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現人神になりまして  作者: 紙禾りく
第一章
22/33

第二十一話

 気が付くと、俺は薄暗い空間にいた。そこはとても不思議な空間だった。真っ暗というわけではなく、ほんのり明るい。

 だから、明るさ的には遠くまで見通せそうなのに、先を見通せない。それなのに、自身の周囲だけは、はっきりと鮮明に見える。


「うまく言ったようじゃ」

 後ろで照子の声がした。振り向くと、そこには美都子さんと、その横に浮かぶ青いリボンを首に巻いた、小さなてるてる坊主。


「そっちの小さいの。もしかして照子か?」

「うむ」

 ふむ。やっぱり照子か。しかし、随分と小さいな。二十センチもない。


「何でそんなに小さいんだよ」

「なに。妾たちがおっても邪魔じゃろうと思うてな。ゆえ、この姿じゃ。ちなみに、お主もちんまいぞ」

 え? 照子に言われてすぐに、自分の体を確認する。


 マジかよ……。照子の言う通り、俺の体も小さなてるてる坊主になっていた。照子とまったく同じサイズと姿。

 唯一照子と違う点は、リボンが赤色だということだけだ。


 うーむ。まあ夢だし。別に姿なんてどうでも良いと言えば良いのだが、この体、手も足もないぞ?

 まあ、浮いたまま、思うように移動できるみたいだから、文句を口には出さないでおくけどさ。


「ここが、佳奈の夢の中なのかい?」

「そうじゃ」

「佳奈はどこだい?」

「それは、これから探さねばならぬ」


 それは意外と骨が折れそうだな。加藤さんを探すと言っても。相変わらず辺りは薄暗く。

 まったく先を見通せない。


「それじゃあ、行くよ」

 歩き出そうとする美都子さん。しかし照子が待ったをかける。

「まあ、待つのじゃ」

「なんだい?」


「……」

 黙り込む照子。何か考えているのか? てるてる坊主姿だと、表情がないのでいまいちわからんな。

 てるてる坊主姿の照子の表情は、スマイル一択である。


「何かあるなら、進みながらにしておくれ」

 逸る気持ちが抑えきれない様子の美都子さん。照子を急かす。

「ふむ。やはり、この状態ならばできそうじゃ」

 ふよふよと、照子は俺のほうへ近づいてくる。

 

