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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第二章
28/33

第五話

今回のお話は梓視点となっております。

「とにかくです。できれば一度、手鏡を見せてください。そうすれば、手鏡に何が憑いているか。すぐに――」

 相手の言葉を最後まで聞くとなく、私は電話を切った。


「はぁー。なんなのよ。気味が悪い」

 携帯の画面を見て、電話が切れていることを確認しながら、そうつぶやく。本当に気味の悪い電話だった。


 なんなのよ。手鏡に何かがとり憑いているって……。ありえない。変なこと言わないでよ。馬鹿じゃないの!

 しかも悪いことが起こるって。まるで持っているだけで不幸になる、呪いのアイテムみたいなこと言って……。


 絶対、頭がおかしいよね? ああいうのを電波、オカルトって言うのかな。


「ほんと。ありえない」

 つぶやきながら、ベッドに横向きに寝転がる。沙代の後輩だかなんだか知らないが、薄ら寒いものを感じた。

 絶対、関わったらいけない手合いね。


 うわー。私の携帯番号、知られてるんですけど……。写真送ったメールは適当なフリーメール、捨てアドだから良いとしても。

 沙代の奴、携帯借りて電話をかけてくるのは良いけど。ちゃんと、発信履歴は消してから携帯を返して欲しかった……。


「とりま。着信拒否しとこう」

 すぐに携帯を操作して、設定を変更する。……それにしても沙代に、こんな変な後輩がいたとは。

 てか、沙代は後輩がおかしい奴だって、気付いてるのかな?


 あんま覚えてないけど。学園祭で後輩と会話していた感じだと、どうにもなかなか親密そうだよね。

 少なくとも、仲が悪いってことはなさそう。だって、後輩が手鏡を見たいからって、わざわざ私にお願いするぐらいだし。


 あー、もう。考えたら心配になってきた。沙代はあれで、けっこう抜けているというか。警戒心が薄いところあるからなー。

 まあ、さすがに幽霊だのなんだの。後輩のオカルト話を信じたりはしないだろうが。それを個性だと軽く流しそうで。


 うーん……。これは沙代に注意するように。できれば、縁を切るように。そう忠告しておくべきかな。

 うん。それが良い。ついでに、変な後輩を紹介した文句も言ってやる。私は沙代、西原家へと電話をかける。


 携帯を耳にあてると、しばらく呼び出し音が鳴り……。


「はい。西原です」

「あっ。おばさま、お久しぶりです。梓です。沙代ちゃん、いますか?」

「あら。あーちゃん。久しぶりね。沙代に用事? ちょっと待ってね」


 電話口から保留音が流れる。ただ、それもすぐに途切れた。


「もしもし。梓か。どうした?」

「沙代。ちょっと話しがあって。長くなるかもだけど。今、大丈夫?」

「大丈夫だよ」


「良かった。じゃあちょっと言わせてもらうわね。沙代。あんたの後輩、確か窪田だっけ? あれ、なんなのよ!」

「ん? 何かあったのかな?」

「ええ。あったわよ。すごく気味の悪いことがね」


 私は先ほどかかってきた気味の悪い電話のことを、沙代に伝えた。


「そんなことが……」

「たぶん、妄想癖でもあるのよ。でもほんと。マジで意味がわからなかったわ」

「……」


 うーん。反応からすると、沙代も後輩がそんな変な奴だと知らなかったのかな?


