第二十二話
妖怪相手に大立ち回りを演じた日より早四日。俺は今、花束を持って、加藤さんとこの寺を目指し、歩いている。
頭の上には護衛の雷ちゃん。後ろには木下が続く。俺たちは、これから美都子さんの四十九日の法要に参列する予定だ。
「なあ、俺たちが行っても、大丈夫なのか?」
もう少しで到着するというのに、往生際の悪い木下。
「大丈夫だ。ちゃんと許可はもらっているから」
何度かそう答えたのだが……。
もっとも、木下の気持ちもわかる。木下は加藤さんに拒絶されたばかり、気後れするのも無理はない。
ただ、それでもここまで来ている時点で、内心覚悟は決まっているだろうに。まあ、不安なのだろう。
「ほんとに大丈夫なのか?」
「くどいな。大丈夫だって」
といっても、佐々木さん経由で、友人の参列が問題ないか聞いただけで、木下を連れて来るとは、言ってない。
ただ、こうでもしなければ、木下と加藤さんは、なかなか仲直りできないだろうからな。木下は拒絶されたことで弱気になっているし。
加藤さんは加藤さんで、木下を拒絶した手前、自分から話を切り出し辛いと考えていると、佐々木さんから聞いている。
「ここか……」
「ほら時間もないんだ。さっさと行くぞ」
寺の入り口で立ち止まった木下の腕を掴み、境内も入る。けっこう余裕を持って動いたはずなのに……。
木下の説得に時間をとられたせいで、遅刻ではないが、かなりぎりぎりの時間となってしまった。
境内を進み。そして、会場である本殿にやってくる。本殿の入り口には佐々木さんが待っていた。
「遅かったですね」
「すまない」
「どうぞこちらへ」
俺と木下に中へ入るように促す佐々木さん。
「おい木下」
会場に入ろうとする俺だったが、木下が動かない。
「待ってくれ。心の準備をするから」
はぁー。まだそんなこと言ってるのか……。
「先に行きますね。時間に気を付けてください」
「ああ」
佐々木さんが先に中へと入っていった。俺は木下の心の準備が整うまで、しばらく待つ。
「おい」
「……よし。行ける」
「やっとか。なら、さっさと行くぞ」
ほんとに時間がない。さっさと、本殿の中に入る俺。木下も後に続く。
本殿の中には、きれいに並べられた椅子。最前列には加藤さんと佐々木さんが座り、後ろにお歳を召した数人の参列者が座る。
俺たちが入ってきたことに気付いた加藤さん。木下の姿を見て、驚いた顔をしつつも立ち上がり会釈。
俺と木下も会釈を返すと、最後列の席に座った。同時に、僧衣を身に纏った宗治さんが入室してくる。
すぐに始まる、四十九日の法要。まず施主である加藤さんが挨拶。続いて宗治さんが読経。読経の間に焼香。
その後、墓地に移動して納骨式。それも終わると、そのままお墓参りに。俺と木下も持ってきていた花をお墓に供えた。
こうして、法要は粛々と行われ。すべてが終わると、去っていく宗治さん。すると、施主である加藤さんが締めの挨拶を。
「本日はご多忙の中、お集まりいただきまして、誠にありがとうございました。おかげさまで……」
そうして、加藤さんの締めの挨拶も終わり、解散となる。本来なら会食となるが、施主である加藤さんの意向で、会食はなしだった。
参列者は加藤さんへと軽く挨拶をした後、順々に去っていく。その場には加藤さんと佐々木さん、俺、木下だけが残った。
「先輩方も、来てくれて、ありがとうございました。お婆ちゃんも喜んでいると思います」
俺と木下のほうを向くと、深いお辞儀をする加藤さん。そして訪れる静寂。ほら、木下いってこい。
俺は木下の脇を肘で小突くが、木下はちらちらと加藤さんの様子を見るだけで、動かない。対して、加藤さんも悩んでいる様子。
「「あ、あの」」
ようやく動いた木下。同時に加藤さんも声をあげる。
「えっと。そっちからで」
「いえ、先輩からどうぞ」
お互い遠慮しあう二人。再び無言になる。だから、頑張れって! 俺は再び木下の脇を肘で小突く。
すると、意を決した様子で木下が口を開く。
「佳奈。少し話がしたいんだけど」
「わ、わかりました」
「じゃあ、俺と佐々木さんは離れているよ」
俺と佐々木さんは、その場を離れ、小道のほうまで行く。
「大丈夫ですかね?」
「問題ないさ」
木下も加藤さんも、お互いのことが嫌いになったわけではない。ちょっとしたすれ違いみたいなもので、関係が拗れただけ。
その原因たる。美都子さんとの問題が解決した今なら、何の問題もなく仲直りができるはずである。
