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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第二章
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第二話

 梓さんを探す有効な手段を思いつかなかった俺は、予定通り照子と学園祭を回ったのち、さっさと家へ帰宅した。

 そして現在、俺は自室のベッドの上に仰向けに寝転がって、考え事をしていた。手鏡のことが気になって仕方ない。


 結局、手鏡を照子に見せることは叶わなかったが……。あの手鏡、絶対何か憑いていたに違いない。

 悪いものじゃないと良いのだけど……。手鏡に浮かんだ眼のことが、さっきから脳裏にチラつく。


 うーん、失敗したな。梓さんが手鏡を買おうとしたとき、もっと強引な手段で阻止すべきだったか?

 あるいは、俺にしか見えなかった眼のことを伝えたら……。いや、信じてもらえる可能性は低かっただろう。


 ともかく、終わってしまったことを蒸し返しても仕方あるまい。今はこれからのことを考えるべきだ。

 幸いなことに、手鏡を買っていったのは、赤の他人ではなく西原先輩の友人だ。まだ、手はある。


「西原先輩経由で梓さんに……」

「なんじゃ、まだうじうじと。あの手鏡のことで悩んでおるのか?」

 思わずこぼれた俺のつぶやきを、ベッドを背もたれにして床に座り、本を読んでいた照子が拾った。


「ああ、どうしても気になって」

 俺はベッドから身を起こすと。丁度、床に座る照子のすぐ横に足を降ろし、ベッドの縁に腰掛けた。


「やれやれ。お主はなんというか……。加藤の件と言い。面倒事に首を突っ込むのが好きだの」

「気になったんだから仕方ないだろ」

 別に好き好んで面倒事に首を突っ込んでいるわけではない。


 ただ、ほうっておいたら悪いことが起きると気付いてしまった以上、ほうっておけないだろうが。


「やはり、お人好しじゃの。しかし、まだ手鏡に憑いてるものが悪さをするとも限らぬぞ」

「それでも、可能性はあるんだろ」

「まあ。好きにすれば良いのじゃ」


 そっちから話しかけてきたくせに、あっさりと、なげやりな態度で会話を切り上げた照子。

 話している間、ずっと本から目を離さなかったし、最初から大して興味がなかったのだろう。


「ああ、好きにするさ」


 とりあえず、明日学校で……。いや、明日は日曜日だから無理か。明後日、学校で西原先輩に会おう。

 それで、西原先輩にお願いして、梓さんに手鏡を見せてもらえないか。西原先輩に交渉してもらう。


 となれば、問題はどう話を持っていくかだな。本当のこと、俺にしか見えない眼のことは言わないほうが良いから……。

 そうだな。あの手鏡が綺麗だったから、もう一度じっくりと見たい。理由はこんなところでどうだろうか。


 美術的な感性から訴えれば、西原先輩はおそらく不自然に思わないはずだし。この理由でも動いてくれるだろう。

 問題は梓さんの反応だが……。まあ、これは考えても仕方ない。とりあえず、この策でいこう。


 ただ、そうなると……。明後日にならないと動けないのが辛い。かといってどうにもならないし……。

 俺は西原先輩の家も、家の電話番号も知らない。これでは連絡を取ることは不可能であった。


 うーん。もどかしいな。まあ、明後日まで動けないのなら、せめて準備だけはしっかりしておくか。

 あの手鏡に悪いものが憑いていた場合の対策だけは、しっかりやっておいたほうが良いだろう。


「なあ、照子。仮にあの手鏡に憑いてるものが、悪いものだったとしたら、その場合はどうすればいい?」

 もし、前のように祓う必要があるなんてことになったら、佐々木さんから蛟の杖を借りないといけない。


「ふむ。そうじゃのう。実物を見ておらぬから、なんとも言えぬが。悪いものならば、祓う必要が出てくるじゃろうな」

「てことは、蛟の杖が必要になるってことか?」

「お主が祓うのなら、そういうことになるの」


 やっぱりそうなるよな。俺は未だに自身の中に宿る神の力を認識できておらず。引き出すこともできない。

 そんな状態では当然、妖怪祓いは不可能なので、妖怪祓いをするためには、絶対に蛟の杖が必要だった。


「じゃあ、明日佐々木さんに貸してもらってくる」

「気が早い奴じゃ。まだ、必要になるかわからんというのに」

 いや、そう言われると返す言葉もないが。念には念を入れておくに越したことはないだろう?