「沙代から見て。その窪田って後輩は、変だとは思わなかったの?」

「ああ。私にはそんな突飛な話をしたことはなかったからね。穏やかな性格で常識人だと。そう思っていたよ」

「そうなの?」


 ふーん。沙代の前ではおかしな話をしたことなかったのね。まあ、それはともかくとして。


「とにかく。縁を切ったほうがいいと思うわ」

「うーん……」

「いやまあ、同じ部活だから難しいかもだけど。極力関係を絶ってさ。関わると絶対、碌な事にならないわよ」


「そうは言うが「ちょっと沙代。あんまり長電話しては駄目よ!」おっと、すまない。切らないといけないみたいだ」

 何かを言おうとした沙代。しかし、電話口から長電話を咎める、おばさまの声が聞こえ。話は中断させられた。


「はぁー。わかった。でも、ちゃんと考えてね」

「ああ。梓の忠告は無駄にしないよ。じゃあ、また」

「ええ。またね」

 その言葉を最後に、私は電話を切った。


 うーん。どうにも心配ね。あの様子じゃあ、すぐに後輩と縁を切るってことにはらなさそうだし……。

 まあ、いきなり縁を切れと言っても、それまでの関係があるわけだし、難しいのはわかるけどさ。


「はぁー」

 なんとなく嫌な気分になる。

「よし。風呂入ろ」

 考えても、もやもやするだけだし気持ちを切り替えるのだ。


「あっ」

 風呂場へ向かうために、ベッドから立ち上がろうとした私だったが、ベッド脇に置かれた手提げカバンに足を引っ掛けてしまう。

 倒れるカバン。カバンの口からいくつか中身が飛び出した。


「まったく……」

 誰だ。こんな所にカバンを置いたのは。まあ、私なんだけど。カバンを立て直し、こぼれたものを中に戻していく。

 その中には、沙代の高校の学園祭で買った、例の手鏡もあった。


「……」

 手鏡を拾ったところで、少し動きを止める私。何かがとり憑いてるねぇ……。

「……馬鹿馬鹿しい」

 乱暴に手鏡をかばんに仕舞うと私は部屋を出た。




 そして翌日。私はベッドの上で惰眠を貪っていた。今日は火曜日、平日だが文化の日なので休日。

 なので、ベッドの上でごろごろとしていたら。気が付いたときには、すでに十一時を回っていた。


 さすがに、ちょっと寝過ぎたわ。


 いい加減、眠気もなくなっていたので、ベッドから起き上がると、そのまま部屋を出る。

 そして一階の洗面所を目指し、階段を下りようとして。途中、窓から見える車庫に車がないことに気付く。


 あれ。父さん、どこかへ出かけてるのね。今日は、仕事休みだって言ってたけど。どこへ行ったのだろう。


「キャ!」

 窓の外に気を取られ、上の空だった私は足元がおろそかになっており、階段の中ほどで、足を滑らせた。

 咄嗟に手すりに掴まろうとするが、手は空を切る。


「いたた……」

 幸い、階段から落ちることはなかったが、私はお尻を盛大に打ちつけた。まさか、転ぶなんて……。

 ああもう。お尻が痛い。


「ちょっと! どうしたの? 大丈夫!」

 私が倒れる音は、母さんにも聞こえていたらしい。慌てた様子でやってきた母さん、階段で倒れている私を見て、さらに慌てる。


「大丈夫? 怪我はない。痛いところは?」

 母さんは、ドタドタと階段を上がり、すでに起き上がっていた私に、心配そうに声をかける。


「平気、平気。ちょっとこけただけだから」

「ほんとに?」

「ほんとほんと。それより、父さんどっか出かけたの?」

 母さんは大騒ぎし過ぎよ。煩わしいので、話題を変え注意を逸らす。


「お父さんは急に会社でトラブルが起きたらしくて。朝方、急いで出かけて行ったわ。それよりほんとに大丈夫なの?」

 あらら。それはご愁傷様。せっかくの祝日だというのに、トラブルで休日出勤とは運の悪い。


「痛!」

「ちょっと! やっぱり怪我してるじゃない!」

 そのようだ。右手を動かすと手首に鈍い痛みが走る。咄嗟にとった受身、お尻をぶつける前に、先に手をついたさい、痛めたのだ。


「どうする? 病院、いく?」

「いや、大丈夫。感じからして、たぶん捻挫だし。氷で冷やして。病院行くなら父さんが帰ってからでいいよ」


 うちには車が一台しかないから、今から病院に行くとなるとタクシーか徒歩だ。それなら、父さんが帰ってくるまで我慢する。


「ほんとに大丈夫?」

「大丈夫だって。それより、お腹すいたから何か食べたい」

 心配性の母さんを宥め、やり過ごす。


 そうして、患部を冷やしながら。母が用意してくれた遅めの朝食兼昼食の、サンドイッチを食べると。私は部屋に戻ってきた。


「いたた」

 患部に湿布を貼り、包帯を巻く。うーん、まだ痛いなー。思ったより痛みが引かず、残っている。

 これ、もしかしたら骨にもダメージがあるのかも。


 そんなことを思ったその瞬間。一階からガシャーンと、大きな物音が……。何? 今の音?