少し離れた所で、加藤さんと木下を見守る俺たち。ここからでは声は聞こえないが、二人は良い雰囲気だ。
「大丈夫そうですね」
「ああ」
「そういえば先輩。肩は大丈夫でしたか?」
「大丈夫だ。病院にも行ったが、ただの打ち身だった。骨にも問題ないそうだ」
「そうですか。大事がなくて良かったです」
それっきり、しばらく無言が続く。
「あっ、終わったみたいですね」
加藤さんと木下がこちらに歩いてくる。
笑顔を浮かべているところをみるに、仲直りできたらしい。これにて一件落着ってところだな。
「仲直りできたようだな」
「おかげさまでな。ありがとな」
「良かったですね。佳奈ちゃん」
「……うん」
四人揃って、寺の入り口へ向かい歩き出す。そして、あと少しで寺の入り口に着くという所で、俺は加藤さんに声をかけられる。
「あの窪田先輩。ありがとうございます」
「うん? 木下のことなら、あいつのためにしたことだし、気にしなくていいぞ」
「いえ、そっちではなく。ちょっとこっちに……」
加藤さんは俺の腕を引っ張り、木下と佐々木さんから離れようとする
「何だ? どうした?」
「加奈ちゃん?」
「ちょっと、窪田先輩にお話が」
疑問符を浮かべる木下と佐々木さんだったが、ついて来ようとはしなかった。
木下と佐々木さんから、十分離れた所で加藤さんが口を開く。
「窪田先輩。先輩は私とお婆ちゃんを会わせてくれましたよね。本当にありがとうございました」
「え? なんでそのことを?」
「あの日。妖怪祓いをしていただいた日。実は先輩が誰かと話しているのを、聞いてしまったのです」
妖怪祓いをした日……。もしかして、妖怪を祓った後、照子としていた会話を聞いていたのか?
そういえば、あのとき、加藤さんには後ろから急に声をかけられた。ゆえ、いつ目が覚めていたのか、定かではない。
気絶していると思っていたが、とっくに目を覚ましていたのかもしれない。
「それで、先輩が夢の中でお婆ちゃんに会わせてくれると、そう言っているのを聞いて……」
「……」
うーむ。やっぱり話を聞かれてるな。
「そのときは、半信半疑だったのですが。その晩、本当にお婆ちゃんが夢に出てきたので」
「それで俺のおかげだと思ったと」
「はい。先輩も夢に出てきましたし」
「なるほど……」
確かに、俺は夢の中で加藤さんに会った。しかし、所詮夢だと片付けられると思っていたのだが、まさかお礼を言われるとは。
「だから、ありがとうございます。お婆ちゃんと、しっかり話せて。私、とても嬉しかったです」
「いや、大したことはしてないから」
本当に大したことはしていない。そもそも、あれは照子の功績だ。
「そんなことはありません! 先輩がお婆ちゃんと会わせてくれなかったら。私、一生後悔していました」
「まあ、力になれたのなら良かったよ」
「はい! 本当にありがとうございました」
深く頭を下げる加藤さん。やっぱり、こう。感謝の気持ちをストレートに告げられると、気恥ずかしい。
あっ、一つ言っておかなければ。
「えっと。頼みがあるんだけど。妖怪のことは、言いふらさないで欲しいんだ」
妙な噂でも立てられると、不味い。たぶん、加藤さんは言いふらすような性格をしていないと思うけど。
念のため、釘を指しておこう。
「わかってます。誰にも言いません」
「それならいいんだ。じゃあ、戻ろうか」
「はい」
佐々木さんと木下のもとへと戻る。
「何、話してたんだ?」
「窪田先輩に、今回のことのお礼を」
「なるほどな」
木下の追求をうまくかわす加藤さん。
その後、寺の入り口で、俺たちは解散することに。佐々木さんは片付けがあると引き返し。
木下は加藤さんを送ると、加藤さんと仲良く去って行った。俺も家へ向かって歩き出す。
「ありがとう。か……」
照れくささもあったが、大きな達成感が胸に込み上げてくる。なんだかんだ、俺の頑張りが報われたようで……。
「おーい! 幸一。なかなか帰って来ぬから。来てやったのじゃ。さあ、さっさとケーキを買いに行くのじゃ!」
前方から、風ちゃんに乗った照子が。
はぁー。おまえという奴は、まったく。せっかく人が、達成感を噛み締め、余韻に浸っているときに……。
おまえを見ると台無しだよ。それに、ケーキって。後少し、俺が家へと帰るまで、辛抱できなかったのか?
「ほれ。急ぐのじゃ。ケーキが待っておる!」
「はいはい。わかってる。わかってるから、そう引っ張るな」
ちゃんと約束していた通り、ケーキは買いに行ってやる。ケーキは逃げないんだから、そんなに急ぐんじゃない。