 善は急げである。さっそく佐々木さんに連絡しておこう。そう思い立った俺は立ち上がると、デスクの上の携帯を取る。


『蛟の杖を貸して欲しい。明日、会えないか?』

 まあ、こんなもんで良いだろう。携帯を操作してメールを送信。すると、照子が思い出したかのように口を開く。


「ああ、ひとつ言っておくことがあるのじゃ。蛟の杖はお主と相性が悪いと言ったのを覚えておるか?」

「そういえば、そんなこと言っていたな」

 一応、記憶には残っていた。


「覚えておったか。それでじゃ。相性が悪い奉祈じゃと、実はそれほど力を引き出せぬ。ゆえ、相手によっては蛟の杖では祓えぬことを覚えておけ」

「えっ! そうなのか?」

「うむ」


 てことは蛟の杖があっても、どうにもならない可能性もあるわけで……。悪い知らせに頭を抱えようとするが。

 丁度そのタイミングで着信音。携帯にメールが届いたようなので、とりあえずは気持ちを切り替え、メールを開く。


『すみません。実は蔵の中に入ったのが父にばれてしまいまして。今、蔵には入れないんです』

 佐々木さんからのメール、最初の一文にはそう書かれており、その後に詳しい事情が続いていた。纏めると……。


 蔵に入ったことが父親である宗治さんにばれてしまった佐々木さんは、宗治さんにこっぴどくしかられ。

 さらに、宗治さんは蔵の鍵を金庫に仕舞ってしまったそうで。蛟の杖は取り出せないとのこと。


 なんと……。泣きっ面に蜂ではないか……。


「それは困る……」

「うん? どうしたのじゃ」

 俺の脈絡のないつぶやきに、疑問符を浮かべた照子。そんな照子に俺は携帯の画面を見せる。


「なるほど。これは大変じゃな。まあ、頑張るのじゃ」

「いや、頑張れって言われても……」

 そんなやる気なく言われても、心に響かないし……。もとい、そうではなくて。これは不味い事態である。


 蛟の杖があっても、事態に対処できるか怪しくなったところに。まさかの、更なる追い討ち。

 そもそも、蛟の杖を借りることができなくなってしまうとは……。これでは何も始まらない。


 いや、手がないわけではない。照子なら壁をすり抜けて蔵の中へ入れるはず。蔵の窓は確か、中から開けられる仕組み。

 ちょっと罪悪感を覚えるが、照子に蔵へと忍び込んでもらえば、蛟の杖を持ち出すことは可能だ。


「照子。おまえなら、壁をすり抜けて蔵の中に入れるよな。それで、蛟の杖を取ってきてくれないか?」

「残念じゃが。それはやめておくべきじゃ」

「え! どうして?」


「実はあの蔵には、結界が張ってあるのじゃ」

「結界! 結界って何だよ?」

 アニメとか漫画の中では見たことあるけど……。


「うーむ。いろいろな方法、効果があり、一概には説明できぬが。結界とは囲い。境界を敷き領域をつくることを言う」

「いや、そう言われても」

 イメージとしては、なんとなくわかるけどさ。


「まあ、今回の場合は蔵の壁に沿って、化生の類を弾く見えない壁が存在すると。それだけわかれば良いじゃろう」

「それならわかる。だけどなんで結界なんか……」


「ふむ。それはおそらく蔵の中のものを守るためじゃ。蔵の中には、悪しきものを封じたもの等、危なそうなものがあったからの」

「そうなのか?」

「うむ」


「なんでそんなものが……」

 佐々木さんの家は寺だし、その関係で曰くつきの物が集まったのか? いや、だとしても結界って……。

 そもそも誰がそんなものを張ったんだよ。


「おそらくじゃが、佐々木家は妖怪退治、祓い屋のようなことを生業にしておったのではないかの」

「マジかよ……」


 衝撃の事実だ……。いや、まだ確定したわけではないが。照子の意見は至極納得のいくものだった。

 佐々木さんの家が妖怪退治を生業にしているならば、いろいろなことに辻褄があってしまう。


 なるほどなぁー。佐々木さんがやけに妖怪に詳しかったのも、そのせいか。ひとつ謎が解けたよ。

 うーむ。そうなってくると、いろいろと佐々木さんに聞きたくなるが。ともかく今は置いておかないと。


「なるほど。いろいろ腑に落ちたよ。それで、結局のところ。その結界のせいで、蔵には入れないってわけか?」

 照子ですら、結界はすり抜けられないってことか?


