しに来たのじゃ。……まったくあの阿呆め。面倒なことを」
怒りのオーラを漂わせる照子。
「そうか。まあ、経緯はわかったから。とにかく、俺から力を回収してくれ」
なんだかとても疲れた。だから、さっさと俺から神の力を回収してくれ。そして俺に平穏な日常を返してくれ。
「いや、それがの……」
しょんぼりとする照子。言いにくそうに続ける。
「そうしたいのは、やまやまなのじゃが……。力がお主の魂に馴染んでしまっておっての。どうにも引き剥がせぬのじゃ」
「はい? 嘘だろ」
そんな馬鹿なことってないだろ!
「残念じゃが、事実じゃ。無理に引き剥がそうとすれば、先ほどの二の舞いじゃ」
照子の言葉に、魂を引っ張り出された痛みがよみがえる。あれは痛かった。じゃなくて!
てことは、ずっとこのままなのか? 変なものが一生見え続け。しかも、そいつらに襲われる可能性もある。
そんな状態で一生を過ごすことになるの?
それは嫌だぞ。第一、俺が力を制御できていないから、異常気象が街を襲っているんだよな。それってかなり不味くないか?
仮に俺の平穏な生活が崩れることには、百歩譲って目を瞑るとしてもだ。異常気象はどうにかせねばなるまい。
「どうすんだよ? この天気とか、不味くないか?」
「……しばらくは、お主の近くにおるしかないかの。ある程度近くにおれば、お主から漏れ出た力を散らせるゆえ」
おお! そんなことができるのか。確かにそれなら、異常気象の問題はクリアされる。ただ、俺はどうなる?
「俺は、俺は一生このままなのか?」
「いや、妾とて、このまま力が回収できないのは困る。ゆえ、お主に力を授けた阿呆を探す。奴ならば、なんとかできるはずじゃ」
「なるほど。ちなみにそれは、どれくらいかかる?」
良かった。なんだよ、なんとかなるんじゃないか。神様だから、すぐに探し出せたりするのかな。
「居場所を転々としておる奴じゃからの……。ただ、神無月には出雲に集まるゆえ、少なくとも一ヶ月半後にはなんとかなるはずじゃ」
一ヶ月半か……。けっこうかかるんだな。
「それまで、俺はどうしたら良い?」
「どうしたらも何も、普通に過ごせば良いじゃろう」
「いや、さっきみたいに襲われる可能性があるんだろ?」
「安心しろ。お主の傍におる必要があると言ったじゃろ。ついでに守ってやるわ」
それなら、安心なのか? まあ、神様らしいから。なんとかなるかな。
「わかった。だが、できるだけ早く元に戻りたい」
「わかっておる。なるべく早く、解決策を見つける努力をしよう」
「じゃあ。俺は家に帰るけど」
「ならば、妾も同行するのじゃ」
話が纏まったところで帰途に着く俺。その後ろには、白い雲に乗った照子が続いた。
「ただいまー」
「ふむ。ここがお主の家か。なかなか良い家じゃな」
雲に乗った照子を引き連れ、家に帰宅した俺。自分の部屋に入ると、ベッドに腰掛け。肩の怪我の手当てを始める。
そんな俺の横では、なぜか逆立ちを始める照子。レインポンチョのような外套が捲れて、照子の顔を隠す。
ふむ、外套の下は着物なのね。照子は外套の下に着物を着ていた。黒地にねじ菊模様の入った着物、帯は赤色。
しかし、一体何をしているのか。なんで逆立ちしてるんだ?
「何してる?」
「見ての通り逆立ちじゃ」
それはわかる。
「なんで逆立ちをしているんだ?」
「外を見てみ」
外? 丁度傷の手当を終えたので、窓に近づく。すると、さっきまで晴れていたのに、ぽつりぽつりと雨が降り出していた。
「こうすると、雨を降らせることができるのじゃ」
それはあれか。てるてる坊主を逆さまに吊るすと、雨が降るとかそういうたぐいの。ゆえ、照子が逆立ちしていると。
うーむ。もっとこうエイヤッと簡単に力を使えないのかよ。
「しばらくは雨を降らせる。日照り続きじゃったからの」
ふむ。それはしばらくそのまま逆立ちをするってことか?
