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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第二章
24/33

第一話

「丁度ですね。ありがとうございました」

 本日は学園祭。俺はグランドの一角にて。クラスの出し物、フリーマーケットの店番をしていた。


「思ったよりも、客くるなー」

 同じく店番をしていた大橋が、ぽつりとこぼす。


 確かに。校内は多くの人で賑わい、そのおかげか、うちのフリーマーケットにも客は来ている。もっとも……。


「ほとんどは冷やかしだけどな」

 客の多くは覗いていくだけで、滅多に買っていかない。


 まあ、うちのクラスは準備と当日楽できるからという理由で、フリーマーケットになっただけ。

 ゆえ、学園祭に賭ける思いもなく。正直、売れようが売れまいが、特に問題はないけどな。


「それにしても木下の奴よー。学園祭を彼女と回りやがって。あの野郎……」

「僻むなよ」

 一週間前、無事に加藤さんとよりを戻した木下は、今日は加藤さんと学園祭を回っており、さっきここにもやって来ていた。


「いいよなー。はぁー。俺も彼女が欲しい」

「……おまえ最近そればっかだな」

 木下が加藤さんとよりを戻して以来、大橋は事あるごとに彼女が欲しいとぼやいている。


「いや、だってよー。せっかくの高校生活――」

「やあ、窪田くん」

「おっと」

 背後から声をかけられたので、大橋との会話を切り上げる。


「ああ。どうも、西原(にしはら)先輩。いらっしゃいませ」

 声をかけてきたのは、美術部の西原先輩だった。そんな西原先輩の隣には、赤い髪の派手な見た目の女性(おそらく西原先輩の友人)が一人。


「君のクラスはフリーマーケットだったのだね」

「へぇー。フリマかぁ。何かいいものあるかな」

 並べられた商品を眺めながら、話しかけてくる西原先輩。その隣では西原先輩の友人が商品を物色し始める。


「ええ。楽だからという理由でフリマになりました」

「どうぞお姉さん。見ていってください!」

 西原先輩にそう返す俺。その隣で西原先輩の友人の相手を始める大橋、綺麗な女性相手だからか、いつもより張り切っている。


「楽だからか。それは羨ましい限りだ。うちのクラスはやる気があるうえに、お化け屋敷だからね。大変だったよ」

「ああ。お化け屋敷は準備とか大変ですよね」


「まったく、受験も控えているというのに。放課後、余計な時間を使うなんて。まったく面倒このうえないよ」

「ははは。でも、先輩には関係ありませんよね。大学はもう決まっていますし」


 西原先輩は芸術のセンスが抜群で、所謂天才と呼ばれる人物。数々のコンクールで入賞を繰り返し。

 その実力を買われて、複数の有名美術大学からオファー、推薦の話がきており、それに乗ったと聞いている。


「まあね。しかし、貴重な時間が割かれるのは事実だろう? まして、私が美術部だからと余計な仕事まで押し付けられるのは、不愉快だよ」

「ああ、それは確かに……」


 俺は横に立てられて看板に目をやった。俺も美術部だからと、フリーマーケットの看板を描かされたもんな。

 なんでこういうときだけ、無駄に仕事を任されないといけないのだろうか……。まあ、かなり手を抜いて描いたから良いけどね。


「しかも、その対価が当日の自由だけときた。まったく割に合わないよ」

「あはは」

 俺は看板を描いても、何の優遇もしてもらえなかったけどね……。


「ねえ、これ綺麗じゃない?」

 話が一区切りついたタイミングで、西原先輩の友人が口を挟む。西原先輩の友人は、手に持った丸い手鏡を西原先輩に見せる。


「どれどれ」

 手鏡を、しげしげと眺めだす西原先輩。その目はかなり真剣で、さながら目利きの鑑定士のよう。

 俺もつられて、手鏡を観察する。


 少し古そうな手鏡。サイズは、直径十センチほど。表は普通の鏡。裏面は黒地に虹色に光る蝶や花の柄が……。

 その装飾は、ところどころ剥げている部分があるものの、綺麗である。


「ふむ。これは螺鈿細工だな。なかなか値打ちのありそうだ」

 西原先輩がつぶやく。

「螺鈿細工?」

 西原先輩の友人が首を傾げた。あ。不味いかも。


「螺鈿細工とは。漆地に、アワビなどの貝殻の内側、虹色光沢から削り出した素材を貼り付ける装飾技法で。伝統工芸の一種だ。その起源は……」

 堰を切ったように話し始める西原先輩。こうなると早めに止めないと不味い。


 西原先輩は芸術方面の知識に関しては一家言あるようで。話し出すと非常に長くなるという悪癖があった。

 しかも西原先輩は、話せば話すほど興が乗るタイプなので、早めに止めないと止まらなくなる。

 