「幸一、少し力が抜けると思うが、意識を強く持つのじゃぞ。でないと、お主だけ先に夢から覚めてしまうからの」

 いったい何をする気だ? 疑問に思いつつも。言われた通り、意識を強く保つ。


 すると突然、体から何かが抜けていく感覚、大きな虚脱感が俺を襲う。何これ? すごくしんどい。

 夢の中だというのに、危うく意識を持っていかれるところだった。


「何したん――」

 尋ねようとする俺だったが、劇的に変化した目の前の光景に、言葉が途切れた。

「おお! なんと」

 俺の隣では美都子さんも驚いている。


 無理もない。さっきまで薄暗い、陰気な空間が辺りに広がっていたのに。雲が晴れるかのように、急に明るくなったのだから。


「何をしたんだい?」

「なに。こ奴に宿っておる、妾の力を使い。加藤の心の曇りを晴らしただけじゃ。これで妖怪に蝕まれた心も、少しは癒されるじゃろう」


「そんなことができたのかよ!」

 それなら、もっと早く言って欲しかったものだ。そんな風に直接、心を癒す術があるなんて。

 いろいろ悩んでいた俺の苦労が……。


「妾も今気付いたのじゃが。どうやら、夢の中ならお主の体に宿る力を、少しは使うことができるようじゃ」

「そうなのか」

 つまり、できると思わなかったと。それなら文句は言うまい。


「照子ちゃん。ありがとうね」

「気にするでない。さて……」

 美都子さんの感謝の言葉を軽く流した照子。そんな照子の横に、三十センチほどの大きさの黒い雲が出現する。


「雷ちゃん。加藤の所へ案内するのじゃ」

 雷ちゃんは美都子さんの周りを一周すると、先導を始める。

「この雲が、佳奈の所へ案内してくれるのかい?」

「うむ」


 雷ちゃんが進み。その後を美都子さんと俺、照子が続く。辺りは明るくなったが、やっぱり先を見通すことはできない。

 薄ぼんやりと、まるで白い霧が立ち込めているかのように、ある一定の範囲までしか、はっきりと見えないのだ。


 しかし、そのくせ近くは鮮明に見えるし。空は綺麗な青空が広がっているのが見えるんだよな。

 本当に不思議な空間である。そんなことを思いつつ、俺は進み続ける。


「何もないねぇー」

 思わずと言った風に、美都子さんがつぶやく。確かに、けっこう進んだと思うのだが、未だに何も発見できない。


「なに。もうすぐじゃ」

 照子には、何か感じるものがあるのか。そんなことを言った。そうして、さらに進み続けると。

 突然、雷ちゃんが動きを変えた。


 今までは、俺たちの前方二メートルほどを先導するように、ゆっくりと飛んでいた雷ちゃん。

 しかし、今は何かを示すかのように、ある一点を中心に一メートルほどの距離で、くるくると孤を描き、旋回し始めた。


「ふむ。そこか」

「そこ? 何もないじゃないか」

 美都子さんは疑問を口にしながら、雷ちゃんのほうへ一歩近づく。すると、それを合図にして、いきなり周囲の霧が晴れていく。


 現れる、木々が生い茂った景色。ここは……。森林公園か? 多少、風景に違和感を覚えるが……。

 辺りに広がる景色は、俺が妖怪祓いの練習のために使った、森林公園そのものだった。


「ここは……。森林公園だね」

 つぶやく美都子さん。それを尻目に雷ちゃんが、また先導を始める。

「そっちじゃ」

 照子が促し、再び動き出す俺たち。雷ちゃんに続く。


 森林公園の中、遊歩道を進む。すると、遠くのベンチに一人の女の子が座っているのが、見えてくる。

 小学三年生ぐらいだろうか。ショートの黒髪に愛嬌のある顔立ち。どこかで見たことがある気が。


「佳奈!」

 女の子に気が付いた美都子さんが、大きな声を出した。

「どうやら、加藤の奴は昔の夢を見ておったようじゃの」

「お婆ちゃん……」


 美都子さんの声に反応して、俯いていた顔を上げる女の子、加藤さん。美都子さんを見ると、悲しげに顔を歪ませ。

 さらに、素早くベンチから立ち上がると、美都子さんから逃げるように、駆け出した。


「佳奈。待っておくれ!」

 慌てて後を追いかける美都子さん。俺と照子も後に続く。小学生とはいえ、加藤さんのほうが足が早い。

 美都子さんはどんどん距離を離される。


 それでも、必死に後を追いかける美都子さん。にしても、加藤さんは何で逃げるんだ?