「大丈夫なのか? 震えているぞ」
さっきから、腕がぷるぷると震えてしんどそうに見えるが……。
「うむ。その点は問題ないの。じゃが、頭に血が上るがなんとも辛いところじゃな」
「ふーん。そうなのか」
デスクに頬杖をついて照子を眺める。
にしても、こいつが神様ねー。童のような姿からはちっとも威厳を感じない。
話し方は古風な感じだが、声も子供そのものだし。まあ、天気を操ったりしているのは、すごいけどさ。
なんだか思ってたイメージと違う。そもそも……。
「なあ。神様って、なんなんだ?」
「何とはなんじゃ?」
「いや、聞き返されると俺も答えに窮するのだけど……」
いざ神様を目の前にするとな。なんとなく尋ねたくなっただけだ。
「まあ、神は神じゃ」
なんだよそりゃ、答えになってないだろ。
「じゃあ、こいつらはなんなんだ?」
相変わらず、空中を漂う化物の一体を指差す俺。
さっきの大きい奴がそうだったし、こいつらも妖怪かな? あっ、捲れた布のせいで見えないか。
「ふむ。そやつらは化生のたぐい。妖怪という奴じゃ」
あれ? 見えるの。ふーむ、やっぱり妖怪なのね。
「でかい奴も妖怪だったんだよな」
「そうじゃ」
「なら、こいつらも危ないのか?」
でかい妖怪は俺に宿る力を求めて、襲ってきたわけだから、こいつらも。
「そ奴らならば害はない」
そうなのか。目の前に近づいてきた拳ほどの妖怪を突っついてみる。俺に突っつかれた妖怪は、進行方向を変えて離れていった。
「うお! なんだこいつ。触れるぞ!」
突っついた感触が指に残る。どういうことだ? 今までは触れることなどできなかったのに。
「何を騒いでおるのじゃ」
呆れた様子の照子。
「いやいや、だって今まで触れなかったし……」
驚いても無理ないだろ?
「それはお主が、触ろうと意識をしていなかったからじゃな。現人神であるお主なら、触ろうと意識すれば、触れるのじゃ」
へぇー。そうなのか。
確かに今突っつこうとしたときは、今朝とは違い触れるかもと思っていたかもしれない。ならば。
近くにいた妖怪を、今度は触ろうと意識せず、はたいてみる。すると、手は空を切った。不思議なものだな。
「さて。こんなもので良いかの」
「もうやめるのか?」
「うむ。これでしばらく雨が続くじゃろう」
なんだ。ずっと逆立ちをしていなくても、雨は続くのか。
と、ここで勢いよく部屋の扉が開かれる。
「お兄ちゃん。夕飯の準備ができたって!」
「おわ! 恵美! いつも言ってるだろ。ちゃんとノックしろって」
慌てて照子を背に隠す俺。
「そんなことせんでも。妾の姿は普通の人間には見えぬぞ」
そうなのか。それは良かった。
「まあまあ、怒らないでよ。にしても、やっと雨男が仕事したね」
ずかずかと無遠慮に、俺の部屋へと入ってくる妹。
そういえばここ数日、あまりに晴れの日ばかりが続くものだから、事あるごとに俺に仕事しろとうるさかったな。
俺の雨男ぶりは家族には周知の事実ではあるが、人のコンプレックスをなんだと思っているのだ。まったく。
「うるさいな。いつも旅行とか行くとき、大抵雨で文句を言ってくるくせに、こういうときだけ頼るなんて、調子が良過ぎるだろ」
俺は妹の頭を小突く。
「痛いなぁー。もう」
大げさに額をこすって、アピールする妹。そんな力は入れていないはずだ。無視して部屋を出よう。
妹と白い雲に飛び乗った照子も俺に続いた。
いや、照子も来るのかよ……。
「「「いただきます」」」
母と妹とテーブルを囲む俺。ちなみに、父は仕事の帰りが遅いので、平日はいつも一人寂しく、晩御飯を食べている。
「おお! うまそうじゃな。妾にも、わけてくれないかの?」
雲に乗った照子が、目の前にふわふわと飛んできて、存在を主張する。が、無視して食事を続ける。
照子の姿は俺にしか見えていないので、返事をするわけにもいかない。
「のう。少しで良いのじゃ」
そういえば、その雲はなんなのだろうか? 後で聞いてみるか。てっ、邪魔だ。思いっきり視界を遮りにきた照子。
顔に雲を被せてくる。照子たちも体がすり抜けるようだが、視界は遮られる。
「のう。聞こえておるのか? 少しわけて欲しいのじゃ」
うるさいな。神様なんだから、食べなくても大丈夫だろ。
そもそも、ここで照子がものを食べたら、母と妹には空中に消えていくように見えるのではないだろうか。それは不味いだろ。
「おーい。聞こえておるじゃろ。少しだけ、少しだけで良いのじゃ」
食い下がって来るが、無視し続ける。するとしばらくして……。
照子はダイニングの隅に座り込み。床にのの字を書き始めた。その背からは哀愁が漂っている。はぁー。仕方あるまい。
「母さん。部屋で食べてもいいかな? そういえば宿題が出てて」
「もう。行儀が悪いわねー。まあ、構わないけど」
苦言を呈しながらも、母は立ち上がるとお盆を取りに行く。その傍、やりとりを見ていた照子が喜びの声をあげる。
「おお! もしや妾にもくれるのかの?」
俺は肯定の意味を込めて小さく首肯する。そして、母からお盆を受け取ると。夕食を乗せていく。そんな俺を照子が急かした。
「ほれほれ。急ぐのじゃ」