「ストップ、ストップ。わかった、わかったから。もういいわ」

「むっ。そうか?」

 どうやら、西原先輩の友人も西原先輩の悪癖を知っていたようで。慌てて西原先輩を止めた。


 それにしても、伝統工芸か……。その言葉の響きだけでなんとなく価値がありそうに思えてくるから不思議だ。

 そんなことを思いながら、手鏡を見ていると。鏡の部分に、すうっと(まなこ)が浮かび上がり、ぎょろりと目をむいた。


「うわ!」

 いきなりの出来事に、思わず声をあげてしまう。

「どうした急に?」

 俺の声に反応して訝しげな顔を向けてくる西原先輩。


「いえ、なんでもないです」

 慌てて、西原先輩を誤魔化しつつ。手鏡を凝視する。見間違い……。じゃあ、なかったか……。

 だって、今もまだ見えているし。


 一向に消える気配のない眼。黒い瞳がきょろきょろ周囲を探るようにうごめいている。

 うわー。最悪だ……。また、変なものが見えてしまった。しかも、俺以外には見えていない様子。


 となると、これはまた。妖怪とか、そゆいう類だよね。ああ、やれやれ面倒な。どうしたものか……。


「それで(あずさ)。買うのか?」

「ええ、綺麗だし。気に入ったから買うつもり!」

「そちらは千円になります」

「千円か。なら、良い買い物だろう」


 少し呆けている間に。話は進む。どうやら、西原先輩の友人、梓さんは手鏡を購入するようだ。

 しかし、ちょっと待って欲しい。その手鏡、明らかに何か憑いている。売っても大丈夫なのだろうか?


 悪い妖怪でも憑いていたら事だぞ? 素早く、頭の上に浮かぶ雷ちゃんに視線をやるが、雷ちゃんに動きはない。

 動かないってことは、悪いものではないのか? いやでも、雷ちゃんが気付いてないって可能性も……。


 考えながら、もう一度手鏡に視線を戻す。すると、眼は消えていた。あれ? 消えてる。いや、それよりも!