「ふーむ。どうやら悪夢のことを引き摺っておるようじゃのう」

 俺の疑問に答えるかのように、暢気につぶやく照子。


「それってつまり、加藤さんは美都子さんがまた自分を責めに、夢に現れたと思っているわけか?」

「うむ」

「なんと! 違うんだよ、佳奈。待っておくれ!」


 追いすがる美都子さん。しかし、距離は一向に縮まらない。


「仕方ないのう」

 照子がつぶやき。同時に俺は体に違和感を覚える。

「これは……」

 見ると、俺の体はてるてる坊主姿から、元の姿へと戻っていた。


「ほれ。お主が捕まえるのじゃ」

「わかった」

 照子の意図を理解した俺は、走り出す。美都子さんを追い越し、加藤さんとの距離を詰める。


 運動が得意ではないとはいえ、さすがに小学生に負けるはずもなく。俺は加藤さんになんなく追いついた。

 加藤さんの腕を掴み、制止させる。


「放して!」

 暴れる加藤さん。

「落ち着いて! 美都子さんは、君を責めたりしない!」

 説得の言葉をかけるも、加藤さんは尚、暴れ続ける。


 それでも、俺は腕を放さない。ついには美都子さんが追いついてくる。

「佳奈。会えて嬉しいよ」

 笑顔を浮かべて加藤さんに近づく美都子さん。しかし、加藤さんは俺を盾にして、後ろに隠れてしまう。


「お婆ちゃん。ごめんなさい」

「何を謝ることがある。佳奈は何も悪くないよ」

 美都子さんはしゃがみ込み、加藤さんに目線を合わせ微笑むが、加藤さんは俯いてしまう。


「私があの日出かけなかったら。お婆ちゃんはきっと――」

「佳奈! こっちを見なさい!」

 加藤さんの言葉を遮り、一喝する美都子さん。加藤さんはびくっと震え、顔を上げる。


 ここで、俺の体がてるてる坊主姿へと戻る。目の前にあった俺の体が消えたことで、加藤さんと美都子さんの間には何もなくなった。


「……」

「……」

 無言で見つめ合う、加藤さんと美都子さん。美都子さんは、優しい微笑を浮かべ、口を開く。


「大丈夫。大丈夫よ、佳奈。私は加奈のことを責めたりしないわ」

「でも――」

 何かを口にして、後ずさろうとした加藤さん。そんな加藤さんを、美都子さんは有無を言わさず抱きしめた。


「佳奈のことが大好きな私が、加奈を責めるはずないじゃない」

「でも、お婆ちゃんは、一人で倒れて。苦しかったんでしょ。だから、私を恨んでるって」

 弱弱しく、途切れ途切れに話す加藤さん。


「馬鹿言わないの、私が加奈を恨むわけない。確かに、倒れたときは苦しかったけど……。それは、佳奈を一人にすることが苦しかったの」

 加藤さんをあやすように、美都子さんは加藤さんの背中をなでる。


「加奈は昔から寂しがり屋だったからね」

「お婆ちゃん……」

「だからね。頑張ったんだけど。それでも駄目だったの。でも、それは佳奈のせいじゃない」

 優しく諭すような口調で語りかける美都子さん。


「加奈は何も悪くないのよ。だから、ほんとに気にしないで。じゃないと、私は安心して成仏できないわ。私は佳奈に笑って欲しいの」

「……」

「笑って、前を向いて生きて欲しいの」


「うわぁ……」

 加藤さんは感極まった様子で、美都子さんの胸に顔をうずめる。美都子さんは、しばらくの間、嗚咽を漏らす加藤さんの背中を、撫で続ける。

 そんな二人の邪魔をしないように、黙って見守る俺と照子。


「お婆ちゃんは、本当にお婆ちゃんなの?」

 しばらくして、落ち着いた加藤さんが、そんなことを尋ねる。

「ええ、そうよ。それとも違うように見える? だったら、そうねえ……」

 そこから美都子さんはいろいろな想い出を話した。


 小学生の頃の、運動会や発表会などの行事の出来事や。あるいは、誕生日やクリスマスといった日常におけるイベントのこと。

 そして最近、初恋が実り加藤さんに彼氏ができたという話。嬉しかったことや、楽しかったこと。どこにでもある小さな幸せ。


 加藤さんと美都子さんの、二人の想い出は聞いているこっちも、ほっこりと暖かい気持ちになるような。そんな話ばかりだった。


「そんなこともあったね」

 美都子さんが話しているうちに、加藤さんにも笑顔が戻る。すると加藤さんからも、いろいろ話をするように……。

 想い出を共有する二人。いったい、どれくらいの時間そうしていただろうか。


 ただ、何事にも終わりはくる。


「すまぬが。そろそろ限界のようじゃ。戻らねばならぬ」

「あら、そうなのね。まだ話し足りないのに……」

 照子の言葉に、心底残念そうな美都子さん。


「お婆ちゃん。行っちゃうの?」

「ええ、そうなの。ごめんね佳奈。もう行かないといけないみたい」

 加藤さん、美都子さん。二人の目には涙が滲む。


「お婆ちゃん……」

 すがるような声の加藤さん。

「佳奈。そんな顔しないで。私はもう傍にはいられないけど。それでもあなたの両親と一緒に、佳奈のこと、見守っているから……」


 後半は涙声になる美都子さん。それでも笑顔を浮かべてみせると。

「だから、いつも笑顔で元気に生きていくのよ」

「わかった。絶対そうする」

 涙をこぼしながらも、必死に笑顔を浮かべてみせる加藤さん。


 俺は、自分の姿がてるてる坊主姿で良かったと思った。この体は涙が出ないみたいだから。

 

「じゃあね佳奈。ずっと、ずっと見守っているから」

 微笑む美都子さんの体が、徐々に透け始める。

「うん、お婆ちゃん」

 涙を拭い、満面の笑顔を浮かべてみせる加藤さん。


 その光景を最後に俺の意識は薄れていった。


「だるい……」

 次に目を覚ますと、俺はベッドに横たわっていた。全身を疲労感が襲う。それでも、体を起こすと周囲を見渡した。


 時計。時刻は、午前二時十分か。夢の中にいた時間は、だいたい二時間三十分くらいか。思ったより時間は経っていない。

 体感時間は、もっと長く感じたのだが。にしても……。本当にだるい。何でこんなに体が疲れているのだろうか。


「照子。なんだかすごく疲れているのだが」

「夢の中で、お主から無理矢理力を引き出したからの。そのせいじゃ」

「ああ、なるほど」

 あの謎の空間を明るくしたときのか。


「それより、美都子さんは?」

 美都子さんは部屋の中にいなかった。

「知らぬ。まあ、ここにおらんのだ。成仏したのではないか」

「そうか」


 ベッドに寝転がる。成仏ね。……やすらかに逝けただろうか。いや、きっとやすらかに逝けただろう。

 なにせ、夢の中で最後に美都子さんが浮かべた笑顔は、あんなにやすらかだったのだから。


「これで、終わりだな」

「うむ。お主にできることはすべてやったじゃろう」

 ああ、そうだな。最初はどうなるかと思ったが……。うまく収まって良かった。そう思ったのを最後に俺は再び、眠りに落ちていった。

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