 嫌な予感がした私はすぐに一階へ。すると、ダイニングで倒れる母さんの姿を発見した。


 うつ伏せに倒れる母さん。意識を失っているのか、ぴくりとも動かない。しかも、額から血が垂れており、床に血溜まりが……。


「母さん! 大丈夫!」

 慌てて、母さんの近くまで駆け寄り、声をかける。どうしよう。たぶん倒れて頭を打ったんだと思うけど。

 そうだったら、不用意に動かすのは不味い。


「とっ! とにかく、救急車!」

 僅かな逡巡。すぐに自分の手に負えないと判断。慌てて、固定電話の所へ。そしてすぐに百十九番、救急車を呼んだ。


「あとは……。額の傷は押さえたほうがいいよね」

 タオルを持ってきて額の傷に押し当てる。それから私は、母さんの容態を心配しながら、今か今かと救急車を待つ。

 救急車は十分ほどで到着した。


「病院まで搬送します。一緒に来てください」

「わかりました」

 そうして、救急搬送される母さんに付き添って病院にやってきた私は……。病室の一室で、母さんと一緒にお医者様から話を聞いていた。


「軽い脳震盪です。命に関わることはありません。まあ、それでも大事をとって。二、三日は入院してもらいます」

「そうですか」

「はぁー」


 体の力が抜けていくのがわかる。良かった。心配で気が気ではなかったので、心から安堵した。


「つきましては……」

 その後、お医者様から今後の処置について聞き。それも終わると、私と母さんは処置室を出た。

 私はすぐに携帯を取り出し、メールを打つ。


『母さん。軽い脳震盪だった。命に別状はないみたい。でも、大事をとって二、三日は入院することになった』


「何してるの?」

「役立たずの父さんにメール」

 父さんには、母さんが倒れてすぐ電話したのに。全然出てくれなかった。まったく、肝心な時に役に立たない。


 普段から仕事中だと電話に出てくれない人だったけど。母さんの一大事に、一家の大黒柱が気付かないなんて。

 一応、電話に出なかったので、メールしておいたが……。それすらも、未だに返信がないので、気付いていないはず。


「お父さん。何て言ってる?」

「返事なし。たぶん携帯を見てないんだと思う」

「はぁー。まったく、あの人は……」

「ほんとにね。携帯を持つことの意義を考えて欲しいよ」


 今回は大事なかったとはいえ。家族の一大事に連絡がつかないのは、本当に困る。ちゃんと注意しておかないと。


「あっ、そうだ梓。せっかく病院に来たのだから。手首、診てもらっておきなさい」

 そんな、良いこと思いついたとばかりに言わないで欲しい……。母さんは心配性なのに、自分の体のことは棚に上げるよね。


 ただ、その意見には一理ある。


「わかった」

 どうせ。この後、父さんが来るまで病院にいるつもりだったし、時間は有意義に使いましょう。

 おっ。噂をすれば、父さんからメールだ。


『すまない! 全然携帯を見ていなかった。すぐに病院に向かう!』

『いや。もう大丈夫だから。仕事優先で。ゆっくりでいいよ。私もちょっと病院に用事あるからさ』


 父さんのメールにそう返信したものの。結局、父さんは二十分もしないうちに、病院にやってきた。


「梓! 母さんは!」

 丁度、整形外科の外来待ちをしていた私を、目聡く見つけた父さん。

「母さんは三一二号室」

 五分ほど前、病室の用意が出来たとかで母さんとは別れた。


「そうか。行くぞ!」

「いや、私は手首診てもらうから」

 私は包帯の巻かれた右腕を持ち上げ、父さんに見せる。


「どうしたんだ?」

「あー、えっと。ちょっとこけた。まあ、大したことないから、母さんとこ。行ってきなよ」

「わかった」


 それから、なんだかんだやることを済ませ。ようやっと家に帰ってきたときには、十八時を回っていた。


「はぁー。なんか、すごく疲れたわ」

 ベッドに倒れ込む。本当に、どっと疲れた。ああ! 明日の講義で提出する課題があったんだった!

 あれ。けっこう時間かかるんだよね。


 すぐにやらないと。そう思い、ベッド脇に置かれたカバンを開くと、例の手鏡が目に入り、私は動きを止める。

 同時に、思い出される昨日の電話。沙代の後輩からの、どこか胡散臭い、忠告めいた電話の内容。


 思えば今日、なんだか悪いことが立て続けに起こったよね。父さんは、部下のちょっとしたミスで休日出勤することになり。

 私も大したことなかったとはいえ、階段で転んで手首を捻挫。そして極めつけは、母が脳震盪。悪いことが重なった。


 頭の中で「手鏡を購入してから、何か変なことが起こっていませんか?」という声が再生される。沙代の後輩が言った言葉だ。

 昨日は簡単に聞き流せたその言葉が、今日はやけに心に重たくのしかかってくる。まさか、ほんとに手鏡が不幸を引き寄せてる?


 いやいや、そんなことあるわけない。そう、すぐに否定するも。さっきから、私の視線はずっと手鏡から離れない。

 そして、そうしていると。手鏡から、なんがか嫌な気配が漂っているような気がして。ぶるりと体を震わせた。


「いやいや。ありえないでしょ」

 内心で沸き起こる気味の悪さを掻き消すように、否定の言葉をつむぎながら、手鏡をカバンから取り出し。

 そして、手鏡をまじまじと観察する。


 ちょっと古いが、何もおかしな所なんてない、ただの手鏡じゃん。そう思うも、心の中に湧き上がった不信感。

 あるいは嫌悪感か。とにかく、自分でも原因がよくわからないが。手鏡に対する忌避感が募っていく。


「ああ。もう!」

 駄目だ。どうにも気になってしまう。手鏡と今日の出来事は何も関係がないと。そう考えるも……。

 手鏡が自らの近くにあることが、我慢ならない!


 私は手鏡を持ったまま、部屋を出ると。そのまま家を飛び出した。


 向かう先は近くのゴミ捨て場だ。もう。こんなに悩むくらいなら、手鏡を捨ててしまおうと考えた。

 どうせ、千円で買ったものだし。そんなに思い入れもない。こんなの持ってないほうが良い。


 手鏡が何か悪さしてるわけないと。どれだけ否定しても、心にしこりが残るなら、手鏡を手放せばそれで……。

 いつも通りの日常に戻れるのだから! そうして、近くのゴミ捨て場に着くと、私は手鏡を捨てた。

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