「はい。千円」

「丁度で――」

「ちょっと待ってください!」

 大橋が千円札を受け取ろうとしたところを、慌てて遮る。


「おいおい。どうしたんだ窪田?」

「大橋、ちょっとこっちに」

「え? どしたの?」

 梓さんが疑問符を浮かべているが、無視して大橋を引っ張っていく。


「窪田。なんだよ?」

「えっと。いやなんて言うか……。その、あれだ。えっと……。そうだ! あの手鏡なんだけどな。実はあれ、売り物じゃないかもしれないんだよ」


 もちろん嘘だが。なんとか、大橋を言い含めてしまおう。俺は咄嗟に思いついた作り話を続ける。


「さっき、店番を交代した南部さんいただろ。南部さん、あの手鏡を使ってたんだよ。たぶん、忘れていったんじゃないかな?」

「いや、あれは間違いなく売り物だぞ。昨日、仕分けと値段付けをしたとき、売り物の中にあったから間違いない」


「え? いや、そうなのか……」

 しまった。昨日、仕分けしたメンバーの中には大橋もいたのか。これは不味い。作戦が早くも瓦解し始めたぞ。

 南部さんを出汁にして、なんとか誤魔化すつもりが……。


「ああ。だから間違いなく売り物だ。南部さんも、売り物を弄っていただけだろ」

「窪田くん。何をこそこそ話しているのだ? 梓が待っている。できれば、先に会計を済ませて欲しいのだが」

「あっ、すみません。すぐにやります」


 待ちくたびれた西原先輩が催促し、大橋が飛んでいった。


「はい。千円」

「丁度ですね。ありがとうございました」

「じゃあ。窪田くん。またね」

 ああ……。売れてしまった。去っていく西原先輩と梓さん。


 こうなってしまうと、もうどうしようもない。あの手鏡。害のあるものじゃないと良いが。


「いやー。にしても相変わらず西原先輩は美人だなー。それに、お姉さんも綺麗だったし。いいよなー。ああいうの」

「ああ。そうだな」

 大橋が何か言っているが頭に入ってこず、適当に返す。


 どうにも手鏡のことが気になる。こうなったら、照子に手鏡が安全かどうか、確かめてもらうしかない。

 丁度この後、店番が終わったら照子と学園祭を回る約束をしている。店番が終わったら照子と合流して梓さんを探そう。


 携帯を取り出すと時間を確認。あと二十五分ほどで交代か……。そうして、いつもより長く感じた二十五分を乗り切る。


「ふぅー。終わった。さて。どうするかな。窪田は用事があるんだったよな?」

「ああ、ちょっとな」

「うーん、じゃあ俺は適当に一人で回るわ」

「そうか。じゃあな」


 手早く大橋と別れ。照子との待ち合わせ場所、校門へ。そこには、すでに風ちゃんに乗った照子の姿があった。


「おお。幸一。待っておったのじゃ」

「待たせたな」

「では、さっそく見て回ろうではないか」

「いや、その前にちょっとやって欲しいことが」


 人が回りにいるので、俺はひそひそ声で照子と会話する。


「実は、さっき妙なものを見つけてな。これくらいの手鏡に、眼が浮かんで。たぶん、何か憑いているんだと思う」

「それがどうしたというのじゃ」

 めんどくさそうに返す照子。


「その手鏡が安全かどうか確かめて欲しいんだよ」

「やれやれ。まったく、妾は学園祭を楽しみに来たのじゃぞ」

「それはわかっているが。頼む!」

 乗り気ではない照子に、両手を合わせて頼み込む。


「はぁー。まあ、仕方あるまい。してその手鏡はどこじゃ」

「それは今から探す。手鏡はうちのフリーマーケットの商品だったんだが、三十分前に売れてしまって」

「うーむ。なんだか、時間がかかりそうじゃのう。アテはあるのか?」


「いや、何もない」

「はぁー。やれやれ。ちょっと雷ちゃんと話す。少し待つのじゃ」

 呆れた様子の照子。雷ちゃんと話し始める。照子と雷ちゃん風ちゃんは、近くにいれば、テレパシーで会話ができるらしい。


「うーむ。雷ちゃんは手鏡、そしてそれを買った者。どちらにも注意を払っておらなかったようじゃ。まあ、これだけ人がおると無理もないが」

「それがどうかしたのか?」

「ほれ。雷ちゃんは気配さえ覚えておれば追跡ができるじゃろ」


 ああ、そういえば、雷ちゃんは特定の人物の気配を記憶し、その人物がある程度の範囲に入れば、追跡できるのだったか。

 忘れていた。しまったなー。雷ちゃんは俺の言葉も理解できるから、あのとき梓さんの気配を覚えて欲しいとお願いすれば良かった。


「まあ、ともかく。実物を見なければ判断はつかぬぞ。幸一、どうするのじゃ?」

「そうだな……」

 おそらく梓さんは、西原先輩と行動をともにしているはず。だが、西原先輩は携帯を持っていないので連絡は取れない。


 あとは、西原先輩が行きそうな所だが……。そうなると美術室か。西原先輩と言えば美術室。それぐらい、美術室にいることが多い。

 ただ、学園祭期間中美術室は美術部の作品の展示コーナーとなっているから。いるとしたら美術準備室かな。


「とりあえず、美術室へ行こう」

「わかった。案内するのじゃ」

 そうして、美術室までやってきた俺と照子。


「どうじゃ?」

「いないみたいだ。だがまだ準備室がある」

 美術室を覗くと、まばらに人がいるものの、西原先輩の姿はない。しかし、想定内である。


 正直、展示コーナーになっている美術室にはいないと思っていた。だが、美術準備室なら、いる可能性はある。

 ただ、ここにもし西原先輩がいた場合、梓さんはいない可能性が高い。


 だって、梓さんは西原先輩と違って芸術に興味なさそうだったし。せっかくの学園祭なのに、美術準備室にいるとは思えないからだ。


「おや、窪田くん。何か用かな?」

 美術準備室の扉を開けると、画材道具を整理していた西原先輩がこちらに気付き、声をかけてくる。

 やっぱり梓さんはいないか……。


「ああ、西原先輩。いたのですね。てっきり。さっきの……。梓さんでしたっけ? 友人と学際を回っているのかと」

「梓は、さっき帰ったところだよ。午前のうちに目ぼしい所は回ってしまったし。正直、私はこういうイベントが苦手だからね」


 ああ、梓さんとは別れた後だったか……。


「なるほど」

「それで。窪田くんはここに何をしに来たのかな?」

「ああ、うちの看板に、少々書き加えたいことができたので。ちょっと絵の具を借りようかと」


「ふむ。部の備品ならば好きに持っていくといい」

「では、お借りします」

 西原先輩を適当に誤魔化し、美術準備室を出た。


「どうやら、見つけるのは無理なようじゃな」

「ああ」

 梓さん、帰ってしまったか。学校の校内から出てしまったのであれば、見つけることは難しい。手詰まりだ。

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