「いや、入れないというわけではない。ただ、やめておくべきじゃと言うておる」

 え! 入れるのか? 今の話しぶりだと、てっきり照子でも蔵には入ることができないのかと……。

 いや、照子は入れないとは一度も言ってなかったが。


「やめておくべきって。それはどういうことだ?」

「それはの。簡単に言えば、押し込み強盗。無理矢理結界を破って入ることになるからじゃ。というのも……」


 照子によると、結界を破り、強引に侵入することは可能。ただ、破られた結界は元には戻らないそうで。

 さらに結界が破れたままでは、蔵の中身を守ることができなくなるため。非常に面倒な事になる可能性があるらしく。


 それゆえ、蔵に結界を施したであろう佐々木家の人間に、今も結界を張れるものがいるか確認がとれるか。

 あるいは、相当に切羽詰った状況でもない限り。蔵に無理矢理侵入するのは、やめておくべきとのこと。


「正直な話。例え手鏡に悪いものが憑いておるにしても。結界を張り直せる保障がなければ、結界は破るべきではないのじゃ」

「なるほど。うーん……」


 それなら確かに、やめておくべきか。あの手鏡だって、まだ悪いものが憑いていると決まったわけでもないのだから。

 それなのに強引に結界を破って。結局、悪いものではなかったってことになったら、目も当てられない。


 というか。照子の説明のニュアンスだと、一番に優先すべきは結界って言っているように聞こえた。

 手鏡に悪いものが憑いていても、それがもたらす被害と、蔵の中身の危険度を比べて、結界をなにより優先すべきと。


 あの蔵の中身、そんなに危険なのかよ……。


 ただ、そうなると結局、明後日まで俺にできることはないってことになる。いや、佐々木さんに会うだけ会うというのもありか。

 佐々木家が祓い屋なのかとか。結界のこととか。佐々木さんに確認を取っておく必要が出てきたわけだし。ただ……。


「照子。佐々木さんに『あなたの家は祓い屋ですか?』と、そんなことを尋ねてもいいと思うか?」

 こういうのって馬鹿正直に尋ねても良いものなのかな? 秘密にしていたりとか、話しにくいことだったりしないか?


「そんなこと、妾が知るわけないじゃろう」

 どこか呆れた様子で、そう答える照子。

「いや、まあ。そうなんだけどさ……」

 非常に切り出しにくい話なので、誰かに相談したかったんだよ。


「まあ。しかし、そうじゃな。こういうのは、化生の類が見えない人間には打ち明けにくいから、秘密にするのではないかの?」

 なるほど。納得できる意見だ。俺も加藤さん相手に、妖怪のことをどう切り出そうか。非常に悩んだものな。


「ゆえ。幸一ならば、尋ねてみても問題はないじゃろう。妖怪になぜ詳しいか。その辺りから攻めていけば良いのではないかの」

「ふむ。それはなかなか妙案だ」


 佐々木さんが、なぜ妖怪に詳しいのか。それが気になっていたのは事実であるし、話のきっかけとしては最適である。

 よし。とりあえず佐々木さんに明日会えるか確認を取ろう。


『蛟の杖のことはわかった。ただ、他にも相談があるから。佐々木さん、明日会えるか?』

「しかし照子。今日は随分と相談に乗ってくれるじゃないか」

 メールを佐々木さんに送信しつつ、照子に言った。


 普段なら、めんどくさがって適当に相手するだけなのに。建設的な意見まで。照子にしては珍しい。


「まあ、昨日は無理を言って、学園祭に連れていってもらったからの。その礼みたいなものじゃ」

「ほう。珍しく殊勝な行いをするじゃないか。っと、メールだ」


『明日は特に予定もないので、大丈夫ですよ。ただ、先ほどのメールと言い。何かあったのですか?』

 佐々木さんからのメールにはそう書かれている。まあ、気になるよな。


『じゃあ、十四時に佐々木さんの家に行って良いか? 何があったかについては、明日話すよ』

 そうメールを返信。するとすぐに返事が。


『わかりました。お待ちしております』

 よし。とりあえず佐々木さんと約束を取り付けたし、今日は早く寝て。学園祭の疲れを取ろう。

 そう考えた俺は、風呂に入るために、部屋を後にしたのだった。

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